雲類鷲蒼としての決意
蒼視点
幼い頃の姉さんは気が強くて傲慢で、泣き虫で弱かった。
ワガママな子だと最初は思っていた。偉そうだったから最初は苦手だったし、子分みたいに扱われるんじゃないかって恐れていた。だけど、自分に自信があるように見えていた姉さんは伯母さんに叱られるたびに後で隠れて泣いていて、本当は弱い女の子だった。
『だいじょうぶ?』
クローゼットの中でひっそりと泣いている姉さんに声をかけると、真っ青な顔で怯えたように縮こまってしまった。
『……いで』
『え?』
『泣いていたこと、だれにも言わないで!』
懇願するように目にいっぱい涙を溜めている姉さんに頷くと、安心したように俯いて、再びぽろっと大粒の涙を零した。伯母さんは姉さんがなにを言っても傷つかないと思っているのだろうか。ひどいことを言われれば誰だって傷つくのに、伯母さんは姉さんを〝人形〟のように扱う。姉さんは弱みを見せることを嫌っていて、人前では泣かないだけだ。
いけないと思いつつも、生けてあった薔薇を一輪拝借して姉さんに差し出す。
『わるい子なんかじゃないよ』
伯母さんは姉さんのことを〝出来のわるい子〟だとよく言っていた。その度に姉さんは唇を噛み締めて耐えていた。
きっとそれは母さんたちも気づいていない。伯母さんは常に姉さんや俺に当たりが強いけれど、言葉で貶すときは母さんたちがいないことが多い。
『でも……うまくできないもの』
『なら練習すればいいよ。ね?』
姉さんのことは苦手だったけど、女の子が泣いているのはもっと苦手だった。だから、泣き止んでほしくてこのときの俺は必死だった。
姉さんは薔薇を受け取って、ぎこちなく微笑んだ。「できるかしら」と消えそうなくらい小さな声で呟いてから、目尻に残った涙を拭うといつものように強気な瞳が戻ってきていた。
それからだった。姉さんが俺に懐くようになって、本当の姉弟のように過ごすようになった。
幼かった俺は家族を亡くしたことから悪夢を見ることが多くて、あまり眠れないことが多かった。隈ができていることに気づいたらしい姉さんは頻繁に部屋を抜け出して、枕を抱えて俺の部屋にやってくるようになった。
『……姉さん気にしなくていいよ。一人で寝れる』
『いやよ! お姉様だもの』
機嫌を損ねてしまったらしく、姉さんは口を尖らせている。口には出さないけれど、俺のことを心配して来てくれていることはわかっていた。
『私は蒼のお姉様なのよ。それで、蒼は私の弟なの。私たちは姉弟。親が違っていても関係ないわ』
胸元に抱えた枕に顔を埋めてしまっているから、姉さんがどんな表情をしているのはかはわからなかった。けれど、その一言は家族を亡くした俺にとっては救いのように感じた。
『……私、ちゃんとお姉様をするから。蒼が寂しくないようにそばにいるわ。蒼の本当のお父様とお母様が天国で見守ってくれているはずだもの。だから、蒼は幸せになるの。それを私はそばで見守るの』
伯母さんに言われた〝雲類鷲には必要のない人間〟〝余所者〟という言葉は容赦なく俺の心に刺さっていて、それを姉さんの言葉が優しく溶かしてくれた。
『……いらなく、ない? 邪魔じゃないの?』
『馬鹿ね。お母様は蒼のこと可愛いって言っているわ。お父様も蒼は頭がよくて将来が楽しみだそうよ。そんな蒼をいらないなんて思うわけないじゃない』
養子に迎えられた時から、俺は誰にも受け入れてもらえないんじゃないかって思っていた。それは俺自身が失った家族をずっと求めていて、新しい家族なんていらないって壁を作っていたせいもある。
でも、この家の人はみんな温かく俺を迎い入れてくれた。伯母さんだけは例外だけど。
『だから、雲類鷲蒼として堂々としていなさい! いいわね! 私の言うことには絶対よ!』
強気なことを言いながらも、頬には枕の跡がついていて目には涙が浮かんでいる。俺はただ頷くことしかできなくて、満足したように眠りについた姉さんの横で声を殺して泣いた。
失った人たちは、もう戻ることはないけれど、新しく大事な人たちができた。俺を温かく受け入れてくれた新しい母さん父さん。そして、わがままだけど本当は優しい姉さん。
この人たちの笑顔を守れるなら、俺は伯母さんになにを言われても耐えるよ。俺はこの日から、自分が蓮見蒼ではなく、雲類鷲蒼として生きることを改めて決意した。




