過ぎ去ったことでも、ふと思い出すことはあるのです。~最期まで傍にいたかった~
自宅の脇にある花壇に水をやりながら、過去を懐かしむ。
かつて私には婚約者がいた。
ここに植わっているのは彼が好きだった花だ。
彼と私は周りからもよく話題にされるくらい気の合う仲で。ゆえにいつだって仲良しだったし、喧嘩することも滅多になかった。時に遭遇する困難も支え合って乗り越えてきた。
きっと幸せな未来がやって来ると信じていた――。
けれども彼は婚約を破棄した。
それも結婚式の前日に。
言われた時は意味が分からなくて、つい感情的になってしまって、彼を責めてしまった。でも彼は気まぐれで婚約破棄したわけではなかったのだ。
――彼は不治の病にかかっていた。
今日明日に死ぬわけではないけれど、だからといって何十年も生きることはできない。
彼が抱えていたのはそういう病で。
共に未来へ歩いていった時、いずれ、手間や迷惑をかけることになる――だから彼は関係を終わらせようと考えた、ということだったのだ。
それを知った私は何度も「それでもいい」と言ったし「それでもいいから傍にいたい」と訴えた。でも彼は頷かなかった。彼は少し寂しそうな目をしていたけれど、私が離れたくないと訴えるたびに「自分に縛られず生きてほしい」とそんな風なことだけを口にした。
そうして私たちの婚約は破棄となり。
それから一年ほどが経って、彼はこの世を去った。
今なら少し分かる気がする。
終わらせたのは彼なりの優しさであり思いやりでもあったのだと。
……けれども余計なお世話だった。
そんな気遣いは要らなかった。
ただ傍にいたかった。
たとえ、ややこしいことになるとしても、どのみち彼と長くは生きてゆけないとしても。それでも、彼の命が尽きる日まで、彼の隣にいたかったのだ。寄り添い合って生きてゆきたかった。
愛しているのだから、苦労なんて平気だったのに……。
彼の死から幾年もの時が過ぎて、あの悲しみは、ほんの少しずつ薄れゆきつつある。
けれども鮮明に残るものもあり。
今でもふと彼のことを思い出しては複雑な気持ちを抱える。ふとした瞬間に当時の心境が蘇ってくる。
……私はただ、最期まで、彼の傍にいたかった。
◆終わり◆




