可愛らしさが足りない、それが婚約破棄の理由なのですか? ……なんというか、自己中心的な人ですね。貴方は。
「お前との婚約だけどさ、破棄するわ」
婚約者ムルスンがそんなことを言ってきたのは、なんてことのない平凡な春の日であった。
「……婚約破棄?」
「ああ」
「またどうして急に……」
「決まってるだろ。そんなの。俺が決めたから、それだけのことだよ」
ムルスンはふふと黒い笑みを唇に浮かべる。
「お前には可愛らしさが足りない。女ならもっと男に媚びなくては。あ、まぁ、可愛がられたい大切にされたいと思うなら、だけどな。つまりは、それができないなら捨てられても文句は言えない、ということだ。オーケィ?」
それからも数時間私の悪いところについて語り、その果てに。
「じゃあな、バイバイ。これで永遠にさよならだからな。オーケィ? じゃ、そういうことで。サラバァ」
彼は永遠の別れを告げてきたのだった。
春の日射しはどこまでも穏やかで。
しかしながらそれを浴びていてもなお私の心は穏やかではあれなくて。
けれども、過ぎ去ったことをどうにかしようとしても無意味なことは分かっているので、この件についてそれ以上考えるのはやめておいた。
――考えるなら、この先のことを。
過ぎ去った物事をどうにかするなんていう超能力は人間にはない。
――見据えるなら、未来を。
◆
あれから数年。
時の流れというのは本当にあっという間だ。
私は先日第一子を生んだ。
あの婚約破棄の後、少しして良き人と巡り会い、その人と結婚。穏やかな家庭を築くことに成功し、その後子にも恵まれて。すべてが順調に進み、ようやく出産に至ったのである。
これからは忙しくなりそうだけれど、取り敢えず、できることを一つずつやっていこうと思う。
一方ムルスンはというと、一年ほど前にこの世を去ったらしい。
何でも女性関係でかなり揉めていたようで。
その結果元恋人の女性に夜道で刺されるという事件にまで発展してしまったそうだ。
あの時私に対してバイバイと言った彼だが、結果的には、彼がこの世にバイバイと言われることとなるというのが現実だったようである。
◆終わり◆




