婚約破棄されましたが、子だくさんになりました。~いつの間にか孫も~
「おはよう、アリーナ」
「あ! イリッツさん、おはようございます」
家の前で掃除をしていたら婚約者である彼イリッツに声をかけられた。
「イリッツさん、こんなところに来られるなんて珍しいですね」
「ああ。今日は用事があってさ。それでここを通っていたんだ」
「そうなのですね」
用事というならどこかへ行く予定なのだろう。けれどもイリッツはまだ立ち止まっている。何か発するではなく、しかしどこかへ行くでもなく、ただそこに佇んでいる。彼はよく分からない感じでまだその場に立ち止まっている。
「これからどこへ?」
疑問に思って尋ねてみると。
「目的地はここなんだよ」
「え」
「ここ。つまり、君のところ。君に会いに来たってことだよ」
まさかの答えが返ってきた。
「え、っと……それは一体どういう?」
戸惑いを隠せない。
「まぁもういいか。じゃあここで言わせてもらう」
彼は一度溜め息をついて、それから、改めてこちらへ視線を向けてくる。
「君との婚約は破棄とすることにした」
突然の展開。告げられた言葉に硬直する。身も心も活動を停止してしまって。何も言えない状態に陥ってしまった。思考が先へ進まない。
「どうしたんだい? アリーナ。もしかして想定していなかったとか? はは、だとしたら馬鹿だね。そういうことは常に想定しておかなくてはならないよ。それでこそ優秀な女性だろう」
彼は馬鹿にしたような目を向けて笑った。
「ではこれで。さようなら」
こうして私は意味不明な形で婚約破棄されてしまったのだった……。
だがその後痛い目に遭ったのはイリッツの方だった。
というのも彼は両家がお金を出して作っていた将来の生活のための貯金を勝手に使い込んでいたのだ。
しかもその使い道が私ではない別の女性への高級品のプレゼントといういろんな意味で最低なものだった。
それが明らかになった時、イリッツは、これまで生きてきた中で築いてきたすべてのものを失うこととなった。
そしてそれにショックを受けた彼は自らこの世を去ることを選んだのだった。
ショックを受けて死を選ぶくらいなら最初から余計なことをしなければ良かったのに……、なんて思ったけれど。
だが他人の考えなど理解できないものだから。
私が彼の思考を理解できないのもなんてことのない普通のことなのだろう。
◆
あれから三十九年。
イリッツとはあんな風に終わってしまったものの気の合う男性と巡り会うことができた私はその人と結婚し、十人の子を持つ母となった。
娘八人、息子三人、計十人の子に囲まれて賑やかに暮らし、やがて孫が誕生し始める。そしてあっという間に孫の数は十人を超えた。数年の間に二十人以上の孫が誕生し、気づけば私はかなりの数の孫を持つ祖母となっていた。
そして今は穏やかに暮らしている。
現在孫は全員合わせて五十三人。
ゆえに皆で集まるとかなりの大所帯。
けれども孫はとても可愛いので幸せだ。
◆終わり◆




