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それでも、ふたりは

蒼視点です



 登校してから学院内の雰囲気がおかしいことには気づいていた。正しくは、俺や姉さんに向けられる視線がいつもと違っていた。


 その理由はわざとらしく声を大きめにして話している生徒たちのおかげですぐにわかった。俺と姉さんが本当の姉弟ではないという話が広まっている。


 誰が広めたのかはわからない。この間聞いた久世の話だと伯母さんが浅海と姉さんが親しくしているのを知って、放課後に会いに行ったらしい。

 そのときに、姉さんを叩こうとした伯母さんを天花寺と雨宮が止めたそうだ。そのふたりなら、会話が聞こえていただろうから知られただろうって久世が言っていた。とはいっても、そのふたりが広めるメリットはないように思える。


 居心地が悪いのでとりあえず、一階の窓から中庭に出て、草の上に座る。ここなら、あまり人には見つからないだろう。

 さてと、これからどうしようか。姉さんには申し訳ないな。きっと今頃姉さんも居心地が悪いだろう。花ノ姫である姉さんがこんな形で注目を浴びるのはまずいかもしれない。



 こうして広まる可能性はあるってわかっていたつもりだった。できるだけ雲類鷲家や姉さんに恥をかかせないように成績は上位を保っていたし、対人関係も悪くはなかったはずだ。

 それなのに俺が雲類鷲家の養子だとわかった瞬間から、生徒たちの見る目は変わる。「どうりで似てないと思った」なんて言っている人もいたけれど、本当の姉弟じゃなくとも親戚だから血は繋がっている。


 俺への当たりが強くなるのはいい。だけど、姉さんにだけは迷惑をかけたくなかった。どう振る舞えば、姉さんを守れるだろうか。自分にできる最善を考えなくてはいけない。



 座ったすぐ上にある正方形の窓が開く音が聞こえて、慌てて顔を上げると見知った人物がひょっこりと姿を現した。


 金色の髪が風に揺れる。どこか不安な眼差しが俺のことを見下ろした。

 大人しくて可憐なお嬢様と言われている彼女は姉さんたちといるときはよく喋り、明るい女の子だった。



「……水谷川さん」


 黙ったまま俺のことを見つめている彼女の名前を呼ぶ。水谷川さんは思いつめたように眉根を寄せて、ブレザーのポケットから取り出したなにかを俺に差し出してきた。


「こ、これを!」

「干し梅?」


 戸惑いながらも透明の袋に入っている干し梅を受け取る。


「あ! ま、間違えた。あれ、おかしいわ。ラムネの袋が入っていたはず……あ、この間食べてしまったんだったわ」


 水谷川さんが干し梅とかラムネを食べているって変な感じだ。姉さんの親しいということもあって、彼女も相当変わっていそうだな。


「ありがと。貰ってもいい?」

「え、あ、はい……どうぞ」


 袋を開けて、干し梅を口の中に放り込む。甘じょっぱい。前に姉さんにもらって食べたことがあったから、食べるのは二度目だ。食べてみると案外クセになる。



「ごめん、気をつかわせてしまって」


 俺とあまり関わったことがない水谷川さんがわざわざ接触してくるのは、きっと噂を聞いたのだろう。俺と姉さんが本当の姉弟じゃないと知って、水谷川さんはどう思ったのかな。

 ここに来るまでの間に生徒たちが「本当の姉弟じゃないのに一緒に暮らすってすごいわね」とか妙な含みを持たせて話しているのも聞こえていた。そういうことを考える人もいる。だからこそ、姉さんの立場がどうなってしまうのか怖い。

 姉さんの大事な友人である水谷川さんたちは変わってしまわないだろうか。



「……前にあなたに助けてもらったわ。本当ならこういうときスミレもお返しをしたいのだけれど、なにをしたらいいのかわからないの。真莉亜にもいっぱい助けてもらってきたのに……」


 水谷川さんを助けたって……ああ、あれかな。綾小路さんたちに絡まれて困っていそうだったから、姉さんが呼んでるって嘘ついて引き離したときくらいしか思い当たらない。


「きっと今まで人との関係を……コミュニケーションを怠ってきたから、大事な友人である真莉亜やあなたが苦しいときにかけるべき言葉がわからないんだわ。……それがすごく歯痒い」

「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ」


 姉さんのことだけでなく、俺のことまで心配してくれていることに少し驚いた。こんな風に思ってくれる人もいるんだな。嫌な視線ばかり浴びすぎたせいか、水谷川さんの反応は新鮮に感じる。


「俺たちはさ、血は繋がっているんだ。だけど、本当の姉弟ではない」

「それでもあなたたたちは姉と弟でしょう?」


 当然のように水谷川さんは言ってきた。予想外の返答に面食らってしまう。水谷川さんは噂をしている人たちみたいに態度を変えたりしない。そもそも血の繋がりとか親とか関係なく、姉弟であることに変わりないと思っているようだった。


「他の人がどう思うかとか、世間がとか関係ないわ。ふたりが姉弟だと思っているのなら、それは真実よ。真莉亜のこと、自分のお姉ちゃんのこと、好きでしょう?」

「……それはもちろん」


 姉さんも、母さんも父さんも。みんな大事で大好きな家族だ。それは幼い頃からずっと変わらない。


「じゃあ、〝お姉ちゃん〟に言ってあげるべきだわ。気持ちって言わないと伝わらないもの。……って、スミレも兄達には滅多に言わないけど」


 水谷川さんみたいな人が姉さんの友人でよかった。

 「ありがとう、伝えてみるよ」と返すと、水谷川さんは「うわははは」と謎の笑い方をした。普段は真栄城さんの後ろに隠れてあまり話さないようだけど、警戒が解かれると子犬みたいに懐いてくれるようだ。


「真莉亜は今日休みかしら。教室に行ってもいなかったわ」

「いや……登校してるよ。どこかに避難しているのかもしれない」


 さすがに姉さんももうこの噂を耳にしているだろうし、授業開始までどこかに隠れているのかもしれない。異常なほどの視線を浴びながら教室で過ごすのはかなり心地悪いだろうし。

 連絡を入れておいたほうがいいかもしれない。





「やっと見つけた。……あれ、珍しい組み合わせだね」






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