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婚約してもいいの?



 今日の放課後はカシフレの活動はないようだった。スミレは先程言っていた準備とやらをしているのだろうか。今日はまっすぐ家に帰ろうかと思っていると、教室の前に瞳が立っていた。


「真莉亜、さっきは途中で帰ってしまってごめんね。少しだけ、いい?」

「大丈夫よ」


 教室から少し離れた廊下の端まで行くと、少し気まずさを感じながらも先程の話を切り出した。


「スミレとはあれから話をした?」


 瞳は小さく首を横に振る。


「まだ怒っているみたい」

「瞳のことを想っているからじゃないかしら」


 スミレは瞳が他に好きな人がいるのに別の人と婚約の話が進んでいることが納得できない様子だった。それに本当なら瞳側は断れるはずの婚約みたいだし。


「……真莉亜は久世光太郎との婚約が決まっているんだよね?」

「婚約のことなら私の方は白紙へと進んでいるわ」

「え、そうだったんだ」


 久世からの報告によると父親には了承してもらったらしく、残るは母親だけだと言っていた。後日改めて私の両親と伯母様にも話をしてくれるらしい。……大激怒するのは予想がつくけれど。


「あのさ、真莉亜は雨宮が私と婚約してもいいの?」

「え……ど、どうして?」

「もしかしたら真莉亜は彼のことが好きなのかなって思っていたから」

「私が? 雨宮様を!?」


 あまりにも驚いて大きな声を上げてしまった。瞳は不思議そうに首を傾げる。


「違った?」

「ち、違うわよ……あんな人、別に」

「本当? それなら本当にこのまま婚約者になってもいいの?」

「私は彼のことなんて……」


 ただの協力者ってだけだし、笑顔胡散臭いし、優しいところもあるけれど何考えているのかわからないし……。あっさりと終わりだねと言われたときは寂しく思ったけど、そっけない感じがむしゃくしゃするけど、好きとかそんなのよくわからない。

 だいたいなんで急に冷たくなるのよ。ちょっとは仲良くなれたと思っていたのに。ああもう、なんかもやもやする。あんな作ったような笑顔……見たくなかった。


「……瞳こそ、好きな人いるんじゃないの?」

「もう潮時なのかも。ハルトさんっていうんだけどね……おめでとうって言われちゃったんだ。ずっと好きで、振り向いてもらえなくても傍にいられたらって思っていたけど。そんなの相手にとっては迷惑だったんだと思う」


 切なげに微笑む瞳からは本当に相手のことが好きなのだと伝わってくる。振り向いてもらえなくても傍にいたいと想っていた相手から婚約を祝福されたことが瞳にとってはなによりも辛いことだったはずだ。


「婚約の話は、きっと次のパーティーで進むと思う。パーティーといっても、真栄城家主催のこじんまりとしたバースデーパーティーなんだけどね」

「バースデーパーティーって瞳の?」

「うん。ここ数年は父様が海外にいたんだけど、最近こっちに戻ってきて誕生日をお祝いするって張り切っちゃって。真莉亜にも招待状送って大丈夫?」

「ええ、もちろん」


 瞳の誕生日のお祝いを本来なら私たちも盛大にやりたい。けれど、スミレと瞳の関係が戻らなければ、みんなでいつものように笑って過ごせないだろう。


 ふたりを元どおりの関係にするといっても、スミレは婚約の件で怒っている。婚約がこのまま進んでいくのであれば、スミレが受け入れるしかない。

 スミレは瞳が雨宮と婚約をするから怒っているわけではなく、本当の想いを隠して、諦めようとしていることに対してというようだった。

どうしたらいいのだろう。やっぱりふたりにきちんと本音で話してもらう以外に方法は思いつかない。



「真栄城さん、話があるんだけどいい?」


 雨宮が相変わらずの読めない胡散臭い笑顔で立っていた。雨宮と瞳の組み合わせなんて珍しいと思ってしまうけれど、このふたりが婚約者になるかもしれないのだ。そしたら、ふたりが並んでいる光景も見慣れてしまうのだろうか。



「ごめん、真莉亜行くね。じゃあ、また明日」


 瞳が雨宮の隣に並び、廊下を歩いていく。お似合いなふたりの姿をぼんやりと眺めながら、胸のあたりになにかがつっかえている感覚に陥る。

 表ではあまり一緒にはいなかったけれど、雨宮の隣にいたのは私だった。裏で手伝ってくれていた協力者。たったそれだけだけど、彼の隣は居心地がよかったのかもしれない。


 ああ……嫌だな。見たくない。きっとふたりでもう会うことはないだろうし、会話を交わすこともほとんどなくなる。

 制服のポケットから携帯電話を取り出して、連絡先のリストを開く。誰かに見られてもあやしまれないように嘘の名前で登録した雨宮の連絡先は<瞳>と表示されている。

 きっともうかかってくることはない。私からかけることもないだろうし、瞳がふたり登録されていて紛らわしいので消してしまったほうがいいのかもしれない。

 そう思うのに削除がなかなか押せなかった。


 誰かの連絡先なんて消したことがないから躊躇っているのかもしれない。理由なんてそれだけだ。そうじゃないといけない。



 俯く私の足元にゆらりと影が落ちた。





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