春には少々嫌な思い出もありますが、今はもうそんな過去の記憶に縛られてはいません。
春、それは多くの生命が芽生えの時を迎える季節。
けれど私はその季節が好きではなかった。
なぜならあの絶望の日がこのくらいの時期だったから。
――かつて私は婚約破棄された。
問題を起こしたわけではない。
喧嘩したわけでもない。
ただ、彼の心が移ろって、浮気されていて。
そのことについて話を聞こうとしたところ勢いのままに婚約破棄を告げられてしまったのだ。
あの時は目が真っ赤になるほど目もとが腫れあがるほどに泣いた。泣いて、泣いて、もう涙なんてなくなってしまったと思うほどに。それでもまだ涙は溢れて。どうしようもない感情、行き場を失ったそれは、ただひたすらに涙となり。溢れたそれが川を作るほどに泣き続けた。
――でも、もう、今は通り過ぎた。
嵐が過ぎ去るように。
絶望もまた過ぎ去っていった。
彼は自ら滅び、私は立ち直り幸福ある未来へと歩み出している。
春風が髪を揺らす。
今はもう何も恐れてはいない。
穏やかな日射しを浴びながら、緩やかに、希望への道を歩むことができている。
私はもう何も迷わない。
心折れないし涙も流さない。
ただ、強く、より強い輝きをまとって――そうやって生きてゆくだけ。
失ったものは彼だけだ。けれどもそれは要らないものだった。振り返ればそう思う。それ以外には何も失っていないから、私は真っ直ぐに歩いてゆける。前だけを見据えて、ただひたすらに、ただひたむきに。自身の幸福のために歩むことができる。行く道を遮るものはもう何もない。
◆終わり◆




