戻ってきた平穏
あれから瞳はお父さんとも話をして、ハルトさんとの付き合いも認めてもらったそうだ。雨宮と瞳の婚約の話も消え、第二茶道室にはいつもの賑やかさが戻ってきたのだけれど、今度は私が行きにくい。
「で、お前はなにやってんだよ」
そして何故かカウンセリングルームで桐生兄弟と向かい合うように座らされている。
この兄弟……いつの間に仲良くなっているのよ。
「譲と真栄城の婚約がなくなったから余裕なんだろうね」
「紅薔薇は余裕なのか」
うさぎのパペットが大きく口を開けて、パクパクとさせている。流音様は誕生日パーティーの時は和風美少女だったけれど、すっかり元通りだ。
「余裕とかじゃありません。ただ……どうすればいいのかよくわからないだけよ」
雨宮と話をしたほうがいいのはわかっている。けれど、いったいなにから話せばいいのやら。
「……まあ、個人のことだし好きにすりゃいいけど。譲に婚約者の話なんてまたすぐ持ち上がるんじゃない?」
「その可能性は高いな」
「ぐずぐずしてたら、とられちゃうかもね」
……ギクシャクしていた桐生兄弟が仲良くしているのはいいことだけど、冷ややかな眼差しでチクチクといじめてくるのやめていただきたい。
「紅薔薇は婚約者いないのか?」
「え……っと、いたのですが、破棄したので」
久世が伯母様にも話をしてくれたようだ。先日伯母様が私が留守の時に血相を変えて家まできたようだけど、お父様が宥めてくれたらしい。まあ、まだ怒っているだろうから当分は会いたくないけれど。
「破棄されたのか」
「どうして決めつけて憐れむように見てくるのですか! ……まあ、いろいろとあったんです。けど、もう破棄は確定したので」
久世家も婚約破棄の件は了承してくれたようだし、伯母様が騒いだところで再び婚約という話にはならないだろう。お父様もお母様も私と蒼には自由な恋愛をしてほしいらしく、今後は婚約者を決めたりはしないと言ってくれた。
自由な恋愛なんて最後にしたのはいつだろう。雲類鷲真莉亜になる前の話だ。真莉亜として恋をしたことはない。って、あれ? 真莉亜としては初恋ってこと!?
腹黒でなに考えているかわからないチャラチャラしてる雨宮に初恋!? まあでも……優しいところもあるし、意外と繊細だし、笑顔が可愛いときもあるのよね。
「まあでも、あれがあるじゃん。雪花祭。そこでくっつく人も多いらしいし、真莉亜も譲とその時話すればいいんじゃない?」
「そ、そういえばもうすぐですね」
未だにパートナーがいない雪花祭がもうすぐそこに迫ってきている。一年で表彰される人は決まったのだろうか。
「一年で表彰される方はどなたになったかご存知ですか」
「ああ、真栄城と浅海らしい」
「え!」
まさかの原作とは異なる人物。まあ、男女一人ずつという決まりはないし、浅海さんが表彰されても問題はない。原作では特待生だからというくだらない理由で阻止していた人がいたけれど、それがなかったのかしら。
けど、おめでたいことには変わりない。浅海さんと瞳が表彰されるのはすごいことだわ。
「ここにいたのね!」
勢いよく開いたカウンセリングルームのドア。入ってきたのはスミレ率いるお馴染みの面々だった。その中には、もちろん雨宮もいて速くなる鼓動を誤魔化すように、視線を逸らした。今までどうやって普通に話していたのか思いだせない。
「ここで集まるのもいいね。景くんもいるし」
天花寺がほんわか笑顔で景人の隣に座る。景人は天花寺に弱いのか悪態つく様子はなく小さく笑った。流音様は景人を取られるのが嫌なのか、パペットが天花寺の頭にかじりついている。
「浅海くん、瞳。表彰の件、おめでとう!」
「ありがとうございます。雲類鷲さん。……自分が選ばれるとは思っていなかったので、まだ実感わかないです」
控えめに微笑む浅海さんに瞳は「選ばれてもおかしくないよ。学年トップの成績だよ」と声をかける。ふたりのキラキラオーラが眩しい。浅海さんも髪の毛伸ばしたら可愛いだろうな。
「ふんふんふふーん」
スミレは相変わらず、マイペースで駄菓子を広げ始めた。それを覗き込んでいる雨宮に「これはこうやって食べるのよ!」と楽しそうに説明をしている。
再びカウンセリングルームのドアが開かれたので、どきりとしたけれど、訪問者はよく知る人物だったのでほっと胸を撫で下ろす。
「蒼、珍しいわね」
「水谷川さんに呼ばれた。干し梅くれるって」
普段は呼んでも顔を見せないのに、干し梅につられてくるとは。そんなところも可愛い弟だわ。よし、お姉ちゃんが今度干し梅一箱分注文してお部屋にお届けするサプライズしてあげるわね。待っていてね、蒼。干し梅パラダイスよ。
「……姉さん、妙なことは考えないでね」
「え?」
「なんか今、企んでいる顔してたから」
どんな顔!? 両手を頬に当てて驚いていると、私たちの会話を聞こえたらく笑っている雨宮が視界に映った。……ああ、やっぱり偽りのない彼の笑顔が好きだなと実感した。




