ふたりの関係のおわり
翌日、久世家へ訪問した。
なにか事情があると久世も察していたようで、人払いをしてくれた。彼にとっては酷なことかもしれないけれど、転生の内容は伏せて希乃愛が私を嫌っていて嫌がらせをしていたことを話した。
「……そうか」
幼馴染で従妹の希乃愛がしてしまったことにショックを受けているのか久世は俯いてため息を漏らす。
「すまなかった。希乃愛がお前にそんなことをしていたなんて気付けなかった」
本当なら久世の責任ではない。どんな事情があろうと希乃愛が一方的な感情でしたことだ。けれど、私はこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「そこで貴方に相談があるのだけど」
「婚約のことだろう」
「ええ」
久世自身も私がなにをするためにここに来たのか気づいたようだ。お互いに望まない婚約を破棄するには私から伯母に話したところで上手くはいかない。
「俺から言うのが一番丸く収まりやすいだろうな。この婚約に特に乗り気なのは俺の母親とお前の伯母だ」
「それでも受け入れてもらうのは、かなり大変でしょうね」
久世の母親は私の伯母ほど恐ろしくはないけれど、自分がこうと思ったら突っ走るところがあり、人の意見をあまり聞かない。ワガママな少女のまま大人になったような人だ。婚約破棄の件を知れば、癇癪を起こして大変なことになることが想像つく。だからこそ、久世は今まで婚約に乗り気じゃなかったのに破棄するために行動に移すことを避けていたのだ。
けれど、希乃愛がしたことを知れば、お喋りな久世の母親はすぐに広めるだろう。そうなれば希乃愛の親族内での立場は悪くなり、居場所がなくなる。
それをわかっている久世は大事な希乃愛を守るために私の〝相談〟を聞いて、婚約破棄をするために動くはずだ。
「……だろうな」
婚約破棄はお互いに望みだ。なにも悪いことをしていない久世に苦労をかけるのは申し訳ないけれど、伯母が決めた婚約を白紙にするには久世家からの申し出が必須。
「想っている相手がいる。だから、この婚約は受け入れられないと理解してもらうまで何度も話す。時間はかかるだろうが。お前の伯母にも俺から連絡しておく」
「……好きな人、いたの?」
「誰だと思う?」
私と向かい合うようにソファに座っている久世が口角を上げる。意地悪で試すような表情は普段よりも大人に見える。こんな久世を初めてだ。
「私と貴方の共通の知り合いって希乃愛しか思い浮かばないわ」
「俺を好きにはならないとわかっている相手だ」
そんなのますますわからないわ。
眉を顰めると久世は「まあ、俺にできることはこれくらいだからな」と控えめに笑った。
「え」
まさかそんなわけない。と思う気持ちと、久世の発言でもしかしてという気持ちが入り混じる。けれど、私の言葉を遮るように久世が立ち上がる。
「今までありがとう。真莉亜」
「……私の方こそ、ありがとう。最後に苦労かけてしまってごめんなさい」
「お前は本当甘いな。婚約破棄をしたかったんだろう? なら、そんな顔するな」
久世とは昔から気が合わなくて、婚約なんて絶対に破棄したいと思っていた。けれど、昔よりは良好な関係を築けて友人のような相手になっていた。
それでも破棄するのなら、甘い考えは捨てよう。
「そうね。それじゃあ、後は頼んだわ」
「ああ。じゃあな」
きっともうこうして二人で会うことはない。なにか理由がない限りは連絡を取り合うこともなくなるだろう。私たちは最初から友人ではなかった。
決められた婚約者。その関係を絶てば、なにも残らない。
送迎の車は断り、帰り道は夕暮れに染まる道を一人で歩いた。
着実に私の目的が終わっていく。私に嫌がらせしていた人物を見つけて、阻止できた。私を殺そうとしていた人物も判明して、本人にはその気がないこともわかった。
久世との婚約破棄も少し時間がかかるかもしれないけれど、破棄する方向へ向かっている。
無性に彼と話がしたくなって電話をかけた。五コール目が鳴った直後、『もしもし』と彼の声が聞こえてくる。
「婚約の件も無事に破棄する方向へ進みだしたわ」
『そっか〜。よかったね』
「雨宮にも感謝しないとね。いろいろと協力してくれてありがとう。一人で抱えていたら思いつめていたかもしれないわ」
胡散臭くて信用できない。なんて思っていたのにいつの間にか雨宮に対する警戒心が薄れていた。希乃愛のことだって、一人だったら怖くて会いに行くことを躊躇したかもしれない。
『頑張ったね。犯人も無事に見つかったし、これからは思う存分女子高生の日常を楽しめるんじゃない?』
「なによそれ。まあ、心配事はなくなったから、心の重荷がなくなったわね」
『それなら————』
「え……」
近くの電柱からカラスの鳴き声がした。電話越しの雨宮の言葉に思わず、立ち止まる。聞き違いかもしれないと一瞬思ったけれど、彼はどんどん話を進めていく。
『じゃあ、ありがとね。もうこうして連絡を取り合うことはないだろうけど、学院では今まで通りで』
「……そうね」
『じゃ、またね。雲類鷲さん』
通話が終了した音が耳の奥に響く。焼けるように熱い夕焼けが私の瞼を焦がすように照りつける。
雨宮の言う通りなのにどうしてこんなに胸の奥がざわつくのだろう。
『俺たちの関係もこれでおしまいだね』
彼の言葉を心の中で反芻させるたびに、息が少ししづらくなるような感覚になった。
その直後、瞳からメッセージが届いた。そこには「明日大事な話がある」とだけ書かれていた。




