次はないわ
躊躇う天花寺と浅海さんにどうしても二人で話をさせてほしいとお願いして、上の階の教室で話すことにした。
ただし、近くで天花寺と浅海さんが見張っているので大きな声を出したらすぐに駆けつけてくれるらしい。まあでも、そんなことにはならないだろうけれど。
「話をしてもいいかしら」
椅子に座って俯いたままの英美李様に声をかけると、鋭い眼差しを突き刺すように向けてきた。
英美李様って眼力がすごいから睨まれると怯みそうになる。雅様の場合は笑顔の裏側が怖いけれど、英美李様は敵意をストレートにぶつけてくるからそれはそれで怖い。
「……笑いたければ笑えばいい。好きなだけ罵ればいいじゃない」
「そうねぇ。すっごく不様でざまあみろって言いたいところですけど、それよりも私聞きたいことがあるの」
英美李様の目の前に見下ろすように立つ。
できるだけ顔を作っているけれど、私の小さな心臓は小刻みに震えている。雅様のときもだったけれど、強気を作るのも苦労するわ。
「貴女に私と蒼の件を伝えて、先ほどの写真を渡したのは誰」
こういうときは私の悪役顔は役に立つのだろう。目が合った英美李様が一瞬怯んだように見えた。
すぐに顔を背けて、弱々しい声で反発してくる。
「……言いたくないわ」
あっさりと吐くかと思ったけれど、もう一押しするしかないみたいね。どうせ嫌われているんだ。それならとことんやってやろうじゃない。私のか弱い心臓、頑張って。
「言いなさい。言わないのなら、明日には貴女を花ノ姫から除名するわ」
「な、なに言ってるのよ! そんなことできるはずがないわ!」
「できるわよ」
英美李様の顎に手を添えて、強引にこちらを向かせる。そして、わざとらしい作り笑いを浮かべて、囁くように言った。
「私を誰だと思っているの?」
自分でも恐ろしいことを言っているなという自覚はあるけれど、このチャンスを逃すわけにはいかない。彼女の後ろにいる人物が黒幕のはずだ。
「ここの理事長の姪だもの。それに会長たちにも好かれているわ。私の言葉と貴女の言葉、どちらを信じる人が多いかしらねぇ」
「……なんで、そんなこと聞きたいの」
「貴女に質問権はないわ。さあ、答えなさい」
一木先生、雅様、中等部の子達、英美李様を使っている人物はおそらく同じ人。雅様にも正体を見せていないから英美李様も知らない可能性が高いけれど、なにか手がかりは聞けるかもしれない。
「っ、知らないわよ!」
「除名されたいのね」
「ち、違う! 本当に知らないの!」
おそらく写真を撮ったのは一木先生だ。そしてそれを雅様が受け取り、黒幕まで流れた。黒幕がわざと英美李様に渡して煽ったってことでしょうね。
「だって、匿名で送られてきたんだもの。それで、中等部の子たちを使って一緒に貴女を陥れましょうって……」
やっぱり手口は雅様のときと似たような感じか。英美李様はわずかに身を引いて、椅子をずらすと私から少し距離をとる。
すっかり怯えられているみたいだ。
「そう。それで貴女は正体のわからない相手の話にのったのね」
プールに落ちたとき、上から見ていたのもおそらく彼女だろう。
「……あの写真を見たとき、悔しくて……なにも考えられなくなった。私の気持ちなんて貴女にはわからないわ」
私を心底嫌いだと訴えるような瞳。いったい誰が彼女をここまで煽ったのだろう。まあでも、聞きたいことは聞けた。
「英美李様が私をどう思っていても構わないわ」
「……どうせ言いふらすつもりでしょう」
力なく頭を垂らして俯いている英美李様に、「条件があるわ」と言葉を落とす。顔を上げた英美李様は不審がっているような表情だった。
「貴女の行いを花ノ姫に報告しない代わりに、今後私や周りの人たちを陥れることを二度としないこと」
「…………どうせもうしたって無駄よ。天花寺様は私の言葉に耳を傾けてなんてくれないもの」
ぽたりと涙が床に弾けた。本気で天花寺が好きなのだということは伝わってくるけれど、彼女のやり方は間違っている。
「英美李様、私結構怒っているのよ。貴女のせいで蒼が傷ついた」
朝別れてから会っていないけれど、絶対に蒼はこの噂を耳にしているし、学院内で居づらい思いをしている。優しい大事な弟を苦しめたことは許さない。
「次はないわ。————怪しい動きをすれば確実に除名する」
英美李様の顔を強引に上げさせて、少し低めの声で怒りを吐露するように伝える。そして、勢い良く英美李様に頭突きした。鈍い音がして痛みが私にまでくるけれど、これくらい耐えられる。石頭でよかった。
英美李様は相当痛かったらしく、無言で悶えている。その隙に、捨て台詞のように「覚悟していなさい!」と言って教室を出た。
***
教室を出ると少し離れた場所に浅海さんと天花寺が立っていた。どうやら他のメンバーはカウンセリングルームで待っているらしい。ということは景人と浅海さん達は会ったのかしら。
カウンセリングルームに向かいながら、どうしてふたりがタイミングよく現れたのか気になって聞いてみると、花会が行われていることを知っていたそうだ。
「心配で窓からときどき覗いていたんです。そしたら終わったのがわかって、雲類鷲さんが片桐さんを追っていくのが見えて、なにか起こるかもしれないと不安で……」
「浅海さんは英美李様が犯人って知っていたの?」
「はい。雨宮くんが教えてくれました」
私も雨宮から犯人は英美李様だと聞いていた。中等部の子を同好会が使っている部屋に忍び込ませて記事を書き換えるように命令したらしく、雨宮が問い詰めたらあっさりと中等部の子は吐いたんだとか。
「譲に俺が行ったほうがいいって言われたんだ。……行ってみて理由がわかったよ」
天花寺が申し訳なさそうに眉を下げる。
「ごめんね、雲類鷲さん」
「いえ、天花寺様が悪いわけではないです」
英美李様が私を陥れようとしていたのは天花寺の件があったからだけど、普通に話していたところを写真に撮られただけだから天花寺のせいではない。それを英美李様に送りつけた人物が問題だ。
黒幕は雅様の手駒を一木先生、英美李様の手駒を中等部の子たちにして思うように動かしていたということね。明らかに狙いは私。けれど、自分では直接手を下さないなんて卑怯なやつだわ。




