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置いてきぼりな気持ち



「どうして!?」

「スミレ落ち着いて」

「だって瞳はこれでいいの!?」


 珍しくスミレが瞳に食ってかかかっている。普段なら止めに入りそうな天花寺や浅海さんも困惑している様子で黙り込んでいた。いったい何があったんだろう。


「どうしたの、スミレ」

「真莉亜……瞳が」


 振り向いたスミレは今にも泣き出しそうなくらい悲しげな顔をしていて、耐えるように拳を握りしめている。


「昨日連絡した大事な話なんだけど」


 瞳は一瞬スミレを気にするように見やったあと、部屋の奥にいる雨宮に視線を向けた。


「雨宮譲と私の婚約の話が進んでいるの」

「え……え!?」


 思わず大きな声を上げてしまった。雨宮と瞳が婚約なんて、原作にはなかったはずだ。


「こ、婚約って本当に?」

「本当だよ。俺の父と、真栄城さんのお父さんが話を進めている」


 淡々として話していて雨宮の感情が見えない。協力関係だった私は彼と近い距離にいたはずなのに、今はとても遠い存在に思えて壁を感じた。


「譲も真栄城さんも本当にそれでいいの?」

「……悠、決めるのは俺たちじゃないよ」


 笑っているのに笑っていない。胡散臭い笑顔ではなくて、完全に心を見せないようにしている笑顔だ。


「俺、先に戻るよ。なんか空気重たくさせちゃったし。ごめんね」

「おい、譲」

「なに?」


 引き止めた桐生を雨宮はどこか冷めた視線で見つめている。こんな表情、雨宮は桐生たちにしていなかったはずだ。


「自分のことだろ。本当にこれでいいのか」

「……俺は決まったことに従うだけだよ」


 それだけ言うと雨宮はこちらへと歩いてくる。鼓動が速まり、なにを言えばいいのか必死に言葉を探すけれど、口から出てこない。

 婚約ってなにそれ。そんなの聞いていない。仲良くなったと思っていたのは私だけ? 本当に婚約するつもりなの? それでいいの? ————雨宮。


 少しずつ距離が縮まり、私の眼の前にきたところで、彼は足を止めずに横切っていった。


 その瞬間、彼が私に言った言葉の意味をなんとなく理解した。


『俺たちの関係もこれでおしまいだね』


 婚約が決まりそうだから、隠れてこそこそ会ったり、電話をする関係を終わらせたかったんだ。雨宮の中で私ってどんな存在だった? ただの暇つぶしで手伝ってくれていたの? ……なんとも思っていなかった?


 突き放すような態度が、心を抉るように痛かった。


「瞳、本当にいいの? だって瞳が好きなのは」

「スミレがいいたいことはわかるよ。けど、好きだからって必ず上手くいくものじゃないから」

「でも!」

「……ごめん、私も先に戻るね」


 納得がいかないといった様子のスミレを置いて、瞳も先に戻って行ってしまった。いつだってスミレのことを気にかけていた瞳が、悲しげなスミレを置いていくなんて。

 バラバラになっていく。そんな気がした。笑顔で溢れていたこの空間が嘘のように変わってしまった。



「お前はそれでいいのか」

「え?」

「さっきからずっと黙ってる」


 桐生がこの空間で誰よりも冷静な気がする。天花寺は言葉も出ないと言った様子だし、浅海さんも流音様も困惑している。


「……瞳たちが本当にそれでいいのなら、祝福するべきだわ」

「さっきのあいつら見て、幸せそうに見えんのかよ」


 ……見えるわけがない。雨宮は抵抗すらできないように見えた。瞳も、おそらくは悩んでいる。けれど、他人の家の問題に対して迂闊に口は出せない。


「た、拓人、そんな言い方しちゃだめだよ!」

「たっくん、荒ぶりタイムだな。鎮まるのだ」


 桐生は注意をする天花寺と流音様を睨みつけると、「うるせぇ」と吐き捨てた。


「けど、譲のお父さんが決めたっていうのが厄介だね」

「そうなのか? たっ君と一緒にいたときに私も雨宮の父は昔会ったことがあるが、優しそうな人だったはずだが」

「そうだよ。だからこそ、譲はお父さんには基本的に逆らわない。……家の中で唯一譲の味方をしてくれた人だから」


 ……そうだ。原作でも雨宮の過去に触れていたことがある。

幼い頃、人よりも体力がなくて兄たちよりも秀でた才能がなかった雨宮譲を母親は欠陥品と呼んでいたらしい。

 そんな環境で育った雨宮譲に唯一優しくしてくれて愛情を注いでくれたのは父親だった。それが兄たちは気に食わず、雨宮譲を疎み、嫌味ばかり言っていたそうだ。そして、母親も兄たちも可愛がっていたのは甘え上手な末の弟。雨宮譲は欲しいものは弟に奪われ、我慢を強いられていた。

 けれど、父親だけは息子たちを平等に見てくれているとわかっていたので、歯向かうようなことは一度もしてこなかったらしい。



「……でも少なくとも瞳は、お父さんに逆らえないとかそういう事情じゃないわ」


 瞳の家の事情を私はあまり知らないけれど、確かお兄さんもお姉さんもいて、基本的に瞳はあまり家の柵はないはず。それに、スミレにはなにか思い当たることがあるようだ。


「真莉亜! 時が来たわ! 今こそスミレの真の力を発揮するときだわ!」

「え、急になに!?」

「いつでも出動準備をしておいてね! そうと決まれば、ちょっといろいろと準備してくるわ!!」

「準備ってなに!?」


 まったくなんの話なのかわからないけれど、スミレはひとりで話を進めると、第二茶道室から勢いよく出て行った。

 スミレさん……いったいなにをする気なの?





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