白く燃え尽きて
「レーコ……わしは少し疲れたよ……しばらく眠らせとくれ……」
暴走した魔力の権現たる巨竜を粉微塵にしてなお、上がり切ったレーコのテンションは簡単に収まらなかった。
わしに跨ったまま勝利の凱歌とばかりに宙を旋回し続け、わしの悲鳴に合わせて雄叫びを上げ続けていた。たぶんレーコはわしの声を悲鳴と思っていなかったのだろう。ちょっとした合唱気分でウキウキだったのかもしれない。
そのせいでわしは延々と空の恐怖を味わうことになった。
長い飛行が終わって着地するなり、わしは腰から砕け切った芋虫のような姿勢になって睡眠を懇願した。
すたっ、と背から降りたレーコはわしの顔に駆け寄ってきて、
「申し訳ありません。私ごときのために激励の言を尽くしていただき、邪竜様には思わぬ労をかけてしまいました。どうぞ存分にご自愛ください」
「いや、疲れたのはお主への説教のせいじゃなくてね……うん……まあいいかの……おやすみ……」
わしは自分の魂の火が燃え尽きようとしているのを切に感じた。
ひたすらに眠い。目を閉じれば向こうにきらめくお花畑が――
「やったぁ――っ! よかったぁ! ちゃんとレーコ様を元に戻してくれたんですね!」
びたーん、とわしの顔に聖女様が貼り付いてきた。
歓喜に顔をほころばせているが、その背後でレーコが目を煌々と蒼く輝かせる。
「水魔。お休みになろうとしている邪竜様に何たる無礼。やはり貴様はここで誅する」
「チューする? えへへ、レーコ様ったら元に戻ったからといってはしゃぎ過ぎですよう。そうだ、これから一緒にお祭り回りますか?」
いけない。わしがお花畑を見ている場合ではない。
浮かれ切った聖女様の頭の中に広がるお花畑の方がより深刻だ。このままでは現場に血の花が咲き乱れてしまう。
しかし、わしの懸命な努力にも関わらず、全身に回った疲労のせいで制止の声すら出せなかった。
ややあって聖女様の悲鳴とレーコの放つ爆音が平原に響く。
まあいいか、とわしは地面にへばりつく。
たぶんレーコも節度を持ってやるだろう。友達とじゃれるみたいなものだ。
「レーヴェンディア。休むのはいいが、寝るな。このまま寝たら本当にお前死にそうだからな」
「……ん。お気遣いどうもの」
レーコと聖女様が追いかけっこをしている間に、アリアンテがわしの前に歩いてきた。それから畏まった咳払いをして、わしの腕に軽く握った拳を触れる。
「やるじゃないか。なかなかどうして、邪竜様にふさわしい活躍だったぞ」
「お主さ、心の底から本当にそう思っとる?」
「いやあんまり」
「じゃよね」
「死にかけのトカゲみたいな悲鳴を上げていたしな」
「みたい、じゃなくてそのとおりじゃよ」
アリアンテが腕組みして笑う。わしも喉に枯れた笑いで応じる。
「だが、子守りは少し上手くなったようじゃないか。あの娘は前以上にお前に懐いたようだぞ」
「そんなことまで分かるのお主?」
「具体的な懐きようは分からんが、前よりあの娘の魔力量が増えている。お前への信頼が深まって、コントロールできる力の量が増したんだろう。ちなみに私の目測だと、ざっと今までの三倍以上だ」
わしらの間にしばし言葉が消える。
わしが気まずく俯く間に、アリアンテは目頭を押さえて小さく言う。
「とんでもないことをしてくれたなお前」
「わしはただレーコをちょっと励まそうと思っただけなんじゃよう……」
「何を言ったんだ」
「お主はわしの眷属なんだからやればできる子じゃって」
「洒落にならんぞ。本当に勢いで何でもやるぞあれは」
視界の遠くでレーコはまだ聖女様と熾烈なチェイスを繰り広げている。
ギラついた短剣を握っているのを除けば、追いかけっこに興じる健全な子供そのものの姿だ。
「ま、どうにかなるんじゃないかの。あの子はあれで意外としっかりしとるよ」
ドカンと爆炎が上がって、目をぐるぐる巻きにした聖女様がわしとアリアンテのすぐそばに転がってきた。伸びているがさしたるダメージはなさそうだ。
やっぱり、あんまり自覚はせずとも加減をわきまえていると見える。
「とりあえずこのぐらいにしておきましょう」
「そうね。わしもそれがいいと思うよ」
戻ってきたレーコは満足げな顔でわしの背中によじ登り、ひしっと身体全体で貼り付いた。
「邪竜様。先ほどはありがとうございました。この身にいただいたお言葉は、この命尽きるまで一言一句として忘れることはないでしょう」
「なんとなく不安じゃから、とりあえず覚えた内容を復唱してみてくれる?」
「『お主は全知全能なるわしの眷属にして、同じく全能を携えし者。愚劣なる魔王を無限の獄に落とし世界を統べるその日まで、共に覇道を歩もうぞ』――と」
早くも記憶の改竄がすごい。
一生涯忘れないという誓いはどこにいったのか。
アリアンテも半分信じてそんな目でわしを見ないで欲しい。わしのセンスでそんな台詞は捻り出せないから。
「それと、孫のようだと仰ってくださいました」
「あ、そっちはちゃんと覚えとるのね」
「私ごときが邪竜様の係累を名乗るはおこがましくもありましょうが、それでも嬉しく思います。なんだかとても落ち着くのです」
「うん。わしも、お主がそう思ってくれるなら嬉しいよ」
「はい。それでは早急に魔王を倒しに行きましょう」
「会話の因果関係をもう少し順序立てて整理してくれんかの? お主のスピード感にわしの理解が追い付かんから」
それからレーコは、いかようにして魔王を討つかという熱弁を説き始める。
背伸びした感じの血腥い台詞を滔々と語るレーコの声に、わしは「ううん」「だめ」といちいち頷きつつ――いつしかそのまま眠りについた。
その後、レーコに乗られたまま魔王に突撃する夢を見てしまい、酷くうなされた。




