5.対峙
連行されるように案内された場所は、いつもの広場にあるスクリーン一体型ステージであった。
自己顕示欲が強いのか目立つ事が好きなのか、いずれにせよ注目を集めたいという相手の感情が透けて見え、ビャッコは何とも微妙な気持ちになる。
「よく逃げなかったじゃねえか。なあ、お兄ちゃん」
「がっちり周りを囲ませておきながら、よくそういう台詞が言えるよな。それとお前に兄と呼ばれる覚えはない。もちろん、『お義兄さん』なんかと呼ばれる覚えもないぞ?」
「ねえビャッコ。何かそれって違わない?」
隣のホウカかからの突込みを黙殺し、ビャッコは眼前のバルバロと再び睨み合いを開始した。
そんな様子を、なぜか一緒にステージへ登らされている面々がビャッコの背後から見守っている。
「おにい……」
「大丈夫だよルシーニュちゃん。ビャッコが『任せろ』って言ったんなら、任せればいいんだ。それよりも、僕らは変な邪魔が入らないように取り巻きの方に目を光らせておこうよ」
「そうなのです。虎兄――ビャッコ兄様の邪魔はさせないのですよ」
「あらあら。うふふ」
ルシーニュは心配そうにビャッコの様子をうかがっているのだが、オディットは普段通りにひょうひょうとしており、なぜか彼の言葉に乗っかった天鈴はぐっと拳を握りしめ、ナタリアは穏やかに笑ったままであった。
「ああ。そういや妹ちゃんにお友達もいたんだったな」
自分でやらせた事なのだが、バルバロがわざとらしくそんな事を言い始め、やおらステージの下で見物客の様に集まっているグループのメンバーへ向き直った。
「おいお前ら。俺がこのお兄ちゃんと遊んでる間、退屈しないようにそっちの連中を丁重にもてなしてやれ」
彼はくいと顎でオディットとルシーニュを示したのだが、それに対する配下の者たちの反応は微妙だった。
「え? いや、でもボス。もてなすって言っても相手はランキング五位なんですが……」
「そうですよ。後を尾けたりするだけならまだしも、勝負となったら勝ち目なんてありませんって」
「あ、でも俺ルシーニュたんにボコボコにしてもらえるならやってもいいかも」
「あれ? でもあいつのデッキってそういうタイプのデッキじゃないと思ったが……」
やいのやいのと口々に気弱かつ情けない発言(一部例外を含む)をし始め、誰一人としてバルバロに賛同しようとする者がいなかった。
ちゃんと統率出来ているように見えて、その実そうでもないようだ。
大方、バルバロが集団の中で一番プレイングが上手く、なおかつ適度に仕切り屋であるためにリーダーにしているだけなのだろう。
現実世界と違い、ゲームでの匿名のつながりなどその程度である。
そんな面々の反応を受け、バルバロがイライラした様子でガシガシと頭をかいた。
「だあくそっ。ちゃんともう一人いんだろうが。どこの馬の骨とも分からんセンスの悪い黒づくめの怪しいのが」
ずびしと、バルバロはオディットを指さした。
さされた当人は自分でも自分に指を向け、「え? 僕?」とやや驚いたように首を傾げている。しかしそうやってきょとんとしていたのはごくわずかの間だけで、
「いやー、センスの悪い怪しい奴とはまた散々な言われようだなぁ」
彼は薄らとした笑みを浮かべ始めた。言葉だけを聞くと軽く笑いながらちょっと困ったような印象を受けるだけだというのに、その表情と合わせて聞くと全く別の意味を連想出来た。
ビャッコは肩越しに振り返った先にいる不敵にして不吉な笑顔をした友人を見て、背筋にゾクリとした悪寒を走らせる。近くにいるルシーニュと天鈴にしても、若干顔を引きつらせて腰が引けていた。
「ああ、別にいいですよ。僕ならいくらでもお相手します」
言いながら、オディットがナタリアを伴ってステージの先端へ進み出た。そこから終結したバルバロのグループを一望し、
「いちいち仕切り直すのは面倒なので、ガンスリンガー形式でもいいですよね? 今からここにいる方全員に対戦申し込みをしますので、逃げないで来てくれる方は順次申し込みの承認をしてください」
ナタリアと同じような微笑を浮かべたまま、淡々とそんな宣言をする。
それがなされるや否や、集団の中を一気にざわめきが駆け抜けた。
「ちょ、ちょっとオディットさん!?」
「ガンスリンガー?」
その言葉の意味が分かるのかルシーニュは大変驚いた様子だったが、そういった用語に関してはまだ勉強不足なビャッコは首を傾げる。
「なんだお前。そんな事も知らないのか」
ビャッコの言葉と仕草を拾ったのか、バルバロがフンと鼻でせせら笑った。そうして彼は「いいか?」と前置きをして、
「ガンスリンガーってのは、簡単に言えば制限なしの勝ち抜き戦だな。勝つごとに獲得ポイントと賞金が通常より多く加算されるから一気に稼ぐにゃ悪くないやり方だが、その代わり一度負けるとそれ以降の対戦相手にも自動的に不戦敗扱いになっちまうクソ仕様だ。しかも通常バトルと違って負けるとポイントが減る。まずやる奴はいねえ、というかやるのは馬鹿だ」
なぜか律儀に説明してくれた。
いまいち相手の性格がつかめなくなったビャッコだったが、今の説明から考えられるガンスリンガーの問題点にはすぐに気が付き、急いでオディットへ視線を投げる。
「おいオディット」
「大丈夫だよ。『任せて』くれ。だから君はさっさと、そこの赤いのをどうにかするといいよ」
ビャッコの言葉に対し、オディットが肩越しに振り返りつつ片手を上げてきた。それは「上手くやるよ」という合図であり、彼がそれをやった時に言葉を違えた事は今までに一度もなかった。
ゆえにビャッコはやれやれと小さく息を吐き出して、
「了解だ。任せたぜ親友」
軽く手を上げて応えてやる。
「任されようじゃないか。親友」
僕を誰だと思っているんだいと鼻を鳴らす友人に再度苦笑を漏らして、ビャッコは再びバルバロへ視線を戻した。
「だ、だけどオディットさん。相手は二十人以上いるんですよ? そんなに連続で試合をしたら――」
「だから大丈夫だよ。心配しないで。僕の戦闘スタイルは連続で試合をしてもあんまり疲れないからさ」
「本当なのです?」
「あらあら」
オディットのあっけらかんとした物言いに、ルシーニュと天鈴が本当に大丈夫かなと心配そうな視線を向けている。
そんな会話を背中で聞きながら、ビャッコはにやにやとした笑みを張り付けているバルバロに声をかけた。
「あっちはあっちで始まるみたいだし、俺たちもそろそろ始めようぜ」
「ああそうだな。っと、対戦は当然賭けバトルでいいよな? お互いに手持ちで最もレアリティが高いカードを一枚賭けようぜ」
「それは構わないが、ちゃんと持ってるのか? レアカード」
念のための確認の言葉だったのだが、それを聞いたバルバロは一瞬呆けたような顔になり、
「くはははっ! 面白い事言うねえお兄ちゃん。お前とは今日初めて言葉を交わしちゃいるが、お前がこのゲームを始めてからまだ一か月も経ってないんだって事は知ってるんだぜ?」
直後に大笑いしながらビャッコに指を突きつけてきた。
「お前の名前でランキング検索をかけてポイント状況を見りゃ、大体のプレイ期間は分かる。それに、そっちの妹ちゃんが口走ってたしな」
「っ……」
舌を出しながらの高笑いに、ビャッコの背後でルシーニュが顔をしかめる。
「おにいごめん。あたしが――」
「だから、大丈夫だって言ってんだろ? プレイし始めて一か月も経ってないからどうだっていうんだ。関係ねえよ」
妹の謝罪の言葉を、ビャッコは振り返る事無く言葉で制した。と同時に、一刻も早く相手を黙らせなければならないと心に誓う。
「ちゃんとカードを持っているっていうなら問題ない。その条件でいいからさっさと始めようぜ」
「ちっ。気に入らねえな。まるで臆するところがねえ。お前の相手はラクスビアのトップテンの一角なんだぜ? ちっとは緊張して欲しいもんだがな」
「このゲームのシステム上、ランキングの順位はどうにでも出来るからな。全員が全員そうとは言わないが、ランキングの順位と強さがイコールじゃない奴だっているだろうさ。――お前とかな」
「な……」
バルバロが絶句し、
「舐めてんじゃねえぞ、おい」
直後に再び仄暗い怒りを宿した目でビャッコを睨み付けてきた。
「いい加減そういった威嚇にも飽き飽きだな。……ホウカ」
「はーい」
ビャッコの呼びかけに応じ、やや後ろに控えていたホウカがビャッコの隣に並ぶ。それを確認して、彼は胸のポケットから金縁のユニットカードを取り出した。
「はっ。なにも分からずにユニットだけ昇格させちまった事を後悔するといいぜ」
対するバルバロも皮ジャンのポケットから同じく金縁のカードを引き抜く。と同時に、彼の歌奏姫が音もなくその隣に並んだ。
刹那、ビャッコの青の視線とバルバロの橙の視線が交錯し、
「――機神召喚!」
「――機神召喚!」
二人は鏡写しの様にユニットカードを天に掲げた。
◆
「始まったみたいだね」
ステージの上から巨大スクリーンに映る光景を眺め、オディットは少し楽しそうな様子で誰にとはなくそんな事を言う。
スクリーンに映るのは見慣れた白き騎士と赤き狙撃手の姿。相手のバルバロは遠距離系の機体のようだが、見た目に堅そうな印象はない。おそらくは機動力でかき回しつつアウトレンジからの射撃で攻め立てるタイプの機体であろうと思われた。
一般的に考えれば中近距離からの近接戦闘がメインであるビャッコにとってはあまり相性のいい相手とは言い難い。
だがこの二週間以上、オディットは散々遠距離兵装でビャッコを狙い撃ちし続けていた。今回の試合ではその経験がどこかしらで生きるはずである。
「おにい……」
「虎兄様……」
少し離れた場所では、ルシーニュと天鈴が祈るような面持ちでじっとスクリーンを見つめていた。口で心配するなと言われても、やはり心配なものは心配なのだろう。
むしろごくごく普通にしている自分の方が特殊なのかもしれないと、オディットは内心自嘲気味にため息を吐いた。
「オディット君」
「分かってますよナタリアさん」
そばに佇むアイスブルーの髪を持つ彼の歌奏姫。瑠璃の瞳に宿る感情は心配ではなく、大事の前に心落ち着かないオディットに対する叱責だ。
彼はぐっぐと腕や腰を伸ばし、その都度腰元からガラスが打ち合う涼しげな音楽を奏でさせた。
「さて、そろそろ相手方も参加者は出揃いましたかね」
ゆっくりとした動作で、オディットは自分から申し込んだ連続対戦の相手一覧を表示させる。記された人数はその場にいるバルバロのグループメンバー二十三人。
誰一人として逃げる事なく相手をしてくれるようであった。
ざっと見たところある程度腕が立ちそうなのは六名ほどであるため、その六人を省いた十七人を一人五分以内。面倒そうな六人を一人七分弱で片付けるとして、最大でも二時間半程度で終わるだろうかとオディットは試算する。
「それじゃやりましょうかナタリアさん。陣営移動で半減しちゃったポイントを、ここで一発大稼ぎですよ」
「あらあら。それじゃあがんばりましょうね」
ストンとオディットとナタリアはステージから飛び降り、石畳の上に着地する。そうして目の前にいる二十三名全ての顔をぐるりと確認し、
「始めようか。――機神召喚!」
ユニットカードを高々と掲げた。
◆
岩陰に身を隠しながら、ビャッコは前方の様子をそっとうかがう。直後、一発の銃声が鳴って機体の鼻先を弾丸が通り抜けたため、彼は慌てて機体を岩陰に戻した。
「はっはー! どうしたどうしたお兄ちゃん。かくれんぼばっかじゃ飽きちまうぜ?」
一瞬だけ通信を繋げてきたバルバロが、愉快でたまらないと言った感じの声をコックピット内にばら撒いた。いちいち癇に障る性格をしている。
「うー……。ビャッコ。わたしやっぱりあいつ嫌い」
「奇遇だな。俺も妹の件がなかったとしてもお付き合いしたくない類の人間だ」
わざわざ口に出すまでもなく実に腹立たしいのだが、現状では何の準備も出来ていないままで挑発に乗る事は出来ない。
バルバロの機体、遠距離射撃系上位ユニット『フィアンメジャロ・チェッキーノ』は初期装備としてライフルを所持していた。ユニットの初期装備は通常兵装と違って耐久値がないため、直接破壊されない限りは永遠に使い続ける事が出来る。
これが弾数イコール耐久値である銃火器の場合どうなるかというと、なんと弾数が無限になるらしい。
らしいというのは、またも律儀にバルバロが自分から性能を暴露したからだ。フェイクとは思えないのでおそらくは本当なのだろうとビャッコは考えていた。
「見た目からして防御力はカヴァリエーレと同じくらいだとは思うんだけどな」
軽くぼやきながら、ビャッコは戦闘開始直前に見たフィアンメジャロの姿を思い出す。
真紅の映えるすらっとした機体で、全体的につるりとした印象のある機体であった。現実世界の狙撃手と同様に、動きを阻害しかねない一切を排除しているのだろう。
実際、先ほどからバルバロは常に場所を変えながらビャッコを狙撃し続けていた。そのため、弾丸の飛来方向へ攻めに行ってもその場にいた痕跡が残っているくらいで、相手本体を捉える事が出来ていない。
加えて、対戦ステージが実によろしくないとも言える。
この場所には身を隠せる巨岩や上からの狙撃を狙える小規模の台地など、相手に有利な地形がそろい踏みだからだ。
障害物が多い事で遮蔽物にもなっているが、一度相手を見失うと簡単には補足出来ない厄介さの方が勝る。
「それこそイネスプニビレみたいな大盾でもあれば突撃出来るんだけどな」
チラリと、ビャッコは左手の盾を見る。敵と殴り合うには取り回しも利くちょうどいい大きさの盾だが、これに身を隠して突き進むとなるとやはり小さ過ぎると言わざるを得ない。もとより銃撃対策の盾ではないのだから当然ではあるが。
「うーん。確かにそうかもしれないけど、大きい盾は重過ぎて動けないんじゃない?」
「……ふむ。それは確かにそうだな」
ホウカの的確な突込みを受けて、ビャッコはこれ以上の無駄な思考を止めた。ちょうどよくドローゲージが満タンになったため、山札からカードを一枚引く。
「ん……」
引いたカードを確認して、ビャッコは頭の中に現状を打開出来うる策を練れないかと並列に思考を展開して模索していく。
その結果、一つの策を思いついた。
「ふむ。やってやれない事はないだろうな。効果時間を考えれば先にこれを使っておいて、そこに重ねれば……」
「何か思いついたの? ビャッコ」
ステージ台から振り返ってきたホウカがちょこんと小首をかしげる。
ビャッコは彼女に対してコクリと頷いた。
「ああ。早速だけど、ホウカにも手伝ってもらうぜ」
「うん。わたしはいつでも行けるよ」
なぜかえへんとホウカが胸を張る。悲しいくらいにどうしようもない現実が強調されるのだが、最近はその辺りをうっかり口にしても怒らなくなっていた。
ビャッコにとってはまったくもって理由不明であるが、何かしら彼女の中で変化があったようだ。
「うっし」
さておき、今はそんな事よりもバルバロである。ビャッコは自分に気合を入れると、手札を一枚選択して使用を宣言した。
カードが光の粒子になるのに合わせて、ホウカの前にウィンドウが開く。
「歌え。俺の歌奏姫」
「はい。わたしの操奏者」
彼女の返事と同時に、コックピット内にアップテンポな曲が流れ始めた。




