7.激突・聖譚詩
「はっはー! 吹っ飛んだぜばーか」
コックピット内にバルバロの嘲笑が響き渡り、立ってプレイをしていたビャッコはさすがに耐えきれずにその場ですっ転んでいた。
「ててて……。おいホウカ大丈夫か?」
ふるふると頭を振って何とか立ち上がり、ビャッコは下段の様子を確認する。
「うー……手すりでおでこ打った……」
痛いようとやや赤くなった額をさすりながら、ホウカが涙目で彼の方へ視線を向けてきた。どうやら無事な様子である。
「しかしお前もしぶてえな。とっさに剣を捨てた手を盾に添えて攻撃に耐えるなんざ、どんな反射神経してんだよって話だ」
「知るか。こっちはお前のフェイクのおかげで盾が見事に木端微塵だ。見かけによらず頭脳戦とかギャップでも狙ってんのかって話だ」
言い返してはみたものの、相手の戦略には舌を巻くより他にない。嫌いな相手ゆえに認めるのには無駄な精神力が必要だったが、まんまとしてやられたという事実は動かないのだ。
「自分の銃声に隠して『修理』を使って、そのプロメテウスの耐久値を元に戻したんだろ? 高コストの兵装であればあるほど効果のあるやり方だ」
「はっ。どうもカードの種類だけはかなり覚えてるみたいだな。とっさに防いだのはその記憶力もあっての事か」
バルバロがやや感心したような表情になった。しかしそれは一瞬の事で、
「だがまあそんな事はどうでもいい。さてどうするんだ? お前にもう盾はない。こっちはまだ残弾が六発ある。たとえまたライフを回復したとしても、これに耐えられるか?」
次の瞬間には再び人を小馬鹿にしたようないやらしい笑みを張り付かせていた。
耐えられるか耐えられないかで言えば、確実に後者である。先の一撃によってカヴァリエーレの残存ライフは半分を割って四割に近い。カス当たりでも一割近く持っていくあの凶悪兵装を六発全て避けるなど無理にもほどがあるというものだ。
またぞろ奏術で相殺出来ればいいが、おそらく次はライフの優位を生かして相殺させずに肉を切らせて骨を断ちに来る公算が高いだろう。もしそうなれば一発二発で負ける事になる。
近づいても離れても駄目となると、実にどうしようもない展開だ。手札とゲージはある程度温存出来ているが、いまだ決定的な一枚を引けていないために宝の持ち腐れ状態である。
次のドローで何かしら引く事が出来なければ、おそらくその次のドローゲージがたまるよりも早くなぶり殺しにされるだろう。
「ふん。そろそろドローゲージがたまるな。お前にとってこの試合で最後のドローだ。神にでも祈るんだな」
「そんなまどろっこしい事を言ってないで攻めてきたらどうだ? もしここで俺が良いカードを引いて逆にお前がボコボコになったら、笑い話に拍車がかかるぜ?」
「はっ。威勢だけは衰えねえな。だが、俺はそんな安い挑発には乗らねえよ。乗ってやらねえ」
単純な激情家に見えて実は慎重派であったバルバロは、詰めの一手に隙を見せるつもりはないようだ。
それはよく言えば冷静沈着な完璧主義者と言えるが、悪く言えば決断力に欠けて機を逃す性格という言い方も出来る。
それは表裏一体のもであり、結果によって決定されるコイントスだ。
そして今この場合、
「ドロー!」
「ドロー!」
両者が同時に山札からカードを引き、カードがオープンされた時に、その表と裏は確定した。
「っ……」
ビャッコはほんのわずかに息を飲む。この局面で引いたカード。それは己の運を賭け、勝利を掴む力を呼び込めるかもしれないものだった。
「くくっ。どうだ? いいカードは引け――」
「ああ引いたぜ。この局面に相応しい、賭けの一手をな」
にやりとした笑みを浮かべ、ビャッコはカードがオープンされた時から組み立てていた戦略を遅滞なくスタートさせる。
そうして彼はすっと短く息を吸い、
「よく見てな。こっからは、俺のターンだぜ!」
宣戦布告をするように画面のバルバロへ指を突きつけた。
「はっ!」
やってみろと言うように鼻を鳴らしたバルバロを睨み付けながら、ビャッコはカード名称を宣言する。
「もたらせ、『魂の安寧』」
戦闘開始直後からたいして使わずに温存されていたため、現在の魂奏ゲージは『七』までたまっている状態だった。そこへ魂の安寧を使用する事で、一度『五』まで減った魂奏ゲージが最大の『九』までたまり切る。
「ゲージブーストか。なにをするつもりか知らねえが、今から準備をしたんじゃ間に合わねえよ!」
飛び出しによる急加速。プロメテウスを構えたフィアンメジャロがカヴァリエーレに迫り、紅橙の散弾銃が炸裂音とともに火を噴いた。
しかし相手が動くと同時にカヴァリエーレは回避の体勢を取っており、左右後方ではなく斜め前方へ逃げる事で散弾が拡散しきる前に交錯して素通り。突撃体勢のフィアンメジャロの横をすり抜け、まったくの無傷で初弾を回避した。
「ちっ! だが――ウザーレ!」
機体同士が交錯した直後、フィアンメジャロが身体を開いて左手を後方へ向け、その掌から光槍が放たれる。銃撃となんら変わらぬ速度で飛翔するそれは、回避行動中のカヴァリエーレを背後から襲った。
「ふぅっ!」
当然にして追撃を読んでいたビャッコは背後からくる光槍を機体をひねらせて強引にかわすが、あえて避けきった光槍の半ばに手刀を叩き込んで撃墜し、爆発の衝撃を利用して大きくその場から跳ね飛んだ。
直後に目の前を小弾の嵐が通過し、機体前面の装甲をいくばくか削られてしまう。
「おいおいおい。それ避けるんじゃねえよ」
「アホか。避けないと死ぬだろうが。――包み込め、『活力の風(ヴェント・ヴィタリッザーレ)』」
ビャッコの宣言とともにプレイングデスクが淡く輝き、魂奏ゲージを『二』消費して行動ゲージが『四』回復。これで緑のゲージは『九』なった。
それを視界の隅で確認しつつ、
「もう一つ――『魂変換』。魂奏ゲージ『一』を行動ゲージ『二』に変換する」
彼はさらなる宣言を続け、緑ゲージを『一』消費して青ゲージを『一』減らし、緑ゲージ回復されて『十』になる。
「そして『生命変換』を使用。ライフを最大値の二割削って行動、魂奏ゲージを『二』回復させる」
連続使用三枚目で二つのゲージを同時回復。生命変換のゲージ消費はヒットポイント減少に代わるため、これで緑の行動ゲージは最大の『十二』。青の魂奏ゲージは『七』になった。
「おいおい。残り少ないライフをさらに削って何をしようってんだ? そんなに重コストのカードなんか持ってるのかよ。そこまで行くとアルティメットかレジェンドレア級だぜ?」
フィアンメジャロに油断なくプロメテウスを構えさせているバルバロが、画面の向こうで首をひねった。大方ビャッコが初めて間もなく、年齢的にも社会人ではないという事でそこまでのカードを保有していないとでも思っているのだろう。
確かにこのゲームではプレミアムパックを買ってもなかなかアルティメットレアのカードは当たらない。それはオディットからも聞かされていた事だし、プレミアムパックに手を出しているビャッコもまだスーパーレアまでのカードしか手に入れてはいなかった。
しかしそれはあくまでパックからの話であり、彼にはチュートリアルで手に入れたキーカードがある。
今は手札にはないが、手札に残っているカードを使えばそれを山札から引っ張り出す事が可能だ。先にゲージブーストを行ったのは、引くと同時に使うための布石である。
ゆえに全ての準備が整ったビャッコは、首をひねるバルバロに対してべっと舌を出し、
「勝負だ……『悪魔の取引』!」
「なに!?」
バルバロの驚愕の声が聞こえると同時に手札のカードが光となって消え、ビャッコの目の前に選択するカード名称の宣言を要求するウィンドウが出現した。
支援カード『悪魔の取引』。その効果は行動ゲージを『二』消費する事で発動し、山札に眠る好きなカードを一枚強制ドローする事が出来るカードだ。
しかしその代償としてまず山札の上から十五枚のカードが破棄されるため、もし引こうとしたカードがその十五枚に混じっており、なおかつ残りの山札にそのカードと同じ物がない場合、ドローミスペナルティとしてさらに十五枚のカードが山札から破棄されてしまう効果がある。
成功すれば十五枚のカードと引き換えに一枚のカードを任意のタイミングで入手出来るが、失敗すれば山札の半分を失うという諸刃の剣なカードであった。
ゆえにこのカードを使う事は完全に賭けである。しかしどれだけの代償を払おうとも、好きなカードを一枚引けるという事は、アルヴァテラにおいて起死回生の切り札になりうるものだ。
それは所持する全てのプレイヤーが待ち望むカード。六十枚のデッキの中で、ただその一枚だけが存在を許されるもの。
ビャッコは静かに息を吸う。直後に山札で爆発が起こり、十五枚のカードが光となって消え去った。
もしも今消滅したカードの中にそれがあれば、大量の山札を失うビャッコに勝ちの目は万に一つもなくなるだろう。
だが、それでも賭けるしかない。
「お、おい。まさか本当に――」
やや声を上擦らせたバルバロの言葉は、
「来い、『英雄の聖譚詩(オラトリオ・エローエ)』!」
求めるカードの名称をコールするビャッコの声にかき消された。
「歌い奏でろ……俺の歌奏姫!」
「はい。わたしの操奏者。『英雄の聖譚詩』――イントナーレ!」
そこへ遅滞なく続いたホウカの宣言が重なり、直後からコックピット内に荘厳な音楽が流れ始める。
とうとうとした彼女の歌声が周囲を満たすに伴って、ビャッコのプレイングデスク上では劇的な変化が起こっていた。
「か、歌奏術だと!? 馬鹿な! なぜそんなものを持ってやがる!」
これ以上ないほどに目を見開いたバルバロが口角泡を飛ばす。よほど虚を突かれたのか、彼の思考が一時停止した事で命令に従っていた歌奏姫も動きを止め、フィアンメジャロが硬直した。
「持ってるからとしか言いようがないな。さてさっきも言ったが、今もう一度言うぜ」
軽く目を伏せながらすっと小さく息を吸い、即座に開眼する。
「こっからは俺のターンだ。――フルドロー!」
ビャッコの宣言と同時に山札から九枚のカードが一気に引かれて手元に並ぶ。しかし、山札の上に表示されているドローゲージは空にならず、満タンを示すオレンジ色に輝いたままだった。
歌奏術『英雄の聖譚詩』。行動『十』、魂奏『七』という超ド級のコストを要するカードではあるが、その効果は行動・魂奏・ドローの各ゲージが常時満タン状態を維持されるというトンデモ性能である。
つまるところ、効果時間中であれば好きなだけ山札からドローし、ドローしたカードをゲージの心配をする事なく連続で使用し続けられるという事だ。
「もうお前にターンは渡さない。――ウザーレ!」
カヴァリエーレが硬直しているフィアンメジャロに向けて腕を突き出し、その手から『戦乙女の光槍』が放たれる。
「うおっ!」
そこでようやく我に返ったバルバロがなにかしら指示を出したのか、フィアンメジャロがギリギリのタイミングで襲い来る光槍を回避した。そうして即座にプロメテウスを構え直して射撃体勢を取るが、
「まだまだぁ!」
「ちっ!」
フィアンメジャロの回避方向へ向けて、ビャッコは二枚目の『魔弾の射手』を切っていた。と同時に兵装カード『槍』を使用して武器を手に取り、三発の光弾に続いて突撃を仕掛ける。
「舐めるな!」
カヴァリエーレの特攻に対し、フィアンメジャロは魔弾に対する防御を捨ててプロメテウスを突き出してきた。この状態では弾が相殺されて消えるような事にはならない。狙い違わずカヴァリエーレに喰らいつくだろう。
直撃した光弾による爆煙の隙間からのぞく銃口。そこから今まさに散弾が放たれようという刹那。
「おおっ!!」
カヴァリエーレは手にした槍の石突近辺を握りしめ、遠心力を加えたぶん回しで突き出された銃身を下からぶっ叩いた。
「なん――」
激しい金属同士の擦過音とともに銃身を跳ね上げられた事で銃口が空を向き、放たれたプロメテウスの炎は虚空へと吸い込まれる。
「ウザーレ!」
無茶な持ち方をしていた結果、銃身にぶちかました衝撃ですっぽ抜けて散弾と一緒に虚空へ吸い込まれた槍に代わり、ビャッコはカヴァリエーレの振り上げた手の中に新たな武器を出現させた。
「くそが!」
バルバロが舌打ちをし、フィアンメジャロが跳ね上げられた銃身を水平に戻して再び銃口を向けてきた。しかしその時にはビャッコの駆るカヴァリエーレは構え直されたプロメテウスの内側に攻め込んでいる。
いかに凶悪な威力と効果範囲を持っていようとも、この状態で当たる道理はない。
「まず一つ!」
「っ!」
カヴァリエーレが振り下ろしの斬撃姿勢を見せた事で、フィアンメジャロがとっさの反応で左腕を伸ばしてきた。それは振り下ろされる剣に対してではなく、より根本的な部分。つまり剣を振るう腕を受け止めるための行為だった。
確かにプロメテウスの射程外に入るため、カヴァリエーレは通常の間合いよりもさらに内側に踏み込んでいる。バルバロの歌奏姫は冷静な判断で自分が伸ばす手が届くと考えたのだろう。
実際それは正しく、剣を振り下ろそうとしたカヴァリエーレの右腕は見事にフィアンメジャロに受け止められてしまった。
自分の歌奏姫が見事に攻撃を防いだ事でバルバロが鼻を鳴らしたが、
「ビンゴ!」
防がれた当のビャッコは思わず指を鳴らして会心の笑みを浮かべた。
「っ!?」
同時に画面の中のバルバロが再び驚愕の表情へ変化する。なぜなら、互いの画面に刃を下にして落下する『剣』が映し出されていたからだ。
それはカヴァリエーレの右手にあったはずのもので、ビャッコが受け止められた腕をねじり、手から離してわざと落としたものである。
「本命は――」
落下する剣をカヴァリエーレの左手が逆手に掴んでそのまま真下へ振り下ろし、右手は相手の左手が邪魔をしないように拘束されている状態から拘束する状態へ変化させる。
「――こっちなんだよ!」
逆手に持たれた剣は、フィアンメジャロの右足の甲へ杭を打ち込むようにして突き刺さった。
「しまっ――!」
右手は自分のプロメテウス。左手はカヴァリエーレの右手に掴まっていた事で空きがなかったフィアンメジャロにそれを止める事は出来ず、深々と突き刺さった剣は赤の機体を大地に繋ぎ止めて自由を奪う。
続けてビャッコは兵装カード『短剣』の使用を宣言。左手に出現した大型ナイフでフィアンメジャロの右腕を切りつけた。
「くっ……」
ここで初めて、ビャッコはバルバロの歌奏姫の声を聞いた。悔しそうに唇を噛む彼女は、どうにか機体を操ってカヴァリエーレの攻撃をいなそうとするが、右足を地面に固定され、防御に回そうとした左手を逆にカヴァリエーレの右腕に掴まえられた状態ではそれも難しいというものだった。
まだしも拳銃サイズであれば取り回しも利こうというものだが、ほぼ密着に近い状態で散弾銃を撃つ事など不可能だった。
「おい何やってんだ!」
手助け出来るカードが手札にないのか、何もしないままに苛立つバルバロの怒声が飛ぶ。
だが結局、フィアンメジャロはカヴァリエーレのナイフによって右腕に深刻な損傷を被る事になり、その手からプロメテウスを取り落してしまった。
「仕上げだ!」
それを確認して、ビャッコは左手のナイフを投げ捨てるとともに超近接の間合いからやや機体を後退させ、減った手札をフルドローで補充。手札に加わる奏術を片っ端から打ち放った。
「ぐおお……」
光弾や光槍などの奏術がフィアンメジャロに着弾する度に画面に映るバルバロの顔がゆさぶられ、見る見るうちにフィアンメジャロのライフポイントが減少して行く。
相手も手札に奏術の一枚くらいはあるのだろうが、間断なくコックピット内を衝撃と振動が襲うためにまともなプレイングが出来る状態ではないようだ。無論、ビャッコはそれを狙って奏術の連打を行っている。
そうして相手のライフが残りわずかとなった時、ビャッコは決めに使うつもりで取っておいた一枚のカードを選択使用。カヴァリエーレの両手にはシンプルだが冗談のように大きなハンマーが握られた。
それをそのまま脇構えにして前傾姿勢を取る。
「なあおい。覚悟はいいよな? 俺の妹をさんざん弄んでくれた礼なんだ――」
コキリと首を鳴らしたビャッコが剣呑な目でギロリと睨み付けると、その意図に気が付いたと見えるバルバロがやや慌てたように口を開いた。
「お、おいちょっと待――」
「――きっちりとその身に響かせてぶっ飛べ! くそ野郎!」
最後まで聞かず、ついでとばかりに『速度強化』を乗せた飛び出しで一息に間合いを詰めると、カヴァリエーレは相手の目前で片足を踏ん張ってためを作り、そこから一気にハンマーを振り抜いて相手の腹に叩き込んだ。
「――っ!!」
バルバロの絶叫をかき消すどう形容していいか分からない大音が周囲に轟き、剣による足の拘束を引きちぎったフィアンメジャロがワイヤーアクションの様に宙を舞う。
しばしの滞空時間を経てその赤い機体が頭から地面に墜落すると、
『戦闘終了。勝者、操奏者ビャッコ』
コックピット内に無機質なアナウンスが流れ、ささやかなファンファーレが鳴り響いた。




