花達の戯れ
中等部三年の初夏。あともう少しで高等部に上がってしまう。
前世の記憶を取り戻してから、漫画の知識があるため色々と警戒してしまうようになった。それにお嬢様という人たちは裏側になにを隠しているかはわからない。
「ごきげんよう、真莉亜様」
胸元まで伸びた黒髪に、長い前髪が緩やかに巻かれているのが色っぽい綾小路雅。
「ごきげんよう、雅様」
いつもにこにことしていて温厚な雅様。人が良さそうだけれど、彼女にスープをかけてしまったのがきっかけでヒロインは『花ノ姫』に嫌われ始めるんだよね。
本人が悪いというよりも周りが積極的に嫌がらせしていたけれど、漫画だと雅様はそれを知っていても止めていなかったんだよなぁ。
だから、ちょっと何を考えているのかわからない人だ。気をつけた方がいいかもしれない。
「ごきげんよう!」
おっと、出た! 『金雀枝の君』こと片桐英美李!
「英美李様、ごきげんよう」
栗色の髪をハーフアップにしている彼女はヒロインを真莉亜と一緒になっていじめていた『花ノ姫』の一人だ。怒るとかなり面倒で気の強い人。
「本日の花会は、お二人は参加されますの?」
「ええ、もちろんですわ。真莉亜様は?」
そういえば今日って『花ノ姫』の集まりだっけ。雅様に言われるまで忘れていた。強制ではないけれど、用事がない限りはみんな参加している。パピヨンと呼ばれている庭園でお茶会をするだけなんだけどね。多分、あの二人も参加するんだろうなぁ。
「私も参加いたしますわ」
にっこりと微笑み返すと満足した様子で雅様と英美李様が頷いた。
「それでは、放課後に」
二人と別れると、柱の陰からひょっこりとうさぎの人形が顔を出した。あれは……パペットだ。
「お主、男には気をつけたほうが良いぞ」
「へ?」
「……なにやら奇妙なオーラが出ておるからな。これは善意の忠告だ」
それだけ言うとうさぎのパペットが姿を消した。あの人も『花ノ姫』の一員だ。少し変わった人で原作でもヒロインに何かと忠告をしてあげていたいい人だったはず。とはいっても、私はあまり関わったことないけど。
それにしても、奇妙なオーラとか男には気をつけろってどういう意味だろう。
「まーりあっ」
背後からぎゅっと抱きついてきたのが誰かは振り返らなくてもわかる。最近妙に私に懐いている彼女だ。
「こら、スミレ。はしたない。他の人に見られたらどうするの」
これもいつも通りだ。彼女の言動を注意する役目の、真栄城瞳が呆れた様子で私からスミレを引き剥がす。
「だって誰もいないもの! いいじゃない少しくらい」
「スミレは気を緩めすぎ。そういうのは茶道室だけにして」
「はいはーい」
彼女たちと駄菓子を食べるようになってから、急激に仲良くなった気がする。名前も最近は呼び捨てで呼び合うようになった。
「真莉亜は花会参加するでしょう?」
「そのつもりよ。お二人は?」
「お菓子食べれるから参加するよ〜! 今日はなにかなぁ」
本当お嬢様って裏側に何を隠しているかわからない。『花ノ姫』でのスミレは完璧に可憐なお嬢様だ。駄菓子を貪り、「うわはははは!」って笑うようには見えない。
「食べ方には気をつけなよ、スミレ」
「瞳は心配性なのよ。スミレは猫かぶりが特技なのよ!」
偉そうに言うことじゃないけれど、ある意味すごい。あの『忍法☆すっぱいでござる』ガム事件以外は、今までボロ出してないもんなぁ。
「そういえば、ダリアの君が最近中等部の男子生徒に夢中って噂聞いた?」
スミレが少し顔を歪めて話し出す。
最近知ったのだけれど、スミレは男が苦手らしい。理由は兄たちが家と外だと全く違っていて、家だと野蛮で男に対して嫌悪感を抱いたのだとか。でも、スミレもかなりギャップがあると思うけど。
「ダリアの君って……詩央里様が?」
「ああ、噂になってるよね。最近男子の校舎を眺めてため息をついているって」
噂になってるの? 全く聞いたことなかった。ダリアの君とは中等部の『花ノ姫』のリーダー的存在だ。まとめ役でしっかりとしていて優しい先輩。漫画通りなら高等部へ進んだら、時期に『花ノ姫』の会長になる存在のはず。
そんな彼女が恋をした相手は誰なんだろう。もしかして、相手は天花寺様たち三人組の誰かなんだろうか。漫画の中だとその描写はなかったけど、あくまでヒロイン主体の物語だから語られなかっただけかなぁ。
「あーあ、憂鬱だわ。高等部に進んだら男女混合になるんですもの」
「まあ、スミレは大変そうだよね」
瞳の言葉の意味はなんとなくわかる。スミレは小柄で守ってあげたくなるような可憐な容姿だから、おそらくモテるだろう。いやでも男が寄ってきそうだ。でも、かっこいい系の女子の瞳もひっそりと想いを寄せる男子がいそうだ。
私は……モテないだろうなぁ。なんてったって気の強そうな顔だし、男には恐れられそうだ。それに婚約者が一応いるから寄ってくる人なんていないだろう。
「ハッ! そうだわ! 私、思いつきましたの。カシフレはどうかしら」
「ええっと、何の話かしら」
「私たちの部活動の名前よ!」
どうやら私たちは部活動をしているらしい。そんなつもりはなかったけれど。それにそのカクテルみたいな名前はなんだろう。
「ねえ、スミレ。カシフレって何の略なのかしら」
「お菓子フレンズ!」
……いや、それ部活じゃなくない?
「略してカシフレよ!」
「真莉亜、授業に遅れるから行こうか」
「ええ」
私と瞳は顔を見合わせて、スミレを置いて歩き出した。
スミレはしばらくいじけていた。




