ある日の夕暮れ時、婚約者に声をかけられて何かと思えば……。~今はとても幸せなので生きてきて良かったです~
ある日の夕暮れ時。
ねずみに似た姿をした友好的な魔物を可愛がっていると。
「アリッサ、お前、何やってんだ!?」
背後から急に声をかけられた。
声の主は婚約者であるロバート・フリクソ・アンドロゲージェナ・フォッツ・ティントフリック。
「あ、ロバート。見て、この子、とっても可愛いの」
「ねずみとか触るなよ」
「この子はねずみじゃないわよ」
「はあ?」
「ねずみに似ているけれどそういう姿の魔物なの」
「アホ!!」
「え……」
「似てたらもうそれはほぼねずみだろ! 汚いからやめろ! そんなおかしなもん触ってたらお前の身が穢れるぞ!」
なぜそんなことを言うの? この国においては、魔物というのは比較的よくいる普通のものだし、それほど悪いイメージを持たれているものでもないのに。なのにどうして可愛がることさえ許さないの? しかも、穢れる、なんて……そんな思想滅多にないのに。
そんなことを思っていたところ。
「もういい。お前との婚約は破棄する。ねずみ触ってる女と結婚なんてしたくない」
ロバートはいきなりそんなことを言い出した。
「何を言い出すのよ」
「だから婚約破棄するんだって」
「ええっ……あまりにも滅茶苦茶なことを言っているわよ」
言葉を返すと。
「うるさいな黙れよ!!」
鋭く叫ばれてしまう。
「……そんな、言い方」
「いいからもう黙ってろ。お前の声なんか一切聞きたくない」
「酷いわ」
「お前がどう思うかなんてどうでもいい。俺の人生は俺のものなんだからお前は関係ない。お前の心なんて無関係だ。お前が何を思おうが何を感じようが知ったこっちゃない」
――こうして私は突然切り捨てられたのだった。
婚約破棄されてからしばらくは泣いてばかりの日々だった。
しかしある時奇跡が起こる。
というのもねずみの魔物を守護する女神が現れて「貴女にはいつも感謝しています。我が子たちを愛してくれてありがとう。これから貴女には幸せが待っていますから、楽しみにしていてくださいね」と言ってくれたのだ。
その優しい笑みにどれだけ救われたか。
女神の言葉を信じることはできなかった。
けれどもその柔らかな声色には確かに癒されている感覚があった。
いつの間にか涙は消えていた。
◆
時の流れは早く、あれから数年。
ねずみグッズ職人の男性と結婚した私は、今、深く愛されている。
夫となったその人の仕事を手伝いつつ過ごす日々は忙しくも充実したもの。なので今はとても幸せだ。温かな空間で働ける、その幸せは、私の心に確かな希望を与えてくれている。
ちなみにロバートはというと、山歩き中に遭難し帰らぬ人となってしまったそうだ。
その話を聞き、山の恐ろしさを改めて感じた。
自然の中を歩くのは心地よいものだし楽しいもの。
しかし自然という存在はその壮大さゆえに時に大きな危険もはらんでいる。
◆終わり◆




