何の生産性もないような穏やかな時間こそ、私が護るべきものです。~お互い苦労してきましたが今は共に幸せに暮らしています~
「しりとりしないカァ?」
「いいわよ」
「じゃあ、スタートしようゼェ!」
私の夫は個性的な人。
喋り方にもかなりクセがある。
ただ、悪い人ではなくて、一緒にいるととても楽しい人だ。
「まーずーはー……小麦粉ォ!」
「コーラス」
「すみれェ!」
「レモンジュース」
「ま、また、す!? う、ううーん……好きィ!」
「騎士」
「真実ゥ!」
「積み木」
「き、きき、きっきききっきっきィ……黄色ォ!」
かつて私たちはそれぞれ婚約破棄されることを経験した。
それも極めて理不尽なものを。
私は「パッとしない」という雑な理由で切り捨てられ、彼は「キモい」という心ない言葉で切り捨てられた。
そんな私たちが今こうして共にあれているのは、きっと、神の優しさゆえなのだろう。
「ロバ」
「罰ゲームゥ!」
「無視」
「ええェ!? 冷たいワードチョイスゥ!? ……う、んしょ、じゃ……鹿ァ」
「カバ」
「また、ば、なのォ!? えーと……うーん、えーと、えーとえーとと、えっとととっとォ……バクゥ! 動物の、ネ!」
だが、奇跡だろうが同情した神の優しさだろうがなんだっていい。
なんせ今は幸せなのだ。
それだけでいい。
今の状況以上のことなんて何も望まない。
「草むら」
「ラクダァ!」
「だんごむし、で」
「指揮者ァ! 音楽の、ネ」
「シャベル」
「瑠璃色ォ」
「蝋燭」
「くきわかめェ!」
彼が大事。
日常も大事。
だから私は今ここに在る幸せを護って生きてゆく。
「メジロ」
「ろー……ろ、ろー、ろ、ろろ……うーん、えとォ……老人会ィ!」
「インコ」
「鳥多いナァ!?」
「続けてちょうだい」
「……はい。で、では、ではではァ……コルクゥ!」
「組み体操」
「牛ィ」
「至近距離」
「りんごォ!」
「ごますり」
「いやいや、うっそォ、そんなワード来るゥ!? ……では、陸地ィ」
こんな風によく分からないしりとりをする時間だって、私にとってはとても愛おしい時間だ。
「地域」
「菊ゥ」
「栗」
「理不尽な言葉ァ!」
「番組」
「ミミズゥ」
「ずぼら」
「えーっと、ら、ら、ららら……らー……乱暴者ォ!」
第三者から見ればくだらない時間かもしれない。
何も生まれはしないわけだし。
けれど、私としては、無駄なことばかりしているとは思っていない。
穏やかな時間。
平凡な日常。
大げさではないけれど存在する温かな愛。
そういったものこそ、幸福のために護ってゆくべきものだろう。
「野原」
「またァ!? えええーっ。またなのォ!? また、ら、なのカァ!? ……楽な暮らしィ」
「しみじみ」
「民宿ゥ」
「暗闇」
「ミンチィ!」
「ちりめんじゃこ、で」
「恋人ォ! ハッピハッピハッピピハッピィ」
「そういうのいいから……じゃあ、得意分野、で」
「やまびこォ」
「小島」
「松林ィ」
「新規会員募集中」
「う、だナァ? うーん……移ろい、にするゥ!」
「いかだ」
「黙れェ」
「ええ?」
「い、いや、違うよォ。黙れ、って言葉を選んだんだヨォ」
「そういうことね」
「続けようヨォ!」
「ええ。では、歴史、で」
婚約破棄を越えて、幸せにたどり着けた。
こんなに嬉しいことはない。
◆終わり◆




