春色の風が吹き抜ける丘で。〜婚約破棄は不幸を招くものと決まっているわけではないのです〜
春色の風が吹き抜ける丘で。
婚約者から告げられたのは。
「悪いけど、お前との婚約は破棄するわ」
――そんな言葉だった。
「婚約破棄……?」
「ああ」
「そんな。ちょっと待って。あまりにも急すぎるわ、理解できない」
「お前が理解できなくても婚約破棄は婚約破棄だろ」
「ええっ……」
すぐにはすべてを受け入れることはできず、頭が追いつかなくて、何度も繰り返すように戸惑いが滲んだ言葉を発してしまう。
だがそれが苛立ちを生んでしまったようで。
「お前ウザいな。思ってた以上にウザいわ。婚約破棄に決めて良かったー。じゃあな、バイバイ」
睨まれたうえそんなことまで言われてしまった。
彼は私を少しも想っていないようだ。
何なら逆で。
むしろ私のことを嫌っている、不愉快に思っているくらいのようである。
◆
あれから三度目の春。
元婚約者である彼はある大雨の日に川の様子を見に行ったところ濁流に襲われ流されてしまいそのまま亡くなった。
彼には未来はなかった。
で、私はというと、良き人に巡り会うことができ結婚もした。
今は夫婦で一つの屋根の下。
穏やかな日々を楽しみ。
大切な人と共にあれることに幸福を感じ。
そうやって生きている。
婚約破棄は不幸への一方通行の道ではなかった。否、むしろ逆。あの時彼に婚約破棄されたことで幸せな今があるのだから、婚約破棄されることは不幸を招くことではなく幸福を招くことだったと言えるだろう。
◆終わり◆




