婚約者がいる身で他の女性を騙すなんて……どうかと思いますよ。
その日は何の前触れもなくやって来た。
「悪いが君との婚約は破棄とする」
そう、その日というのは、婚約者であるアーデールウが婚約破棄を告げてくる日のこと。
いつか噂では聞いたことがある。この世界には時に理不尽な理由であったり身勝手極まりない理由で婚約破棄してくる人間が存在すると。しかしながらこれまでの私は話半分に聞いていた。私に限ってまさかね、と、心のどこかで思っていたのだろう。どことなく他人事だったのだ。
けれどもその日は私にもやって来てしまった。
「なぜですか?」
「理由は……言えない」
「それでは話が進みませんよ」
「君が何を言おうが無駄だ」
「待ってください。すべてを決める権限が貴方にあるわけではないのですよ? 婚約とは両者間の契約ではないですか」
「何を言おうが無駄だ、決定は決定なのだから」
えええー……何それ、勝手過ぎるだろう。
「なぜいきなりそのようなことになったのかだけでも教えてください」
「それは無理だ」
「どうしてですか」
「個人情報だからだ」
「……言えないような理由なのですね?」
「違う!!」
「そうとしか思えませんよ」
「馬鹿にするな! 俺はそんな馬鹿じゃない! 君はなぜそんなにも無礼なんだ、あり得ない! ほんっとうに、あり得ない!! 君は大人しく俺に従っていればそれでいいんだ! そうだろう! 君は単なる婚約者の女性なのだから。いちいち、ごちゃごちゃ言うな!!」
アーデールウは大声を出すことで思い通りにしようとしてきている。
なんて野蛮なのだろう……。
「分かったな。もう終わりだ。話はここまでだ。……ではこれにて、俺は失礼する」
その後分かったことだが。何でも彼は私ではない女性に結婚をほのめかして騙していたそう。で、そのことが女性の両親にばれてしまって、大揉めになっていたそうだ。それで怒った女性の両親から本当に結婚するよう言われてしまい。逃れられない状態となってしまっていたようだ。
行いが悪すぎる……。
そんなことになっていたなんて欠片ほども気づいていなかった。だが気づいていなくて良かったのかもしれない。気づいてしまったら見て見ぬふりはできなかっただろうから。
だが、今はもう、私は彼と他人である。
彼がどうなろうが知ったことではない。
◆
あれから数年。
私は三つ年上のそこそこ良い家の出の男性と結婚し穏やかな家庭を築いている。
一方アーデールウはというと、あの時騙した女性と結婚し女性の実家で暮らしているそうだが、妻となった女性及びその両親から奴隷のような扱いを受けているそうだ。
……まぁ、自業自得だろう。
アーデールウには幸せな未来はない。
しかしそれは彼が生きてきた道ゆえであろう。
私には何の関係もない。
◆終わり◆




