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顔合わせ




 待合わせ場所にて人を待つ虎之助は、もう何度目か数えるのも馬鹿らしいくらいに腕時計の時間を確認した。

 約束の時間まではまだいくばくか余裕があるのだが、何かをしていないと落ち着かないがゆえの行動である。


 彼は今、仮想世界のとある場所に足を運んでいた。

 そこはいったい何畳あるのか数えるのが面倒なくらいに広い部屋。床の間に何気なく飾られた壺は独特の味わいがあり、その後ろにある掛け軸には達筆過ぎて読めない文字が躍っている。縁側から見える庭は見事で、池には大きな鯉が泳いでいた。

 そこは一目見て超が付くほどに高級な料亭の風情が漂う場所である。


「虎之助。そんなに身構えなくてもいいんだよ?」


 虎之助の行動に落ち着きがない事は見ていれば誰にでもわかるため、心配したメイド服姿の鳳華がくいくいと服の袖を引っ張ってきた。


「そうは言うがな。っと、なんだよ小鳥」


 鳳華の方へ顔を向けた瞬間に反対側の袖を引っ張られ、虎之助はくるりとそちら側へ顔を向ける。

 すると、むーと不機嫌そうな顔の小鳥が彼ではなくその向こうにいる鳳華へ睨みを利かせていた。


「ちょっと鳳華。もうちょっとおにいから離れなさいよ」

「やだ。小鳥こそなんで付いてきたの? 今日はわたしと虎之助の二人だけで来るはずだったのに」

「何が二人だけよ。招待状にはご兄妹やご友人の方も是非って書いてあったじゃない」

「そんなの知らないもん」


 虎之助を挟んで二人の言い合いが始まる。

 バルバロの一件が一段落してから約一週間。ほぼ毎日繰り広げられている光景であるため、いい加減に彼はそんなやり取りに挟まれる事に慣れ始めていた。

 いちいち止めた方がいいのかもしれないが、いがみ合ってばかりの割にはすぐに互いの事を名前で呼び始め、喧嘩をしていない時は仲良く一緒に出掛けたりもするため、やはりなんだかんだで二人は相性が良いのだろうと結論付けている。


「やあ。本当によく飽きないものだよね。ナタリアさん」

「あらあら。うふふ」

「慎兄さまもナタリア姉さまも笑い事じゃないのですよ。板挟みになるボクの気持ちも少しは理解して欲しいのです」


 傍観に徹している慎一郎が横長のテーブルに人数分置かれた麦茶に口をつけ、ナタリアはいつも通りの反応を示し、最後に天鈴があううと頭を抱えて自分の不幸を訴えていた。


 その場に全くの不釣合い。一介の高校生中学生に過ぎない彼らがなぜそんな場所にいるのかと言えば、事の発端は二日前に虎之助の携帯端末に送られてきた一通のメールであった。


 差出人には『H.Otori』とあり、なんと鳳華の母親から送られてきたものだったのである。

 どうやら虎之助が最初のメール送った時、どうやったのかは知らないが件のアクセスポイント喫茶に即行でハッキングを仕掛け、監視カメラの映像から彼の姿をキャッチしていたらしい。

 あとはそこから辿られて住所氏名家族構成等々の個人情報が筒抜け状態になったというわけだ。


 ちなみにメールの内容は、鳳華の親としてどうしても一度虎之助に会ってみたいので、記載の日時に指定された場所に来て欲しいというものであった。

 そしてその来て欲しい場所というのが、今まさに全員集合中のこの料亭なのである。


「あー。なんかすげー胃が痛い」

「大丈夫? 虎之助」


 気分はさながら娘さんを僕にくださいと言いに来た彼氏状態であった。もちろんそんな事を言うつもりはさらさらないのだが、今現在鳳華がメイド服を身に着けている事に関して突っ込まれた場合にどう答えたものかという懸念はある。

 素直にその事を鳳華に伝えると、


「虎之助の趣味だって正直に言ってもいいと思うよ。前にも言ったけど、ママだってパパの趣味でいつもメイド服着てるもん」


 彼女は自信満々にえへんと胸を張った。

 なにか悲しくなった虎之助は小さくため息を吐く。


「そういう問題じゃねえ」

「そうだよ鳳華。せっかく服を貸してあげるって言ったのに、なんでそのままなのよ」


 小鳥の言う通り、虎之助としては出掛けに鳳華に服を変えさせるつもりだったのだが、彼女がどういうわけか頑なに着替える事を拒否したたためにそのままで来るはめになっている。

 他の全員がごく普通の私服であるため、彼女の服装は完全に浮いていた。


「わたしはこの服がいいの。……虎之助だってほめてくれたし」

「ん?」


 終盤の言葉がごにょごにょとして聞き取れず、虎之助は首を傾げた。

 しかし彼より離れているはずの小鳥はしっかりとその言葉を聞き取ったようで、


「ふうん……そうなんだ。へー」


 目を細めて意味深な事を言い出した。


「な、なんだよ」

「……べっつに」


 一気にご機嫌斜めになった小鳥はぷいっとそっぽを向き、しかしそのまま虎之助の左腕を取ってギュッと抱き付いてきた。とても柔らかいものが左腕を挟み込んでいるのだが、これもまた毎日のようにやられている事であるため、もはや全く気にならない。

 小鳥曰く『矯正』という事らしいが、まるで意味が分からないので放置している。


「むー」


 小鳥が左腕に抱き付いている事に気が付いたのか、今度は鳳華がふくれっ面になりつつも虎之助の右腕に抱き付いてきた。


「……はあ」


 いつものように両腕を取られて身動きの出来なくなった虎之助はガクリと首を落として盛大なため息を吐いた。もうどうにでもしてくれという心境である。


「ははは。両手に花だね虎之助」

「慎一郎。お前後で覚えてろよ」

「あらあら。そんな事を言っては駄目よ虎之助君」

「ナタリアさんも笑ってないでどうにかしてください。それと天鈴。お前も助けろよ」

「ボクは毎晩毎晩二人の面倒を押し付けられているのです。なので昼間は虎兄さまの担当なのです」


 四面楚歌と言うと語弊があるが、いずれにせよ味方は誰もいないようだった。

 虎之助はもう一度ため息を吐こうとして、


『待ち合わせの方がいらっしゃいましたので、後ほどすぐにお料理をお持ちいたします』


 どこかにあるスピーカーからそんな声が聞こえてきた。

 どうやらついにご対面という事らしい。


「鳳華。それに小鳥も。ちょっと離れてくれ」

「……はーい」

「あ、うん……」


 さすがに場をわきまえる事までは忘れていないのか、二人とも素直に腕を開放する。

 虎之助はゆっくりと深呼吸をしながら立ち上がり、心を落ち着ける努力をした。


 とにもかくにもまずは挨拶である。そこを外すわけにはいかない。


「よし」


 覚悟を決め、虎之助は相手がやってくるであろう出入り口の襖へ意識を集中させる。

 ややあってから女中の声が聞こえ、音もなく襖が開いて二人の人物が部屋の中に入ってきた。

 一人は白衣姿の研究者と思われる中年の男性。何となく不機嫌そうな顔をしているあたり、何を言われるか虎之助はすでに戦々恐々である。

 もう一人は鳳華とは異なるメイド服を着た、ナタリアよりいくらか年上と見える女性だ。顔立ちは鳳華によく似ている。彼女が年を取ればこうなるであろうといった感じだろうか。


 二人は無言のまま虎之助の前にいたり、それぞれに視線を向けてきた。


「は、初めまして。白河虎之助といいます」


 カチコチのお辞儀とともに虎之助は自己紹介をする。

 彼の長い一日は、まだまだ始まったばかりだった。


 

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