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浅海さんの心配事


 伯母様の来襲事件があったばかりなので外で会うのは避けようということになり、浅海さんのお家にお邪魔することになった。途中まで家の車で送ってもらい、教えてもらった住所をナビで検索すること十分。

 初めての場所だったので少しばかりたどり着くのに時間がかかってしまったけれど、無事に浅海さんが住んでいるというアパートに到着。


 階段を上がり、二階の一番端っこのインターフォンを押すと、すぐにドアが開いた。白いパーカーに黒のスキニーというラフな格好をしている浅海さんが爽やかな笑顔で「いらっしゃい」と出迎えてくれた。


「おじゃまします」


 案内された居間には座布団が敷かれていて、どうぞと言われたのでそこに座る。座布団は思ったよりもふかふかで座り心地がいい。


「すみません、わざわざ来ていただいて」

「気になさらないで」


 今日は少し肌寒かったので、浅海さんに出してもらった温かいお茶を両手で包んで冷たい指先の温度を取り戻す。

 一口飲んでみると、私の大好きなほうじ茶だった。寒い日に飲むほうじ茶って幸せ。手土産に持ってきたカステラを浅海さんがわざわざ出してくれたので、私もいただいた。上品な甘さで食べやすいし、ざらめ最高。ほうじ茶とも合うわね。



「それで、話ってなにかしら」


 おそらくはあの写真の件じゃないかな。伯母様の発言も浅海さんにとってはキツイものだっただろうし、まだ気にしているかもしれない。



「あの写真を撮った人に心当たりはありませんか」

「え? ……写真って私と浅海さんが図書室で撮られたやつよね?」


 意外なところに触れられた。浅海さんが気にしているのはそっちだったのか。


「一見狙いは、私を陥れようとしているように思えますが、実際は逆なんじゃないかと思うんです」

「……私が狙われたということかしら」


 浅海さんの勘は当たっている。原作であれば浅海さんを陥れるために様々な事件が起こるけれど、ここでは私を陥れようとしていることが起きている。

 今回の画像だって、伯母様に送りつけられて困るのは浅海さんではなく私だ。そういえば、プールの一件も浅海さんは私が狙いだったんじゃないかって言っていたらしいわね。


「まだ確信は持てていません。でも、そう思えてしまうんです」


 浅海さんの真剣な表情を見ていれば、本気で心配してくれているのは伝わってくる。今日呼び出したのも、浅海さんなりに考えた上で私に話そうと決意したのだろう。恨み買っているかもしれませんよって遠まわしにでも言うのは結構言いづらいことだと思う。


「そうね。……多分、狙われているのは私だと思うわ。けれど、大丈夫よ。花ノ姫である以上、憧れの裏側には妬みもつきものだもの」


 できれば浅海さんには余計な心配はかけたくない。平和な学院生活を送ってほしい。私の問題は私が解決するべきだ。

 花ノ姫である以上、妬みはつきもの。これは嘘じゃない。まあ、実際犯人が私を狙う理由なんてわからないけれど。性別すらも不明なのよね。



「……犯人の心当たりはないんですか」

「そうねぇ。私のことをおもしろく思っていない人なんてたくさんいるでしょうから、逆に誰かわからないわ」

「雲類鷲さんが恨まれるような人には思えません」


 随分私という人のことを善人だと思ってくれているみたいだけど、一木先生を追い出したのも、雅様を脅したのも私だ。別に綺麗じゃないし、汚いことばかりしているわけでもない。確実に一木先生からは恨まれているだろうしね。


「だから、私にできることがあれば言ってください。力になれることなんてほとんどないかもしれないですけど、雲類鷲さんが誰かに嫌がらせされているのを黙って見ていたくなんてないです」

「……どうしてそこまで」


原作の浅海さんはもっと淡々としていて、あまり感情を表に出さない女の子だったはずだ。こんな風に私のことを心配してくれることに少し驚いてしまう。


「雲類鷲さんにはたくさん助けられてきました。それに……大事な友達です」


 照れくさそうに頬を染めながら言う浅海さんの可愛さに咄嗟に顔を手で覆う。反則級の可愛さだわ。しかも、大事な友達って言ってもらえるの嬉しい。


「えっ、あの……迷惑でしたか?」

「そんなことないわ! むしろとっても嬉しい!」


 柔らかな表情で笑う浅海さんにつられるように私も微笑む。

 和やかな雰囲気が流れたところに、玄関の方から物音がした。どうやら誰かが帰ってきたようだった。


「あ、お兄ちゃんおかえり。早かったね」


 居間に姿を現したのはメガネを掛けた男の人だった。


「ああ、バイト昼までだったから。……お客様か? 珍しいな」


 この人はおそらく原作では出てこなかった浅海さんのお兄さんだろう。つまりは花ノ宮学院の卒業生だ。


「おじゃましております」


 なんだか少し嫌な予感がするものの、きちんと挨拶をした。お兄さんはどこかぎこちない微笑みで「こんにちは」と挨拶を返してくれた。


「雲類鷲さん、お茶のおかわりはいりますか?」

「ええ、ありがとう」


 お湯を沸かしに台所へ浅海さんが消えた後、お兄さんが硬い表情で「雲類鷲ってまさか……」とつぶやいているのが聞こえた。

 まあ、そうなるよね。理事長と同じ名字だし、私の服装とかを見ていれば察しがつくだろう。


「花ノ宮学院の理事長の姪です。お兄さんも花ノ宮出身なんですよね」

「……ああ。その、奏とは」


 私と浅海さんが友達だなんて、花ノ宮学院を卒業した生徒なら信じられないのだろう。あの学院では特待生は見下され、恰好の的だ。



「友達です」


 はっきりと答える私にお兄さんが目を見開く。


「そう、なのか……」

「あの学院で通っていたお兄さんは疑わしく思われるかもしれないですが、本当ですよ」


 まだどこか信じきれていない様子だったけれど、それ以上はなにも言われなかった。私って結構きつい顔をしているだろうし、ひょっとしたらいじめていて浅海さんを脅しているかもしれないなんて思われていたらどうしよう。


「お兄ちゃんもお茶飲むよね?」

「あ、ああ」


 急須を持って戻って来た浅海さんが私の分とお兄さんの分のお茶を淹れてくれる。ほうじ茶のいい香りが漂い、顔が綻ぶ。


「ほうじ茶って久しぶりに飲んだけれど、やっぱり美味しいわね」

「ですよね。私もほうじ茶好きなんですよ」

「あ、それなら今度は和菓子のお供にほうじ茶を淹れるのもいいわね!」

「いいですね。水谷川さんたちにも話してみましょうか」


 放課後の第二茶道室での過ごし方はお菓子を食べたり、おしゃべりをしたり様々だけれど、やっぱりお茶の時間が一番楽しみだ。

 盛り上がっている私たちの横でお兄さんは目をぱちぱちとさせながら硬直している。


「本当に仲いいんだな……」


 驚いているようだったけれど、安心してるみたいにも見えた。いじめられていないか心配していたのだろう。

 お兄さんが帰ってきたことによって、私を狙っている人がいるという話は中断された。私としてはあまり詳しいことは浅海さんには話せないし、また聞かれる前に片付けてしまいたいところだ。




***



 しばらく浅海さんやお兄さんとおしゃべりとしたあと、日が暮れる前に帰ることにした。駅まで迎えに来てほしいと連絡を入れておく。

浅海さんの家から出て、夕日に染まる道を歩いていると背後から呼び止められて振り返る。


「どうしましたか」


 浅海さんのお兄さんはなにか言いたげに少し息を切らしていた。


「奏は……その、学校ではどう過ごしているか教えてくれないか」

「どう、とは?」

「いや……その、嫌がらせとかは受けていないか?」


 よほど心配なのだろう。浅海さんはあまり感情を表に出さないだろうし、この様子だとなにも話していなさそうだ。


「特待生である彼女のことをよく思わない人もいます」


 降り注ぐ夕日の熱さを感じながら、薄く笑みを零す。


「でも、浅海さんには私たちがいます。ですから、お兄さんは見守ってあげていてください」


 浅海さんが大事な友達だと言ってくれたように、私にとっても大事な友達だ。だから浅海さんになにかしようとしている人がいたら守る。

 まあ、原作では私が嫌がらせしていたわけだし、浅海さんを追い込むような嫌がらせをする人は出てこないだろうけど。少なからず彼女のことをおもしろく思っていない人もいるだろうから、完全に気を抜いてはダメだろうけどね。



「ありがとう」


 お兄さんの強張っていた表情が少し和らいだ。夕焼けに染まるお兄さんの笑顔は眩しかった。







次回から新章です

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