漫画の中のヒーロー達
まったりと家のソファで紅茶を飲みながら寛いでいると、向かいのソファに蒼が腰を下ろした。
「姉さん、最近帰りが別だけど部活でも入ったの?」
「部活……というのとは少し違うわね」
「そうなの?」
ううーん。蒼になんて説明をするべきなんだろうか。あれは絶対に部活とは言えない。蒼が言っている最近帰りが別な理由とは、あのへんてこお嬢様・水谷川スミレと苦労人である真栄城瞳との駄菓子会だ。
あれからよく二人と第二茶道室で集まって駄菓子を試食している。特にハマっているのは、三つ駄菓子を並べて好きなものを当てるゲームだ。食べる側は表情を必死に隠して、当てる側は些細な変化から一番好きなものを見抜く。
見抜かれてしまったら全力の変顔披露。見抜けなかったら、当てる側が全力の変顔披露。という勝負。今のところ瞳様は全勝。変顔は私かスミレ様のどちらかが披露している。
こんな阿呆みたいな遊びをしているなんて蒼に知られたくない。それに駄菓子を食べているなんて知られたらかなり驚かれそうだ。
「ええっと、水谷川スミレ様と真栄城瞳様と放課後にお喋りをしているのよ」
「ああ、花ノ姫の人だっけ」
「ええ」
蒼は校舎が違うし、あまり女子生徒のことは知らないだろうけど、さすがに『花ノ姫』のメンバーの名前は知っているらしい。まあ、二人とも目立つもんなぁ。
「蒼、その手に持っているものは?」
「え? ……ああ、これ」
手に持っている白い封筒を指さすと、少し気だるげに蒼が私に差し出してきた。不思議に思いながら、受け取った封筒を開けてみるとそこには五人の男子生徒が写っていた。
「これって……」
「この間の剣道の大会のやつ。上位五人で集合写真撮られたんだけど、それを貰ったんだ。いらないのに」
そういえばこの間、授業で中等部男子の剣道大会が行われたって蒼が言っていたっけ。写っている顔ぶれに既視感を覚えて顔が引きつる。
「全員二年だよ。しかも、去年と同じ顔ぶれ」
「二年は優秀なのね」
「……そうかもね。あ、久世もいるよ」
その名前にどきりと心臓が大きく跳ねた。
久世という名前を知っている。知らないはずがない。私は何度も会っていて、心の中にじわりと広がる嫌悪感。これは前世の記憶が戻る前の真莉亜の感情だ。
久世光太郎。伯母様が決めた私の婚約者だ。
ただし私と彼の仲は最悪。会ったときから馬が合わなくて、会えば互いに睨み合うほどだ。けれど、伯母様が決めたことなので在学中は断るのは困難だ。花ノ宮学院は伯父様が理事長をしているし、断れば伯母様が黙っていない。
私としては断りたいけれど、彼も私も在学中はできるだけ癇癪持ちの伯母様に歯向かわないほうが賢明だと考えている。卒業したらすぐさま解消したい。家同士の問題でもあるし、そううまくいくかはわからないけれど。
漫画の中の真莉亜は天花寺に憧れを抱いていたけれど、自分には在学中に自由な恋は許されなくて苦しい気持ちを抱えていたのかな。まあ、読者からしてみたら性格は最悪だったけど。漫画の中の久世もかなり真莉亜に対して冷めていたしなぁ。真莉亜って相当の嫌われ者だったよね。
えーっと、蒼が四位で、久世 光太郎が五位か。トップスリーは……ああ、やっぱり。
三位は艶やかな黒髪に左側だけ長めの前髪の男子生徒、桐生拓人。少しキツそうなつり目に仏頂面。この人は漫画でもヒロインに最初はツンツンしてたよなぁ。だんだんデレるんだけどさ。
二位はミルクティブラウンの柔らかそうな髪をしている女顔の可愛らしい外見の男子生徒、雨宮譲。漫画では女子に大人気で軽い感じなんだけど、ヒロインを好きになっちゃって、それでも親友のことを思って身を引くところが読者に大人気になってたっけなぁ。
一位は薄茶色のサラサラな髪に、優しそうな表情をした整った顔立ちの天花寺悠。筋の通った鼻にくっきりとした二重。正統派イケメンって感じだ。漫画ではキラキラとした王子様といった感じで絶大な人気だった。優しくていつもヒロインを守ってくれるヒーローだった。
やっぱり高等部にあがっても漫画通りこの人たちが人気なんだろうな。久世光太郎も漫画の中で女子生徒に人気だったし、蒼も人気だった。彼らが花ノ宮学院のイケメンファイブってことだね。
できるだけ関わらないようにしたいけど、久世光太郎は避けられないだろうなぁ。既に婚約者として顔は合わせているし。問題なのは高校生活を無事に生き延びて、そのあとにどうやって婚約解消するかだ。
「姉さんもやっぱりこの人たちが気になるの?」
「いえ、特に興味はないわ」
「ふうん」
興味はない。天花寺悠に関わって、漫画みたいな展開になったら困るし。誰が私を殺そうとするのかはわからない。でも、漫画の中に登場する人物のはずだ。殺されるきっかけも彼らと関わったからかもしれない。死亡フラグになりそうなことはできるだけ避けたほうがいい。
「……蒼はこの人たちと仲はいいの?」
「いや、別に。必要以上の会話はしないよ」
漫画でも蒼は天花寺たちとは特に親しいわけではなかったもんなぁ。
「高等部に入ったら、面倒くさそうだよね。今でさえ、この人たちのこと盗み見に来ている女子もいるし」
うわー、そんな人いるんだ。漫画でも高等部にファンクラブできていたもんなぁ。
今のうちに私は鍛えておかなきゃ。階段から突き落とされそうになっても、足で踏ん張れるように。そして、犯人に追われても逃げられる足の速さと、揉み合いになっても阻止できる腕力を手に入れなくては!




