姉の婚約者を奪って勝ったなどと言っていますが……本当に勝ったと言えるのはどちらなのでしょうね?
「お姉さまの婚約者はわたくしがいただきますわ!」
妹ミリーがそんなことを言ってきたのはある夏の日だった。
「え……」
「だ! か! ら! お姉さまの婚約者とわたくしが婚約する予定になったんですのよ!」
「カイと?」
「ええ! そう! そういうことですわ!」
いきなりのことに戸惑い、咄嗟にそれらしいことを言うことはできなくて。
「ふふん。黙ってしまわれて。けど、ま、そうですわよねー。婚約者を奪われるなど女として最大の屈辱、というものですものね」
いや、違う。
違うんだ、そうじゃない……。
「ま、せいぜい指をくわえて見ているといいですわ!」
――私の婚約者カイはパワハラ気質の男だ。
なので私はずっと苦労してきた。
ことあるごとに嫌な思いをさせられて。
ただ、彼の場合見た目だけはとても良いので、何も知らないミリーはカイに夢をみているのだろう。
「わたくしの勝ちですわよ、お姉さま!」
……だが、もしここで本当のことを言ったとしても、きっと彼女はそれを本当のこととして受け入れてはくれないだろう。
負け惜しみだとか。
彼を貶めようとしているだけだとか。
そんな風に受け取られるだけに違いない。
……ならば敢えて忠告してあげる必要もないだろう。
姉の婚約者を奪いたいような人間に対して親切にしてあげる必要はない。
「うふふふふ! うふ! うふふふふふ!」
その後カイから正式に婚約破棄の連絡があった。
私はそれを受け入れた。
これでようやく解放される! 彼の悪行から! ――そう思うと嬉しくて、その時は思わずにやけてしまいそうになった。……さすがに耐えたけれど。そんな顔をしてしまったら何を言われるか分からないから、溢れ出しそうになった感情は抑えた。けれども心の中は満面の笑み。
これでもう嫌な思いをすることはない。
ありがとう、ミリー。
◆
あれから五年。
私は地元から少し離れた地域ではあるが領主の男性と結婚し穏やかに幸せに暮らすことができている。
彼とはとても気が合う。
結婚して数年が経った今でもそう思う機会はかなりある。
なので彼との日々は充実している。
季節を感じ、細やかな幸福を大切にして、そうやって生きてゆける――彼の隣にいればきっとこれから先もそんな風に歩んでゆけるに違いない。
一方カイとミリーはというと、結婚後数週間で大喧嘩になり離婚したそうだ。
発端はカイの指摘にミリーが激昂したこと。
それによって数時間にわたる殴り合いという凄まじい喧嘩に発展してしまったそう。
そして、その最中に、互いに負傷することとなる。
カイは喧嘩の終盤ミリーが投げた椅子の直撃を顔面に受けたらしい。そしてそれによって思いきり後ろ向きに転倒。頭を打ち、意識を失い、そのまま放置された。
数時間後に病院へ運ばれたものの意識は戻らなかったそうだ。
だがミリーも無傷だったわけではない。
喧嘩中カイに大量の暴言を吐かれたために心を病み、殴られた傷よりも心の傷の方が影響が大きかったようだ。
彼女は男性恐怖症のような状態になってしまったそうで。
今では男性やそれを連想させる単語を目にするだけで急激に体調不良になってしまうといった状況らしい。
『わたくしの勝ちですわよ、お姉さま!』
かつてミリーはそう言っていたけれど。
……本当に勝ったのはどちらだろう?
◆終わり◆




