僕に相応しい女性ではない、ですか? 分かりました。婚約破棄で問題ないですよ。
「君は僕に相応しい女性ではない、そう判断した。理由は、媚びが足りないから。……ということで、婚約は破棄とする! 分かったね? きちんと伝えたから後から知らないとか何とか滅茶苦茶なことを言うのはなしだよ」
十歳年上の婚約者オウフ・エンデルーベールはある日突然私を自宅へ呼び出すとそんなことを言ってきた。
彼は前々から過剰な自信を持っている人だった。なのでこういうことを言い出しても驚きはしない。彼の中での彼の価値は異様に高い、それは誰もが知っていることなのだ。それがおかしいか否かは別として。
「君はもっと僕に相応しい女性になる努力をするべきだったんだ」
「今までありがとうございました」
ただ、オウフは実際には、彼が思っているような素晴らしい男性ではない。
喋るたびに大量の唾を飛ばす。
歌うことが好きだがかなりの音痴。
鼻水が出ると手で直接拭いてそれをどさくさに紛れて周囲の人の服や髪で拭こうとする。
……などなど。
彼はそういう迷惑な人間なのだ。
だからこそ誰にも相手にされず今日に至っているのだろう。
つまり、婚約破棄される方がラッキーなのである。
「ではこれにて、失礼いたします」
切り捨てられると考えれば残念なことだし悲しいことのようなのだけれど、実際にはそうではないのだ。
離れられることになる方が幸運、ということだって世の中にはある。
なんせ、彼と結婚すればどちらかが亡くなるまで一生、唾をかけられ破壊的な歌を聞かされ鼻水をなすりつけられるのだから。
◆
あれから数年が経った。
オウフは先日逮捕された。
何でも数回目にしたことのある女性に路上で言いより「僕が結婚相手になってあげてもいいよ」「君なら僕に吊り合うかもね」などと発しながら執拗に追い掛け回し挙句身体に無理矢理触れようとしたそうで、通報され、その地域の治安維持組織によって拘束されたそう。
そうして彼は犯罪者となった。
話を聞いた時はただただ呆れてしまった。
なんという愚かなことをするのか、と……。
だが自信過剰な彼のことだからそういうやらかしはありそうな話だ。
被害者には同情する。
あんな人に追い掛け回されるなんてきっと怖かっただろう。
ちなみに私はというと、今は結婚しており、子もいる。
善良な人と巡り会え、想いを重ね合わせ、穏やかな家庭を築くことができた――それはとても幸運なことだと思うので今は運命に感謝している。
◆終わり◆




