残念系お嬢様の日常
最終話
雪花祭当日は、制服姿の生徒たちは一人もいなかった。女子はドレスで着飾り、男子はブランド物のスーツを着ている人ばかりだ。時間帯も夕方なだけあって、学院内ではない別の場所のように感じてしまう。
毎年雪花祭が行なわれているのは、学院内の花館という建物。重厚感のある扉が開かれると、豪華なシャンデリアが宝石のように煌めいた。その光を浴びながら話に花を咲かせている生徒たち。もうかなり人が集まってきているようだ。
「真莉亜!」
名前を呼ばれて振り向くと、淡い紫色のドレス姿のスミレと、雪のように真っ白なドレス姿の瞳がいた。雪花祭では白を着ていいのは表彰者にだけなので、近くにいた白いスーツ姿の浅海さんのこともすぐに見つけられた。
「さすが紅薔薇だわ。深紅のドレスが似合ってるわね」
「それをいうならスミレもじゃない」
「……これは兄たちが選んだのよ。着なかったら雪花祭に潜入するとか言ってきたの」
スミレのお兄さんたちなら、着ても着なくてもこっそり潜入していそうだけれど、大丈夫かしら。瞳も同じことを思っていたのか、きょろきょろと辺りを見回していた。
「あれはどなたかしら!?」
「素敵な方だわ。お着物が似合ってらっしゃる」
「お二人ともとても素敵ね」
会場内で一際目立っているのは着物姿の男女だった。流音様と桐生拓人かと思ったけれど、流音様の隣にいるのは別の人物。
「紅薔薇たち、ここにいたのか」
「よう。ご希望通り、着物だよ。真莉亜」
こちらへと歩み寄ってきた彼に目を見張る。まさか雪花祭に出てくるとは思いもしなかった。
「け、景人様。参加して大丈夫なんですか?」
「平気。来年からは授業にちゃんと出る予定だから」
瞳の誕生日パーティーの時にそろそろ表の方にも戻ると言っていたけれど、本気だったのね。周囲の女子たちは景人に釘付けのようで、その視線に気づいた本人は甘い微笑みを投げかけた。女子たちは顔を真っ赤にして、騒いでいる。……これはある意味学院内が荒れそうだ。
「まあ、カウンセリングルームの方が居心地いいだろうし、全ての授業に出るかは微妙だけど」
「きちんと出ないとダメだ!」
「……はいはい」
まあ、流音様がいればむやみやたらに近づいてくる女子もいないだろうし、景人も女遊びなんてしないだろうけれど。影で女の戦いはおそらく捲き起こるだろう。
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってきます」
もうすぐ雪花祭がはじまる。表彰される白い服を着た人たちが集まりだしていた。瞳と浅海さんを見送り、改めて会場を見渡すと蒼が少し遅れてやってきたところだった。
ダークブルーのスーツを着ていて、我が弟ながらイケメンすぎてガン見してしまう。そんな私に気づいた蒼は一瞬訝しげな表情をしたものの、すぐにいつもの表情に戻る。詮索はやめたらしい。
「姉さん、髪飾り曲がってる」
「え、直して。蒼」
「じっとしてて」
耳元につけている髪飾りを蒼が壊れものに触れるように優しい手つきで直してくれる。目が合うと、「似合うね」と微笑んでくれた。なんて愛らしい弟!
そういえばあの三人組がいないけれど、きっと会場の中心で囲まれている人たちが彼らだろう。姿を見なくても、人が多いところが彼らのいる場所だ。とてもわかりやすい。
……雨宮はパートナーはいるのかしら。きっとたくさん申し込みをされているだろうけれど、どんな対応をしていたのかはわからない。できれば今日話をしたい。そんなことを考えると一気に緊張して手が汗ばんできた。
「雪花祭、開会式を行います」
司会進行は花ノ姫の三年生たち。マイクを通して聞こえてくる美声にうっとりとしている女子たちを見て、男子たちはぎょっとしているようだ。
中等部まで男子と離されていて女子校のようなものだったから、私たち女子からすればこの光景はよくあること。
今年の優秀な生徒たちの名前が呼び上げられ、一年代表では瞳と浅海さんが壇上へ。二年の一人はダリアの君のようだ。真っ白なマーメイドドレス姿のダリアの君は相変わらずの美しさで、ため息が漏れてしまう。
表彰された生徒たちには、ティアラが渡される。女子は自分自身につけて、男子ならダンスパートナーにつけるらしい。このティアラを身につけた人は幸せになれるなんて学生たちの間では言われていて、女子たち憧れのものなんだとか。
表彰式と理事長である伯父の挨拶が終わり、いよいよダンスパーティーが始まる。私は相手がいないので、壁の花と化すしかないわね。どうせダンスは得意ではないし、いいけどね。みんなが踊っている間に美味しいご飯食べてやるわ!
「スミレ」
戻ってきた瞳は迷うことなくティアラをスミレにつけた。スミレは驚いた様子で目を見開く。
「これ瞳がもらったのに……」
「スミレが一番似合うから。可愛いよ」
「瞳……ありがとう」
中等部からのスミレと瞳ファンにはたまらないやりとりらしく、この光景を見ていた女子たちが興奮気味に歓声を上げている。確かにティアラはスミレによく似合っていて、童話の中のお姫様のようだった。
浅海さんはどうしたのだろうと気になって探すと、人に囲まれているようだ。あれだけ浅海さんのことを煙たがっていたはずなのにティアラ欲しさに話しかけに行っている生徒もいる。
「あ……すみません。通してください」
私に気づいた浅海さんが人混みをかき分けて、歩み寄ってきた。
「これ、よければ雲類鷲さんにもらってほしいです」
差し出されたのはダイヤモンドが埋め込まれている華美なティアラ。状況が飲み込めずに必死に脳みそを働かせようとしているけれど、思考が追いつかない。
「えっと……どうして私に?」
「今までたくさん助けられてきました」
「で、でも」
「ティアラは一番似合うと思う女性に渡すものだと先ほど真栄城さんから聞いたので、雲類鷲さんに受け取ってほしいなと思ったんです」
浅海さんの努力で手に入れたものを私が受け取っていいものなのか悩んだけれど、誠実な思いを素直に受け取ることにした。
「ありがとう。つけてくれる?」
少しかがむと、浅海さんがティアラをそっと頭にのせてくれた。ティアラなんて初めて身につけたので照れくさいけれど、私までお姫様のような気分。
私たちの組み合わせが意外なのか周囲はどよめいている。
「雲類鷲さん、〝僕〟と踊っていただけますか」
曲が流れ始めたタイミングで、浅海さんが私に手を伸ばした。その手に指先を乗せて、にっこりと微笑む。
「よろこんで」
パートナーとダンスを始める生徒たちに合わせるように私たちも踊りだす。
浅海さんは慣れていないので少しぎこちないけれど、私も得意ではないので気にならない。こんな風に浅海さんとダンスをするなんて夢に思わなかった。
ふたりでステップを踏みながら、いろいろな話をした。出会ったときのこと、第二茶道室での日々。これからみんなでしたいこと。
雲類鷲真莉亜の、私の日常は彼女たちと出会えたからこそ、色鮮やかで、慌しくて、楽しいものになっていった。
これからもそんな日々が続きますように。
ダンスを終えると、私たち待っていたのはライトグレーのスーツの男だった。
「まさか君に先手を打たれるとは思ってなかったよ」
「言ったじゃないですか。ぐずぐずしていると、奪っちゃいますよって」
浅海さんが珍しく強気で話している相手————雨宮は困ったように眉を下げて笑った。
「それは俺も同意だね。譲が動かないなら、今度は俺がダンスを申し込もうかな。ね、雲類鷲さん」
「えっ、天花寺様?」
雨宮の隣にいた天花寺が私の手を取ろうとすると、雨宮が間に割って入った。乙女ゲームのような展開に私は動揺して、おろおろしてしまう。ものすごい注目を浴びてしまっているのだけど、これはどうしたらいいの!
「悠にも浅海にも彼女は渡せない」
向かい合うように立つ雨宮が私のことを見つめる。
「好きだよ」
告げられた言葉はたったひとこと。
それでも私の胸を高鳴らせるのは十分すぎるくらいの言葉だった。
「もし————」
耳元で告げられた言葉に、答えるように私は雨宮の手をとる。
「えっ!」
「あ、雲類鷲さん!?」
天花寺と浅海さんの声が聞こえたけれど、私たちは手を繋いだまま会場から小走りで外に出た。
夜の学院を二人で歩いて会場から遠ざかっていく。繋がれたままの手が視界に入ると、胸がぎゅっと収縮する。
『もし俺と同じ気持ちなら、手をとって。二人でここから逃げよう』
雨宮からの想いの答えとして、私は手をとって一緒に逃げてきた。あのまま注目されているのは恥ずかしかったし、二人で話がしたかった。
告げられた思いは嬉しいけれど、言いたいことはたくさんある。
「……もう連絡することないとか突き放したのに」
「ごめん。あのときは、諦めないといけないって思ってたから」
「なに考えているのかわからないし、勝手すぎるのよ。なんでなんにも話してくれなかったのよ」
歩みを止めて月明かりの下、雨宮と向かい合う。
責める言葉ばかり浮かんできてしまうけれど、あれがあったから自分の想いを自覚したというのもある。
「……ごめんなさい。言いすぎたわ」
「あれは俺が悪いから。雲類鷲さんは謝らないで」
吐く息が白い。十二月ではこの格好は寒くて、上気していた頬が冷やされていく。すると、雨宮はジャケットを脱いで私の肩にかけてくれた。
「俺は雨宮家の中で価値はないし、ティアラも贈れない。それでもいいの?」
「私こそヒロインじゃなくて、悪役令嬢なのよ。それでもいいの?」
お互いに吹き出して、声を上げて笑いあう。少女漫画の世界と同じだけど、雨宮はヒーローじゃないし、私はヒロインじゃない。それでも、私たちにとってはいつのまにかお互いが必要になっていた。
「私はこれからも雨宮に傍にいてもらいたい」
「……それはどういう意味?」
「え? そのままの意味よ」
「もっと別の言葉で聞かせてほしいな」
意味がわかり、頬が熱くなってくる。意地悪く微笑んでいる雨宮は完全に楽しんでいるようだ。
「っ、だから! …………好きってことよ」
「俺も好きだよ」
「……知ってます」
このやりとりが照れくさくて、燃えるように顔が熱い。雨宮は余裕そうなのが腹立たしいわ。
「顔赤いよ」
「うるさいわねっ!」
「ありがとう。俺を選んでくれて」
繋いでいた手が指を絡め取られていく。その動作にドキドキとして、雨宮を見上げると、甘ったるい笑みを浮かべて私を見つめている。
「好き」
ほぼ同時に零れ落ちた言葉。雨宮は身をかがめると、空いた方の手で私の頬に触れてくる。
月明かりに照らされた私たちの影がゆっくりと重なった。
***
その後、学院内ではある噂が立った。
『浅海奏と雨宮譲、天花寺悠が雲類鷲真莉亜を取り合っている』
なんて逆ハー展開!
私としては、いつ彼らのファンからグサッと攻撃されるのかとヒヤヒヤしている。せっかく死の心配は無くなったと思ったら、今度は別の問題が浮上してしまったので、私の安心できる学院ライフはいつやってくるのだろう。
そして、私には最近気になることが一つあった。
少し太った気がするので、運動をしようとすると「姉さん、運動はしなくていいから。ダンベル置いて」と蒼に止められるのだ。
このあいだから、二の腕の出ないパーティードレスを進めてくるので、二の腕の肉落とせの合図なのだと思っていたのに変だわ。
うーん、それにしても腕のあたりがやっぱり前と少し違う。動かしにくい。夏服の時は気づかなかったけれど、冬服になると体型の違いがすぐわかるわね。高等部に上がったときに全て作るんじゃなくて、シーズンごとに作ればよかったわ。
「真莉亜どうしたの?」
どうやって痩せようかと思い悩んでいると、瞳とスミレが心配そうに声をかけてきた。
ちょっと恥ずかしい悩みだけれど、相談してみようかしら。
「実は……冬服がきついの」
「でも顔とか太ったって感じはしないけど」
瞳のいうとおり、顔あたりは変わった気がしない。問題なのは腕だ。足も少し太くなった気がするけれど、そこまで気にならない。
おかしいわね。カシフレでお菓子食べても太らないようにトレーニングは続けてきたはずなのに。
「腕周りが特にきつくて……」
スミレが華奢な指先で私の二の腕あたりに触れると、少し驚いた様子で目を見開いた。
「真莉亜って案外筋肉付いているのね」
「き、筋肉…………筋肉!?」
その瞬間、全てを理解した。
蒼がダンベルを没収した理由も、制服がきつい理由も、鍛えていたせいだ。
「ま、真莉亜!? 大丈夫!?」
「うわははは! 真莉亜ったら急に白目むいて変顔し出したわ!」
私、雲類鷲真莉亜、花の女子高生。
名家の令嬢で伯父は花ノ宮学院の理事長。彼氏は学院内で人気のあるイケメン。大好きな友人と家族に囲まれて、幸せいっぱいの生活。まさに人生イージーモード。
新しい目標は筋肉減らしです。
<残念系お嬢様の日常>完




