1.練習
アルヴァテラの世界は、中央に海と言っても過言ではないほど巨大な湖を湛える『テティライゴーマ』という大陸を舞台にしたゲームである。
湖を囲うようにして六色の各陣営が国家を形成しており、巨湖に無数に存在する島々を日々奪い合っているという設定だ。奪い合う原因は島に埋蔵されている様々な資源を占有したいがためであるらしい。
操奏者たちはこれら国家間の戦争のために異世界から召喚されたという設定である。
とはいえ別国家の者としか戦えないという事はなく、むしろ遭遇戦的な意味合いでは同国家の者との戦闘の方が多い。別色陣営所属の者とは定期的に行われる国家間戦争での対決がメインになるようだ。
「――とまあ、昨日説明してなかった世界観的なものはこんな感じかな。詳しく知りたければ公式ページを見るといいよ」
「さして興味はないな。それよりも、チュートリアルが終わった後に最初に立ち寄らないといけなかったところはどこだ?」
「うわー。昨日も思ったけどいろんな人がいるよね。最初は逃げるのに必死で景色とか見る余裕なかったけど、じっくり見るとやっぱり面白いよここ」
「あらあら。うふふ」
虎之助――ビャッコ、鳳華――ホウカ、慎一郎――オディット、そしてナタリアの四名は、昨日に引き続いて白の陣営ラクスビアの首都にやってきていた。
ビャッコは妙なチュートリアルのせいで重要な事を聞き忘れているかもしれないというオディットの言葉に従い、広場で集合した時にあれこれ確認しながら改めて簡潔にゲームの説明をしてもらっていた。その結果として、現在とある場所へ向かって移動中である。
「もうすぐ着くよ。これをもらわない事にはゲームが始まらないからね」
「普通、カードバインダーやデッキケースなんていう大事なもんはチュートリアル前に渡されるもんじゃないか?」
「無料配布されている物でいい人はそれでもいいけど、最初から有償品とか別なのが欲しい場合はもらっても無駄になるじゃないか」
「そりゃそうだがな」
アルヴァテラではカードの管理用品としてカードを収納するカードバインダーと、戦闘時に使用するデッキを指定するデッキケースというものが用意されている。
どちらもチュートリアルでどこに行けば手に入るか分かるはずの代物だったのだが、どうやらビャッコがすっ飛ばしたカードプレイング説明の最後にそれがあったらしい。
オディットに言わせれば初見で説明を飛ばす方がおかしいという事のようだが、あれは完全に不可抗力である。あの時の状況で、ゆっくりした丁寧な説明を最後まで聞いている余裕などなかった。
「でもまあ、ある意味ではこれでよかったとも言えるかな。バインダーとケースがない状態だと対戦出来ないから、誰に絡まれる事もないしね」
「そういう設定なのか」
確かにそれは僥倖だった。
対戦は相手を直接指定すればどこでも申し込める設定であるため、今こうして移動している間もいつそうなるか分からないのだ。その心配がないとなればずいぶんと気持ちが楽になる。
「おっと。バインダーとケースをもらったらすぐに僕と一度対戦してもらわないといけないから、その前にカードパックを買って行こう」
突然オディットがポンと手を打って足を止め、それに合わせてビャッコたちも足を止める。
「ほらそこ。カードの看板が下がってるだろ?」
「ん」
オディットの指が示す方向。そこには確かに木の板に浮彫でカードの形が彫られた看板が下がっている。カウンターの向こうには厳つい顔の親父が腕を組んでおり、店の前では何やら四人のプレイヤーたちが円陣を組むようにしてひそひそ話し合っていた。
「あの人たちもカードを買ったんだろうね。中身を確認してるんだと思うよ」
オディットがそういった直後、
「か~、くっそ外れだ」
「俺もだ畜生」
「こっちはレア入ってたけどカスレアだった」
「ゲーム内通貨で買えるパックなんてこんなもんだよなぁ」
四人ともそれぞれがしょんぼりと肩を落とした。どうやら成果が芳しくなかったようである。
「昼にも言ったけど、基本的にゲーム内通貨で良カードを当てるのは難しいんだ。企業側も商売だからね。お金を使った方が強く出来るのは仕方ないよ」
「そりゃそうだろうな」
いわゆるアイテム課金形式のゲームで無課金組が課金組を圧倒する事はまずありえない。そんな事になれば企業の儲けを支えるユーザーが寄り付かなくなって、一気に廃れるからだ。
ことにこのゲームはトレカの性質も持っているわけで、その傾向はより顕著だろう。
「幸い僕は虎之助のおかげで普通の学生より儲けがあるからね。今度の期末から値も上げるし、臨時収入が入ったらパックを買おうかな」
「お前、あの儲けをこれに使ってたのか」
「まあね。あぶく銭は使っちゃう方が――」
「ねえねえ虎――ビャッコ! カードがいっぱい並んでて綺麗だよ!」
オディットの言葉に被って、そんな元気のいい声が聞こえてきた。
驚いたビャッコが声のした方へ視線を向けると、ちゃんと歌奏姫用のクリーム色のドレスを身に纏ったホウカが、いつの間にそこへ移動していたのかカード屋の前ではしゃいでいる姿が飛び込んでくる。
「あの馬鹿……」
ビャッコは片手て顔をぺしりと覆いながらため息を吐いた。
その隣ではオディットとナタリアのペアがそれぞれ、
「おやおや」
「あらあら。うふふ」
微笑ましい光景を見ているような笑みを浮かべている。
「とりあえず僕らも行こうか。まずは今持っているゲーム内の通貨で買えるだけのパックを買って行こう」
「……そうだな」
オディットに促され、ビャッコはもう一度ため息を吐き出してから目をキラキラさせているホウカの元へ向かった。
◆
「それではこちらが無料配布しているカードバインダーとデッキケースになります。もしも他のデザインの物を使いたくなった場合は、再度こちらを訪れてくださいね」
店番のノンプレイヤーキャラからシンプルな白一色のカードバインダーと同じく白いデッキケースを受け取り、虎之助は受けた説明通りに『カルテッラ』と唱えて荷物になるバインダーを消し去った。デッキケースの方はベルトを巻いて左の太ももに取り付けておく。
「さて、それじゃあ早速だけど僕から対戦を申し込むから、ちゃんと僕の名前が表示されてるか確認して承認を選択して」
「おう」
「わくわく」
「あらあら」
すっとオディットが手を上げたかと思うと、突然ビャッコの目の前にホログラムウィンドウが出現し、『VIENE UN SFIDANTE!|(挑戦者来る!)』という文字とオディットの名前。そして『Yes/No』の選択肢が表示される。
「表示されてるかい? されているなら邪魔が入らない内にYesを選択して」
「おう」
当然にしてウィンドウはビャッコにしか見えていないらしく、彼は宙に浮かぶホログラムウィンドウに触れ、Yesを選択した。すると――
『対戦申し込みに対する了承を確認したしました。これより当該操奏者、プレイヤーネーム『オディット』並びに『ビャッコ』の両名をバトルフィールドに転送いたします』
どこからともなくアナウンスが聞こえてきた。
「あれ? 今の声ってどこから?」
近くでホウカがきょろきょろと周囲を確認している。どうやら今の音声はそれぞれのパートナーである歌奏姫にも聞こえるようだ。
「すぐに転送されるからじっとしててねホウカちゃん」
「え? あ、うん」
オディットに言われ、落ち着きなくきょろきょろしていたホウカがびしっと気を付け状態で固まった。根が素直なのでこういうところは実に面白い。
『トランスポーターを起動します』
再びのアナウンスと同時にビャッコたちの足もとが淡く光り始め、
『三……二……一……転送』
無機質なその言葉が宣言されると同時に、周囲の景色が瞬きの暗転を経て切り替わった。
それまではとある建物の中にいたはずなのだが、今はどことも知れぬ森の中に立っている。
「うわ! いきなり景色が変わった!」
「うお!」
いつの間にか真横に移動していたホウカが大きな声を上げたため、不意打ちを喰ったビャッコはビクリと身体を反応させてしまった。
「ははは。そっか。ホウカちゃんはアドキャラとは違うんだもんね」
「うふふ」
それを見ていたビャッコの正面で並び立つオディットとナタリアが小さく笑みをこぼす。どうやら転送された時点で自動的に相対する立ち位置に調整されるらしい。
「さて、と。それじゃあビャッコ。さっき買ったカードパックを開けてデッキを組み直すといいよ。戦闘開始のタイムリミットまでは二十分位余裕があるからさ」
このゲームでの先輩としての余裕か、オディットがどうぞと言うように片手を差し出してきた。
その申し出をありがたく受け取り、虎之助は『カルテッラ』と唱えてバインダーを出現させると、ベストのポケットから計五つのカードパックを取り出す。
カードパックは五枚入りが一パック三百リル(ゲーム内通貨)で、初期所持金の千五百リル全てをつぎ込んで購入したものであった。
「早く開けてみようよビャッコ」
隣で目をキラキラさせたホウカが彼の服を引っ張って早く早くと急かしてくる。彼女は生まれてこの方こういったゲームというものをした事がないらしく、とにかくすべてが新鮮であるようだ。
「そう急かすなって。今開けるから」
多少緊張しつつ、ビャッコは一つ目のパックを開けた。カードを取り出した直後に外装パッケージは消滅し、カードのみが手元に残る。
「どうどう? いいの出た?」
「……ふむ」
ささっと確認した限り、入っていたカードは黒字の『C』四枚と黒と銀のグラデーション字の『UC』が一枚だった。
アルヴァテラのカードはレアリティ順に『C』(コモン)、『UC』(アンコモン)、『R』(レア)、『SR』(スーパーレア)、『UR』(アルティメットレア)、『LR』(レジェンドレア)の六種類があるため、今開けたパックの中身はレアリティだけを見れば相当にしょぼい部類に入るだろう。
「幸先悪いな……」
「え? そうなの?」
虎之助と違ってゲームに関しての知識がないホウカが首を傾げている。
ともあれ、カードの詳細は後でまとめて見るとして、虎之助はひとまずは全てのパックを開けてみる事にした。
二パック目。レア一枚。アンコモン一枚。コモン三枚。
三パック目。アンコモン二枚。コモン三枚。
四パック目。アンコモン一枚。コモン四枚。
そこまでパックを開いた時点で、虎之助はゲーム内通貨で買えるパックの中身がどういったパターンを持っているのかおおよそ目星がついた。
おそらくはアンコモン一枚とコモン三枚が確定で、最後の一枚がランダムなのだろう。ゲーム内通貨の稼ぎ効率が不明だが、本格的にやるのであればリアルマネー投資は必須と思われる状態だ。
「………………」
さして期待をせず最後の五パック目を開ける。表面からコモン三枚のちアンコモン一枚の並びは確定なので、四回カードを送った最後の五枚目が重要である。
そしてその最後の五枚目が――
「お」
「あ。さっきまでと違うカードだ」
五パック目のランダムカードは文字全面が銀色で塗られた『SR』と書かれているものであった。最初は幸先が悪いと思っていた虎之助だが、ここへ来てその認識を改めざるを得ない。
わずか五パックでスーパーレアを含むレア以上のカードを二枚引けているのだから、ずいぶんと運がいい方だ。
加えて今引いた『悪魔の取引(プロメッサ・デモーニコ)』というカードの効果は、虎之助のデッキに入っているキーカードと相性が良い。一枚しかないのがネックだが、引ければ一発逆転を狙えるはずである。
「とりあえずこいつは入れておくか」
デッキケースからデッキを取出し、虎之助は一度全てのカードをバインダーへと移した。各カードを枚数を考慮しながら吟味し、新しく手にいれたカードを組み込んでいく。
当然にして元々のキーカードと先のスーパーレアを中心据え、そこに現状で持ちうるカードの効果を組み合わせたり単独行使を考えたりしながらバランスを調整していく。
いわゆるコンボデッキというものの場合、はまれば負け無しと言っていい強さを誇るが、はまらない時は悲惨極まりない結果になる。
逆に単独で行使出来るカードの多いデッキは汎用性と安定感はあるものの、どうしてもここ一発の決定力にかける構成になる。
しかしながらアルヴァテラでは同時にロボットバトルを行うため、普通のカードゲームと異なる不確定要素が大きい。ゆえに、自分がどのようにして操奏機神を操作するのかをデッキ構成時に考えておく必要があった。
「…………うし。まあ今のところはこんなもんだろ」
「……うー。全然分かんない。カードも種類が一杯あってまだ覚えきれてないよ」
「とりあえず俺が分かってれば大丈夫だ。けど、カードの中には歌奏姫、つまりホウカの力を借りないと使えない『歌術』っていうのもあるから、その時はちゃんと説明してやるよ」
「うん。分かった」
眉をひそめつつも、ホウカがコクリと頷く。
ビャッコはそんな彼女の頭にポンと手を乗せ、
「準備出来たぞ」
待たせていた友人に声をかけた。
「おっけー。それじゃあまずはお互い愛機の召喚と行こうか」
言うや否や、どこに隠し持っていたのかオディットの指に金縁のユニットカードが挟まれていた。どうやら彼も上位ユニット所持者のようだ。
「そっちも金縁なんだな」
ビャッコはベストのポケットから同じく金縁のユニットカードを取出し、顔の前に掲げる。
彼の言葉に、オディットは不敵な笑みを浮かべた。
「当然さ。僕は本リリースされた一年前からプレイしてるんだからね」
「そうかい。それじゃあまあ、胸を借りさせてもらおうか」
ビャッコもまたにやりと笑う。
そして、二人は同時にカードを持つ手を天に掲げた。
「機神召喚!」
「機神召喚!」




