初恋想・レケナウルティア
蒼は欲しい犬種というのは特に決まっておらず、会ってから決めたいのだそう。後日お父様と蒼で子犬を見に行く約束をして、<雲類鷲家、息子の初めてのわがままに大興奮事件>は一旦幕を閉じた。
ベッドに寝転がり、冊子『初恋想』の表紙を捲る。部屋に入る前に蒼から「ようやく手に入った」と言われて渡されたのだ。前々から気になっていたレケナウルティアというタイトルの小説が掲載されている号がやっと読める。
在庫があったはずなのに、まるで隠すように入手困難になってしまったこの号。
内容を一通り読んで、困惑で言葉を失った。私も知っている人物の話にしか思えない。けれど、まさかそんな……だとしたら私を恨んでいるのはあの人?
思考を遮るように携帯電話の着信音が鳴り響き、びくりと身体を揺らした。
「し、心臓に悪いタイミング……」
着信の相手は『瞳』。つまり相手は雨宮だ。いろいろと聞きたいこともあったからちょうどいい。
「もしもし」
『あ、もしもーし』
「……テンション高いわね」
『そっちは低いねー』
呑気な雨宮に少々苛立ちながらも、ため息を飲み込んで今日の件で気になっていたことを聞き出した。
私の知らないところで、なにが起こっていたのかを彼なら知っているはずだ。それなのにわざと報告しなかった。
「みんなが動いてくれていたこと、どうして教えてくれなかったの?」
『んー、なんていうか……みんな君のことを守るために必死だったんだよ。だから、俺が君にわざわざ話さないほうがいいって思ったんだよねー。だって、知ったら巻き込みたくないとか言うでしょ?』
「それは……」
できるだけ巻き込みたくはなかった。花ノ姫である瞳たちは下手すると立場が悪くなる可能性がある。
「けれど、天花寺をわざわざ向かわせるなんて」
『ヒーローにふさわしいのは悠だと思ったからだよ。俺は柄じゃないしね』
「……なにかあった?」
顔を見ているわけじゃないから声色でしか判断できないけれど、なんだか雨宮の様子がいつもと少し違う気がする。
『いや。いつも通りだよ。ヒロインを助けるのはヒーローの役目でしょ?』
「言っておきますけど、私はヒロインじゃないわ」
『それは漫画の世界では、でしょ』
この世界でだって私はヒロインって柄じゃない。どこか危なっかしくて、けれど純粋で友達のために必死になってくれる浅海さんたちみたいな女の子がヒロインにはふさわしい。
『それと、俺は俺で動いていたんだ。で、ちょっと気になること知っちゃった』
「気になること?」
『そ。百合園新聞を作っている同好会に関して』
今回の話が広まったのは百合園新聞からだということは雨宮から犯人を聞いたときに教えてもらった。百合園新聞というのは花ノ姫ファンの女の子たちが集まって作った同好会だそうだ。そして、その同好会で作っている新聞の記事がすり替わっていて、私と蒼の件が露見した。
『犯人は例の中等部の子だったんだけどさ、百合園新聞って不定期に出しているらしいんだ。その情報を知っているのは同好会メンバーだけ。つまりは犯人側に発行される日を知っている人物がいたはずなんだ』
「え、例の中等部の子も同好会メンバーだったの?」
『いや、名簿を見せてもらったけど、中等部の子はいなかった。けど、その名簿の中に君が親しくしている人物の名前を見つけたよ』
「……親しくしている人物?」
ドクンと心臓が跳ねる。文芸部の初恋想を読んでから予感はしていた。誰が犯人なのか。できれば聞きたくなかった名前が電話越しの雨宮から告げられる。
ああ、やっぱりかと唇から零れた吐息が微かに震えた。
『————大丈夫?』
「ええ」
瞼をきつく閉じて、あの人の姿を思い浮かべる。私に見せていた顔は全て嘘だったのかしら。そう思うと、胸に鈍い痛みが広がり切なくなる。
「きちんと話をつけにいかなければいけないわね」
おそらくはあの人が原作で雲類鷲真莉亜を殺した。この世界で私を陥れようと裏で動いていたのも同一人物だろう。
相手が誰であろうと陥れようとしていた犯人なのなら、今まで振り回されてきたシナリオを終わらせてやるわ。




