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大人のふりした子ども



 翌日の昼休み。瞳は第二茶道室にはこなかった。スミレとのこともあるから、遠慮しているのかもしれない。


食後の駄菓子を貪っていたスミレは前のめりになりながら、私に耳打ちしてきた。


「真莉亜、本日会議OK?」

「へ?」

「我が家で、会議、OK?」

「お、OK」


 放課後にスミレの家ってことよね。そういえば、スミレの家って初めてお邪魔する。いつもスミレのお兄さんには手作りのスイーツをもらっているし、お礼としてなにか持って行こう。スミレに似てお兄さんたちも美形なのかしら。



「今日は三番目の兄が家にいるの。ハルト兄様っていうんだけど、いつもスイーツをくれる兄よ」

「え……ハルトさんって、もしかして……」


 確か瞳の好きな人の名前も〝ハルト〟という名前だったはずだ。私の反応に察したのかスミレがぎこちなく微笑んだ。


「瞳から聞いた?」

「好きな人がハルトさんって名前だってことは聞いたの。もしかして、スミレのお兄さんなの?」

「……うん。幼い頃から瞳はずっとハルト兄様が好きだったの。……ハルト兄様も本当は瞳のことが好きだと思うわ」


 両想いのはずなのに上手くいかない事情があるということだろうか。けれど、瞳の口ぶりからは片想いのように聞こえた。ひょっとしたら瞳はハルトさんの想いに気づいていないのかもしれない。


「いつまでも動かないハルト兄様に活を入れたいの! お願い真莉亜、協力して!」


 真剣なスミレからはどちらのことも想っているように感じた。お兄さんのことをいつも悪く言っているけれど、きっと本当はスミレなりに大事に思っていて、お兄さんだからこそ、親友の瞳だからこそ、幸せになってほしくてスミレは必死なんだ。


「私もふたりの婚約は正直複雑なの。でも、強引に壊すことだけはしたくないわ」

「……スミレもそう思っているわ」

「最終的には瞳の気持ちを尊重する。それだけは約束してくれる?」


 瞳だって本当はハルトさんのことを想っている。最終的に選択するのは瞳自身だ。けれど、スミレのいうとおりハルトさんも瞳を想っているのなら、ふたりには向き合ってほしいとも思う。


「わかっているわ。瞳がハルト兄様の想いを知った上で、雨宮譲との婚約を選ぶのならスミレも祝福する」

「そうね。私もハルトさんの本当の気持ちを知りたい。瞳のためになるなら、協力させて」


 たとえ、想いを伝え合ってもふたりが別々の道を進んで行くことになったとしても、伝えることには意味があるかもしれない。




***




「ちょっと聞いているの! ハルト兄様!」

「うん、聞いているよ。ほら、スミレ。こっち向いて」


 一眼レフのシャッターが切られる音が聞こえてくる。さっきからこの光景はおかしいと思うのだけれどツッコミを入れにくい。


 放課後、スミレの家にお邪魔して初めて三番目のお兄さんのハルトさんと対面した。にこやかで優しそうなお兄さんといった第一印象で、やっぱり美形だった。水谷川家おそるべし。


「噂の真莉亜ちゃん、はじめまして」なんて言われたけれど、いったいなんの噂なのか怖くて聞けず、挨拶をして、三人でティータイム。

 スミレが早速本題の瞳の婚約話をすると、すでに知っているようだった。けれど、ハルトさんは何故か一眼レフを手に持って、スミレをあらゆる角度から撮り始めた。もう、真莉亜ついていけない!という感じで、お手上げな私はただ呆然と兄妹のやりとりを眺めている。

 スミレ曰く一番まともなお兄さんらしいけれど、あとふたりのお兄さんはいったいどんな奇行をしているのかしら。


「ハルト兄様、瞳を幸せにしてよ!」

「それは難しいかな」


 先ほどからこの会話の繰り返しだ。


「スミレは瞳に心から幸せになってもらわないと嫌なの! 大好きな瞳が泣くのなんて嫌なの! 雨宮譲は嫌なやつじゃないってわかってるけど、それでも瞳が誰のそばにいるのが一番幸せなのかくらいスミレでもわかるわ!!」


 いくらスミレが訴えかけても、ハルトさんは顔色一つ変えない。なにを考えているのか全く見えない人だ。


「スミレ、いったん落ち着いて」

「真莉亜は本当にこれでいいと思ってる? ……気づいていないの?」

「な、なにに?」

「自分の気持ち」


 見透かされたような気がして、どきりとした。本当にこれでいいと思っているのか、そう聞かれれば答えはNOだ。けれど、感情だけでどうにかなる問題ではないこともわかっている。


「スミレ、誰かを好きになってそれが成就する。現実ではそれは簡単なことじゃないんだよ。叶わない人だってたくさんいる。綺麗なものばかりのキラキラとした少女漫画の世界とは違う」

「それがハルトお兄様の言い訳なのね!」

「……いつからそんなに反抗的になっちゃったんだろうなぁ」

「好きな人に好きと言わない言い訳でしょう。ハルトお兄様はずるいわ。ずっと瞳の気持ちを知っていたのに。それなのに気づかないふりをしていたんだもの」


 一眼レフを構えているからハルトさんの表情が見えない。けれど、動きが一瞬止まった気がした。


「ハルト兄様はどうしていつも瞳を傷つけるの! どうして、瞳にっ……おめでとうなんて言ったのよ! 嘘つき!」

「婚約はおめでたいことだよ」

「ばかばかばか!」

「語彙力が乏しいところも可愛いけど、スミレは少し冷静になった方がいいよ」


 今にも泣き出しそうなスミレを宥めるように優しい口調で話すハルトさん。カメラを顔から離した横顔はスミレとよく似ている。長い睫毛に縁取られた瞳がこちらへと向けられた。


「ごめんね、真莉亜ちゃん。スミレ、いつも突拍子のないこと言って迷惑かけてない?」

「突拍子のないことはよく言ってきますけど、迷惑はかけられていないです」

「そっか。それならよかったよ」


 穏やかな笑顔は本心を隠しているように思える。そういうところはあの人に似ているわね。


「……ハルトさんは私の知っている人に似ています。本音をすぐに隠してしまって、我慢してしまう」


 それがいずれ自分を追い込んでしまうかもしれないのに。


『ずっと好きで、振り向いてもらえなくても傍にいられたらって思っていたけど。そんなの相手にとっては迷惑だったんだと思う』

 瞳のひたむきな想いを受け取らなかったハルトさんは、本当に迷惑だと思っていたのだろうか。


「俺の場合は自業自得だよ。自分が選んだ道なんだ。スイーツを作るのが好きで、水谷川の家のことは兄たちに任せている。俺は水谷川の血を引いていても、ここを出て行けば一般人と同じだよ」

「……そういうこと、ですか」


 ハルトさんがどうして瞳の想いに応えないのか。本当はどう思っているのか。彼の言葉と表情で伝わってくる。

 それは単純だけれど、単純ではない彼なりの事情。


「後先考えずに感情だけで突っ走るのは子どもの恋愛だけだよ」

「ハルトさんは大人のふりした子どもですね」

「手厳しいね」


 ハルトさんは肩を揺らして困ったように笑う。

 ドラマや漫画みたいに、夢を追うからついてきてなんて言うことは簡単ではない。相手の人生を巻き込むものだ。大事なら尚更、巻き込むことを躊躇してしまう。


「ハルトさん、瞳って家柄とか気にするような子に見えますか? ハルトさんが水谷川の家の人だから好きになった子だと思いますか」

「……ずるい質問だね」

「その選択は相手の幸せを願ってしたことではなく、考えることをやめて逃げるための選択ですよ」


 結局のところ最終的に決めるのは瞳自身だ。それなのに瞳に選択肢を与えずに、突き放して終わらせようとしている。ハルトさんの決断も本人が本当にこれでいいと思っているのなら、間違っているわけではないのだと思う。けれど、話していて、そうは感じない。


「なにも持たない俺が彼女についてきてと言えると思う? 幸せにできると思う? ……今更俺を選んでなんて言うのは勝手すぎるだろう」


 言葉の節々からハルトさんの想いが伝わってくる。ハルトさんの想いに気づいていないなんて瞳も案外鈍いのかしら。


「瞳は幸せになりたいわけではなくて、ハルトさんの傍にいたいのではないでしょうか」


 ハルトさんがどう動くのか、動かないのか。瞳がどんな決断をするのかはわらかないけれど、無理に笑っている瞳は見たくない。……雨宮にだって本心から笑っていてほしい。



「最後に一つだけ。瞳はハルトさんのスイーツに弱いと思いますよ」


 にっこりと微笑んで人差し指を唇に当てる。

 私の言葉にスミレは「ひらめいた!」と大きな声をあげて、目を輝かせた。どうやらスミレさんはまたもやなにか思いついてしまったようだった。


「君は? その相手のことが好きなの?」


 ハルトさんの質問にどう答えたらいいのかわからなかった。


「……私は、自分の気持ちがよくわかりません。腹立たしいこともたくさんありましたし、なに考えているのかわからなくて……モヤモヤとすることも多かったんです。けど、私の前で、私の言葉で笑ってくれたときは……嬉しかった」


 自分の気持ちを整理していくように、たどたどしい口調で話す私にハルトさんは小さく微笑む。


「それで十分だよ」

「十分?」

「だって、もうそれは答えのようなものだよ」


 何故かスミレが両手で顔を覆って、「現実も少女漫画みたいなものだわ!」と叫んでいた。よくわからないけれど、そんなスミレをハルトさんはいろいろな角度から一眼レフで写真を撮っていた。……まともなのかと思ったけれど、やっぱり変わった人だった。





誤字報告ありがとうございます!

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