協力者たち
蒼視点ラストです
特待生である浅海が授業に出ないのはまずいため、一人だけ教室に向かわせた。真栄城さんたちに連れて行かれたのは、東校舎のカウンセリングルーム。
そこにいたのは男子生徒だった。どこかで見たことがある気がするけれど、わからない。
「彼はけーくんだ」
東雲さんはうさぎのパペットを動かして、けーくんと呼ばれた男子生徒の肩に乗せる。彼は少し呆れたように苦笑してから、俺に向き合った。
「桐生景人。よろしく。弟くん」
人の良さそうな微笑みを浮かべているけれど、どこか胡散臭い。桐生という苗字を聞いて、すぐに桐生拓人の顔が浮かんだ。そういえば兄がいるはずだ。
俺の考えていることを察したのか「拓人の兄だよ」と言葉を続けた。
「で、わざわざ僕のところに彼を連れてきたってことはなにか理由があるんだよな」
学年が違うから会うことがないのかと思ったけれど、彼にも事情がありそうだ。
「普段からここに?」
「ん? あー、まあそんなとこ。できれば他言無用で。広まると面倒だしね」
俺と姉さんにもいろいろと事情があるように、桐生兄弟にもなにかあるのだろう。それはきっと俺が踏み込むことではない。俺自身もなぜ彼女たちにここまで連れてこられたのかわからなかった。
「作戦会議よ! 真莉亜を守るためにね!」
水谷川さんは仁王立ちをして、声高らかに言い放った。
「しっかし、噂の力はすごいなー。今じゃ知らない学生いないんじゃないの」
「引きこもっていて、そんなことどうやってわかるんだ?」
「引きこもってるって言うな。僕だってこの学院内に知り合いが全くいないわけじゃないから、噂くらい耳に入るよ」
桐生景人は東雲さんのうさぎのパペットを手でぐしゃりと掴む。必死に救出しようとしている東雲さんを尻目に「そろそろだな」と呟いた。
なにがそろそろなんだと疑問に思っていると、カウンセリングルームのドアが開かれた。授業はとっくに始まっているはずだと思うけど、どうやって抜け出してきたんだろうか。けど、彼らに文句を言うような教師はいないだろうな。
「お前らもいたのかよ」
「拓人、今日は喧嘩しないでね」
「はいはい、いいからみんな入ってー」
桐生拓人、天花寺悠、雨宮譲だ。夏休みのときも彼らがいたので、きっとこのメンバーは日頃から交流があるのだろう。
それにしても目立つメンバーだな。花ノ姫に学院内でも人気の高い天花寺たち。この中にいつも姉さんや浅海もいるのか。
「で、どうだった?」
桐生景人の問いかけに雨宮はにやりと口角をつりあげる。
「いろいろとわかったよー。景くんが言っていた通り、これが元凶だった」
雨宮がポケットから取り出した一枚の紙。そこには百合園新聞と書いてある。なんだこれ。
「これから真莉亜たちのことが広まったって聞いたから、譲たちに聞きに行ってもらったんだ」
「ちょーっと百合園同好会に顔見知りがいたからさー。聞いてみたらおもしろいこと教えてもらえたよ」
百合園新聞と書かれた紙には花ノ姫の人たちのことが書いてあるみたいだ。けれど、内容に首を捻る。花ノ姫の人たちに関する記事以外に、これは……小説? 恋愛小説のようだけど、女子同士の話みたいだ。
「こ、こんなのあったんだ」
真栄城さんたちも知らなかったのか驚いた様子だった。
「あー、これ内緒ね。今回特別に貸してもらったから。で、見てもらいたいのはここの記事」
雨宮が指差した場所の記事には紅薔薇の君こと雲類鷲真莉亜と雲類鷲蒼は本当の姉弟ではない!と書かれている。……こんなもの誰が書いたんだ。
「同好会の人に確認したらさ、この記事はすり替えられたらしいんだよー。元々彼女たちは花ノ姫の人たちのファンで貶めるようなことは書かないみたいだし」
「で、その犯人はもちろんわかったんだよな?」
「あはは、そのために景くんは俺らを行かせたんでしょ」
「お前らを使えば、女子は大抵素直に言うだろうしね」
上手いこと三人組を使ったってことか。まあ、この学院内では大抵の女子は彼らに頼まれたら断らないだろう。
「スミレだったら言わないわよ!」
「まあ、そうだなー。顔だけはいいこいつらを上手く使えるようなったら最強じゃね?」
「最強!? それも悪くないわね!」
桐生景人と水谷川さんが盛り上がっている横で桐生拓人が「なんかすっげー腹立つな」と言いながら顔を顰めている。
「それで、犯人は?」
急かすように訊くと天花寺が眉根を寄せて「中等部の子だよ」と答えた。その瞬間、明らかに真栄城さんや水谷川さんの表情が変わった。
「それは……プールでのときの子?」
真栄城さんはわずかに目を細める。姉さんがプールに落ちたときのことだろうか。それ以外に思い当たらない。
〝前に雲類鷲さんがプールに落ちたときも中等部の子はあえて雲類鷲さんを狙って落としていたように見えたんだ〟
浅海の言葉が頭によぎる。この件も繋がっているようだ。誰かが姉さんを陥れようとしている。姉さんが陥れられる理由は、花ノ姫であることや理事長の姪であることが関係しているのか?
「けど、その子もいいように利用されただけ。別に犯人がいる」
雨宮が腕を組み、壁に寄り掛かる。ほんの一瞬、瞳が陰ったように見えた。
「で、みんなはさ、その犯人がわかった後どうするつもり?」
「どうするって……」
「犯人を見つけて、どうしたいのかなって思ってさ」
雨宮がなにを言いたいのか、わかる気がする。姉さんへの嫌がらせをやめさせるのは大前提だけど、それだけで終わりということで済むのだろうか。学院から追い出すつもりなのか、花ノ姫なら除名させるのか……。
嫌がらせが終わっても、姉さんへの悪意は消えないだろう。本当の意味で姉さんを守るには、近づけさせないことが一番だ。
それぞれ考えているのか沈黙が流れる。
俺はどうしたいのだろう。姉さんを守るために、なにをするのが最善なのかわからない。姉さんならなにを望む?
「俺の意見を先に言わせてもらうとさ、犯人を突き止めて嫌がらせをやめさせた後は雲類鷲さんに任せるべきだと思うんだよね」
「でも、真莉亜に嫌がらせをしていた人でしょう! それを本人に任せるだなんて……」
真栄城さんは渋い顔をしているけれど、俺としては雨宮の意見に同意だった。姉さんにどうしたいかをまず聞くべきだ。かといっても、すべてを丸投げにするわけにもいかない。
「まあ、俺らなりにどうするべきかは考えておいたほうがいいと思うけど、雲類鷲さんの意見を尊重することは忘れずにいたほうがいいかなって」
「……お前、案外まともなんだな」
「たっくん、それ貶してる? 褒めてる?」
「たっくんって呼ぶんじゃねぇよ」
正直驚いた。雨宮はもっと適当なやつだと思っていた。へらへらと笑って、その場をやり過ごす。面倒なことには首を突っ込まず、来るもの拒まず去るもの追わず。という印象だった。
けれど、目の前にいる雨宮はきちんと姉さんのことを考えてくれているように見える。……本心なんてわからないけど。




