それはある朝突然の出来事でした。~切り捨てた側が幸せになり切り捨てられた側が不幸になるという決まりはないのです~
ある朝、起きると、枕もとに婚約者である彼エーリトリースが立っていた。
「え!? エーリトリース!? ……びっくりした」
「悪いな急に」
「いいえ……それで、何か用事だったの?」
「ああ」
「そう。起こしてくれれば良かったのに。でも、待っていてくれてありがとう」
するとエーリトリースは真面目な面持ちになって。
「お前との婚約だが、破棄することにした」
そんな風に言葉を投げてきた。
思わず「え」とこぼしてしまう。
「驚いているみたいだな。けど、言葉のままの意味だ。もう、本当に、そのままの意味。そういうことだから」
「そう……」
「ははは。ショックを受けているみたいだな。面白い」
そうして私たち二人の関係は終わりを迎えたのだった。
◆
あの後少ししてエーリトリースは魔女に誘拐された。
捜索するも見つからず行方不明に。
そして数週間後、リンゴの姿になった状態で、路上に転がっているところを発見された。
最初の発見者はエーリトリースであるとは気づけなかったようだが。
その人の知り合いの魔法に精通している人がリンゴを目にしたところそれがエーリトリースだったリンゴであると察したらしくて。
結果、エーリトリースがリンゴにされてしまったのだという認識で固定されたようであった。
……なんにせよ、彼はこの世から消えた。
あの時私を切り捨てた彼はもう人としては生きられない。それはつまり、もう二度と会うことはない、ということ。そういう意味ではラッキーなのかもしれない。だって、自分を傷つけた人ともう一生会わなくて済むのだから。
その話を聞いた時、私は「はー、ほっとした」とぽつりと呟いていた。
他者の不幸を喜ぶ言葉ではない。
彼という闇からの解放を嬉しく思う言葉である。
◆
「アップルパイ、焼いてみたの」
「ほんと!?」
「ええ。前に作った時さ、美味しそうって言ってくれたでしょう? それが嬉しくって。また作ってみたの」
色々あったけれど、私は今、穏やかな幸せを手に入れている。
婚約破棄から一年半。
私は最愛の人を得た。
――そして私たちは夫婦だ。
「うわーっ、良い香り」
「あなたっていつも褒めてくれるわね」
「本当のこと言ってるだけだよ?」
「そう。ならなおさら嬉しい。ありがとう」
これからは彼と隣り合って生きていく。
もう怖いものなどありはしない。
◆終わり◆




