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3.調査




 あれからさらに三日が過ぎた。

 結局虎之助は小鳥から話を聞く事は出来ず、彼女の様子は今をもっておかしなままだ。


 あの日、虎之助がバーチャルリアリティログインしている最中に小鳥が部屋を訪れた形跡があり、当然メモの内容も読まれているはずなのだが、なぜか彼女は急に会話をしてくれなくなった。

 それは嫌われているだとか、思春期特有の不安定さによるものとは何かが違う。


 虎之助は小鳥の状態を何かと戦っているようだと感じていた。彼女の様子を見ていると、どうしても負けられない、負けたくない相手と戦い続けているような焦燥感を覚えるのだ。

 しかし、彼女がいったい何と戦っているのか。それがまるで見えない。唯一分かったのは、その戦いが現実世界ではなく仮想世界で行われているらしいという事だけだ。


「どうしたもんだろうかな」

「わたしに聞かれても困るよ。ただ、妹さんがどこへ行っているのかを突き止めない事には分かりようがないかなとは思うけど」

「……だよなぁ」


 パソコンの画面に映る鳳華とあーでもないこーでもないと不毛な会話を続けているが、現状では何一つ出来る事がないのだから仕方がない事だった。

 せめて何か話してくれれば力になれるかもしれないのだが、意固地になっているのか小鳥はまるで取りつく島がないのである。

 一人の兄としては貧乳好き発言以来のショック状態であった。


「あ、ねえ虎之助。本人が駄目ならもう一人適切な人がいるんじゃない?」

「適切な人?」

「うん。ほら、将を射んとすればまずその馬を射よって言うでしょ?」

「射んと『欲』すれば、な。んー……って事は、天鈴か」


 虎之助は頭の中におかっぱ金髪ミニ浴衣姿のアドキャラを思い描く。確かに彼女であれば主人である小鳥の変化についてなにかしら知っているだろう。


 しかし、天鈴を攻めるとなるとかなりタイミングが限られてくる。

 それは基本的に小鳥が不在の場合は当然にして天鈴も不在であるからだ。つまり狙えるのは天鈴は部屋にいるが小鳥は部屋にいないという状況。それなりの時間も欲しい。


 となれば当然狙い目は小鳥の入浴時間中である。最低でも四十分は風呂に入っているはずなので、ちゃんと入浴中である事を確認すれば十分な時間があるはずだった。


「ちょうど今日は風呂だな。十八時半くらいになったら浴槽を洗ってくれって母さんに頼まれたし」

「じゃあちょうどいいんじゃない? 最近虎之助まで暗くなりがちだから、ちょっと心配だよ」


 そっと、鳳華が決して届かない手を伸ばしてきた。虎之助も画面に指を伸ばし、彼女の掌に指の腹を合わせる。

 現実世界側に感触はないのだが、向こうには何かしら伝わるようで、彼女が小さく笑みをこぼした。


「そう、見えるか?」

「うん。ちょっと前のわたしみたいな感じだと思うよ」

「……ふむ」


 この手の事は他人に指摘されない限りは気付きづらいものがある。鳳華から見てそうだというのであればそうなのだろう。

 彼女の方はついさっき指定の掲示板に両親から何かしらメッセージがあったらしく、至ってご機嫌である。なんと書いてあったかについては教えてもらってないが、特に気にする必要もないだろうと放置していた。


「作戦も何もないし、ひとまずはそれで行くしかないか」

「ガンバだよ。虎之助」

「おう」


    ◇


 かくて風呂の掃除を済ませた虎之助は家族とともに食事をとる。

 小鳥はご飯を残しはしなくなったものの、強引に早食いをしてすぐに部屋に戻ってしまった。しかし今日はすでに風呂を沸かしているため、一番風呂好きな彼女は仮想世界に行く前に風呂に入るはずである。


 少し経ってから階段を下りてくる足音が聞こえ、虎之助の読み通り小鳥が浴室へ入る音が聞こえてきた。チャンス到来である。


 虎之助は食べる速度を上げて手早く食事を済ませると、少し疲れたような表情になってしまっている美雪に大丈夫だからと声をかけつつリビングを後にした。

 廊下でちらりと浴室の方へ聞き耳を立て、水の流れる音がしているのを確認してから階段を上る。

 そのまま自分の部屋には行かず、主不在の妹の部屋のドアの前に立った。


 そっと取っ手を押し下げると、少しだけ懸念していた鍵はかかっておらず、ドアはゆっくりと内側に開かれる。


「あれ? 小鳥姉さまもうお風呂から上がったのですか?」


 パソコンの位置からドアが開いたのが見えたのだろう。天鈴のそんな声が聞こえてきた。

 下手に大きな声を出されるのも不味いと思い、虎之助はさっと部屋の中に侵入。そのままきょとんとした表情になっている天鈴の前に到達した。


「え? 虎兄様?」


 状況がよく分かっていないのだろう。天鈴は大量の疑問符を点灯させて身体ごと首を傾げている。

 そんな彼女に虎之助は人差し指を口に当てて静かにしているようにと伝えると、彼女は相変わらず首をひねりながらもコクリと頷いた。


「悪いな。少し、聞きたい事がある」

「なんなのですか?」

「最近の小鳥の事だ。明らかに様子がおかしい。何かしらないか?」

「っ!」


 天鈴の背後にギクリというオノマトペが出現する。ビンゴだった。非常に分かり易い。


「な、な、な、何の事なのかボクには分からないのです」

「嘘付け。今おもいっきり『ギクリ』って背後に出てたぞ」

「はうう。不味いのです。これは小鳥姉さまからきつく口止めされているのです。だから駄目なのですぅ」


 語るに落ちるというのはこういう事を言うのだろう。中身はまるで分らないが、今の言葉からやはり小鳥が何か隠し事をしているというのは明白だった。


「天鈴。お前だって最近の小鳥が変だとは思うだろ?」

「はう……」

「そのせいで最近、母さんまで元気なくなってるんだよ。父さんがずっと海外に行ってるっていうのもあるから、あの人は人一倍家族の事に神経を使ってるんだ」


 こんな事はいまさら説明するまでもなく、白河家に籍を置く者であればだれでも知っている事だ。それでもあえてここでそれを言うのは、天鈴の退路を断つためである。

 天鈴にとって最も重要な存在は小鳥だが、その小鳥にとって大事な存在もまた天鈴にとっては重要な存在になる。

 間接的に小鳥のためになる事だというスタンスで突けば、何かしら答えを出してくれるはずだった。


「はうう……」


 虎之助の見立て通り、天鈴は頭を抱えて悩みに悩んでいた。これが感情の無いただの機械であれば頑固に拒否一点張りも出来たのだろうが、生憎と彼女には疑似感情がある。『考える』とは即ち『悩む』事であり、理路整然とした主張であれば交渉の余地は大いにあるのだ。


「……で、でも、ボクは小鳥姉さまの命令には背けないのです。これは他の誰が命じたとしても絶対に言うなと言われている事なのです」

「それはつまり、俺か母さんがお前に話を聞こうとする事を考慮しての命令って事か?」

「たぶんそうだと思うのです。ここまできつく厳命されたのは、小鳥姉さまのアドキャラになってから初めての事だったのです」


 頭を抱えてやや涙目で訴える天鈴の姿は実に健気だった。それは本当に小鳥の事を想い、考えている証拠だ。二人の絆の強さを示すものでもある。


 だが、だからこそ虎之助はここであきらめるわけにはいかなかった。正攻法で駄目となると、あとは変化球か抜け穴探ししか方法がない。

 要は小鳥の命令を掻い潜る形で天鈴に口を割らせる事が出来ればいいのだ。


「……なあ天鈴」

「はいなのです」

「俺の質問にイエスかノーで答えてくれ。答えられないものに関しては答えられないで構わない」

「……分かりましたなのです」


 質問に対する三択解答。これは直接的ではないが小鳥の状態を知るための反則技でもある。


「小鳥の悩みは学校や学校での友人関係なんかによるものか?」

「いいえなのです」


 天鈴がふるふると頭を横に振った。


「それじゃあ、現実世界での事が原因じゃないんだな?」

「はいなのです」


 今度はコクリと首を縦に振る。

 という事は、小鳥の問題は仮想世界にあるという事だ。そして友人関係でもないとなると、この問題は小鳥のごくごく私的な部分に関係するものであるという推測が成り立つ。


「もしかして、小鳥は何かのゲームで問題を抱えているのか?」


 友人とは関係のない仮想世界での出来事。真っ先に思い付いたのは、虎之助と違って昔から彼女がやっている種々のネットゲームだ。

 もしそこで何か問題が発生しているとすれば、先の前提条件に収まる可能性は十分にある。


 そしてこの質問に対して天鈴は、


「答えられないのです」


 そう返してきた。

 答えられないという事は、それが小鳥に口止めされている事に関係している証左になる。


「……ゲームか」


 つい最近に自分のやっているゲームでも問題が発生しているところを目の当たりにしているだけに、妹がああいう類の何かに巻き込まれている可能性を示唆された虎之助は知らずに奥歯を噛んでしまう。

 やはりあの時すぐに話を聞くべきだったのだ。それを後回しにしてしまったがために、小鳥は今も面倒事に巻き込まれ続けている。


「そこに答えられないって事は、どんなゲームをやっているかも答えられないって事だよな?」

「……答えられないのです」


 やや辛そうな表情の天鈴が小さくそう言って、ションボリと肩を落とした。

 先ほどは絶対に言えないと言っていたが、どうやら彼女自身としては誰かに現状を訴えて小鳥を助けたいという気持ちが強いようだ。しかしそれを小鳥本人に止められているためにやきもきしているのだろう。


 こうなると重要なのは、小鳥がどんなゲームをやっているのかという事である。

 昨今のオンラインゲームはパソコンにデータを落としてからサーバーに接続する方式ではなく、サーバーそのものに直アクセスする形式であるため、フォルダを探してゲーム名を特定する事は難しい。

 唯一そこに届くカギは天鈴だが、何も答えられない状況では探りを入れたところで無意味だ。なにか別の方法を考えなくてはならない。


 ゲームという単語が含まれただけで答えられなくなるという事は、既存のゲームタイトルを片っ端から羅列したとしてもその全てで同じ答えが返ってくるだろう。当然それでは特定など出来はしない。

 反応から類推する事は可能かもしれないが、これに関しては期待薄だ。決定的な部分で小鳥が対策を打っていないはずがない。


 欠片でもいい。なにか辿り着ける可能性のあるヒントが欲しかった。だが、どうやったらそれを天鈴から引き出せるかが分からない。

 時計の針は止まる事無く時を刻み、静かな部屋の中でその音だけがやけに大きく聞こえていた。


 虎之助が必死になって思考を巡らせてからやや時間が経過した頃、


「……あ。そろそろ小鳥姉さまが帰ってきてしまうのです。今さっきお湯の供給が止まったのです」

「げ……」


 内部ネットワークを監視でもしていたのか、天鈴が突然そんな事を言い出した。

 虎之助は慌てて時計を確認し、小鳥が風呂に入ってからすでに三十分以上が経過してしまっている事に気が付いた。


「ちっ」


 これから身支度を整える時間を考えれば、猶予は後十分程度だろう。侵入がバレないように退散するためには五分以内に部屋を出なければならない。


 結局目的を果たし切れていない虎之助は、歯噛みしながらも退散するより他になかった。

 彼は天鈴に口止めを約束させ、そのまま部屋を出て行こうとしたのだが、


「待ってくださいなのです虎兄様」

「ん?」


 背後からかかった声に足を止め、肩越しに振り返る。

 そこには少し俯いて唇を噛む天鈴の姿があって、


「逆にボクから一つ質問させて欲しいのです。虎兄様ならボクのこの質問から答えを見つけてくれると思うのです」


 彼女は覚悟を決めたように顔を上げ、その瑠璃色の瞳に強い意志を込めて虎之助を見つめて来ていた。

 その真摯さを受け、彼はきっちり身体ごと振り返って相手に先を促す。


「……まず先に言っておくのですが、小鳥姉さまもボクも虎兄様の部屋に無断で入るような真似はしていないのです。あ、でもこの前のメモが机にあった時はちょっと入ったのですが、その時には()()()()()はずなので問題はないのです」

「ん……?」


 天鈴が妙な事を言った。『いなかった』というのは、はたして誰の事を示しているのだろうか。


「前置きが長くなったのです。ここからが重要なのですよ」


 内心で首を傾げる虎之助に気付いているのかいないのか、天鈴は念を押すようにその部分を強調させ、


「ボクの質問は、虎兄様のパソコンの中で()()()()()()()()()()()()()()()()は誰なのですかという事なのです」

「っ! おま――」


 不意打ちの質問に、虎之助はおもいっきり動揺を顔に出し、直後にしまったと表情を歪めた。何とも正直な反応をしてしまったものである。


「言えないのなら言ってもらわないでも構わないのです。今回の事と虎兄様の事は直接の関係はあまりないのです」


 ふるふると首を振って、天鈴が虎之助の言葉を制する。


「ただ、ボクたちがなぜその事を知っているのか。その理由を考えてもらえれば、自然と虎兄様の求めている答えにたどり着くはずなのです。ちなみに、あの人の存在を認識したのは二週間と少し前なのですよ」

「って、おいおいおい……」


 二週間と少し前という事は、ほとんど鳳華が虎之助の部屋に居候を始めた時からという事だ。そんなに最初期から妹に知られているとなると、やはりあの時のごまかしが十分ではなかったという事だろうか。


 そう考えつつ、しかし虎之助はそれを否定する。それは天鈴の言った『アドキャラの振り』という言葉のせいだ。

 これはつまり、あの時に見せた鳳華の演技が演技だと発覚した事による発言だ。そして演技だと分かられてしまったのは、当然どこかで素の彼女を見られたという事だろう。


 ではそれをどこで目撃されたのだろうか。虎之助はここ二週間の自分と鳳華の行動を全て思い返して、ふとある事に思い至る。

 それは先ほど自分で推測したものともあてはまるものであり、小鳥が鳳華を目撃したとすればそれはあの場所以外では考えられないだろう。


「天鈴。最後の質問だ」

「はいなのです」

「小鳥はアルヴァテラで何か厄介事を抱えているな?」


 直球のこの質問に対し、それまでずっと沈んだ様子だった天鈴が急ににっこりと笑顔になって、


「答えられないのです」


 嬉しそうにそう返答してきた。


「ビンゴ」


 指を弾き、虎之助は思わずガッツポーズをとった。


「あ、もうそろそろ戻ってくるのですよ」

「やべ」


 天鈴の警告を受け、虎之助はさっさと部屋から退散する事にした。去り際に天鈴の様子を確認すると、彼女は穏やかな表情のままで深々と頭を下げて来ている。


「小鳥姉さまをよろしくお願いするのです」

「おう。当然だ」


 天鈴に応え、虎之助は小鳥にバレないようにそっと彼女の部屋を後にした。




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