嫌な視線
その日は、朝から私に向けられる視線が妙だった。
普段とは違う嫌な視線だ。
……なんだろう。見られることには慣れているけれど、私と蒼を見ながらこそこそと何か話している。
理由がわからず、居心地の悪さを感じながら蒼と別れてロッカーへと向かう。授業の分の教科書を持って教室へ行こうとしたところで、ポケットの中の携帯電話が振動した。
送り主は雨宮だった。登校していたらすぐに第二茶道室に来てほしいと書いてある。
なんだか胸騒ぎがする。雨宮が私を呼んでいる理由と、この妙な視線はなにか関係があるのかもしれない。
不安になりながらも第二茶道室へと到着すると、雨宮が深刻そうな表情で待っていた。いつものへらへらと笑顔を貼り付けた彼ではないことが、私の不安をさらに煽る。
「落ち着いて聞いて」
「……なに?」
怖い。なに? 落ち着いてなんて言われても嫌な予感しかしなくて落ち着けない。聞きたいけど、聞きたくない。いったいなにがあったの?
不安を押し隠すように両手をぎゅっと握りしめて、目の前の雨宮を見つめる。
「君と蒼くんが実の姉弟ではないってことが広まってる」
どくんと心臓が跳ねた。
雨宮の言葉を脳内で反芻させて、ようやく理解したときには指先が微かに震えていた。
「え……どういうこと? 広まってるって、どうやって……」
「まだ正確なことはわからないけれど、朝登校した時には生徒たちが噂しているのが聞こえた」
大きく脈を打ち始める鼓動の音が五月蠅いくらいに全身に伝わり、じわりと背中に汗が滲む。呼吸が苦しく感じて、耐えるように胸元を握りしめた。
嫌な視線の理由は私と蒼が実の姉弟ではないという噂が流れているからだったんだ。
「そ、そんな……どうしよう。蒼が……」
私のことはいい。これで周囲からなにかを言われたり、嫌な思いをするのは私よりも蒼だ。誰がこんなことを? なんのために流したの?
たとえこの噂を流したのがあの人だとしても、真犯人は他にいるはずだ。私と蒼のことを教えた人が。
「落ち着いて」
「でもっ! このままじゃ、蒼の耳に入るのも時間の問題だわ……」
蒼は誰よりも養子であることを気にしている。顔や態度には表さないけれど、常に家ではワガママを言わず、手のかからない子どもでいようと心がけていることを私は幼い頃から知っていた。
私やお父様、お母様のことを本当に大事に想ってくれていいて、どれだけ伯母様にひどいことを言われても私たちのために耐えてくれていた。
蒼がこのことを知ってしまうことが怖い。
いやだ。蒼が嫌な思いをしたり、傷つくことだけはいやだ。でも、どうしたらいい?
家族を失って本当は寂しくてたまらないのに、一人でひっそりと泣いていたのに、伯母様に叱られて泣いていた幼い私を慰めてくれた優しい男の子。
大切な弟を、私はどうしたら守れるの?
「今の君には酷なことを言うようだけど、動揺せずに毅然としているべきだ。このことを流した犯人はきっと君が動揺し、追い込まれることを狙っているはずだよ」
「……そうね。今までのことを思い返すと、蒼ではなくて私が狙いでしょうね」
犯人の思い通りになんてさせない。絶対につきとめてやるわ。雨宮の言う通り、動揺なんて見せてはいけない。
「取り乱してしまって、ごめんなさい」
少しずつ冷静になってきた頭で改めて考える。
私が蒼と本当の姉弟ではないと知っていたのは、伯母様との会話を聞いていた彼らだ。だけど、今まで原作を知っているような動きを裏でしてきた人がいたことを考えると、犯人はあの場にいなかった可能性もある。
……それともそれを利用した? 疑心暗鬼になるように、あえて彼らに知られたばかりのタイミングで流したとか? だとしたら、あの場にいる人になってしまう。それだけは疑いたくない。天花寺や桐生、スミレ、瞳、浅海さんを今まで見てきて、私を影で陥れるような動きをしていたようには思えないし、思いたくない。
「どこから流れたのか、できる限り俺の方で探ってみるよ」
「ええ、ありがとう」
「好奇の目に晒されて辛いかもしれないけれど、今は耐えて」
「私よりも蒼の方が辛いもの。……犯人の思惑通りになんてならないわ」
犯人探しはもちろんだけれど、私は自分の状況もどうにかしなければならない。噂が広まってしまっている以上はおそらく今日にも招集がかかるだろう。




