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土曜はぐうたらしていたい



 怒涛の一週間が終わり、週末はぐうたら過ごすことを心に決めて朝九時が過ぎてもベッドの中で微睡んでいた。平日は相変わらず鍛えているし、休日くらいぐうたらしていたっていいでしょう。

「くあー」と間抜けな欠伸をして、寝返りをうつ。あったかい布団の中って幸せ。二度寝って最高。三度寝したい。眠い。


 枕元に置いていた携帯電話が振動し、緩慢な動作で画面を確認する。メッセージの相手は浅海さんだった。

 彼女が私に連絡をしてくるなんて珍しいことなので、驚きながらも内容を確認すると話したいことがあるので今日か明日に時間をとれないかということだった。


 なにを話したいのかはなんとなく察しはつく。今日の午後からなら平気だとメッセージを返して、ぬくぬくの布団の中を惜しむ。掛け布団を頭から被って、ひやりと冷たい床につま先をつける。


 なんて非情な冷たさ! ベッドごと移動したいくらいだ!


 床を這いつくばりながら、のそのそと蓑虫のようにドアの方まで移動していくけれど、なかなかたどり着けない。

 ドアをノックする音が聞こえて、咄嗟に「はい!?」と返事をしてしまうと、蒼の声が聞こえてきた。


「入るよ」

「ぅえい!?」


私の咄嗟の返答が入っていいという意味だと勘違いしたのか、ドアが開いてしまった。


「姉さん、そろそろ…………」


 蒼の沈黙がたっぷり五秒。無表情のまま弟に見下ろされている姉はとても切ない。せめてなにか言ってほしい。いっそのこと罵って! 叱って! 呆れて! なにも言わないのやめて! 傷つくから!



「朝食、あとは姉さんだけだからね」


 蓑虫の姉を置いて、ドアは閉められてしまった。


「放置はやめて!!」


 弟のあえて触れないという戦法に傷ついた私は脱皮した(布団を剥いだ)。

 ぬくぬく布団を手放した私はガウンで身を温めながら部屋を出る。……最初からこうすればよかった。




***



 朝食を食べる私の横で優雅に紅茶を飲んでいる蒼。休日も早起きできるなんて蒼は何時に寝ているのかしら。金曜日の夜の夜更かしは鉄板でしょう!?


「……どうしたの?」


 私の視線を感じたのか、眉根を寄せた蒼。困り顔をしても、綺麗ね。美男子だ。

 本人は自覚ないみたいだけど、蒼って女子から人気あるのよね。少し影のある線の細い文学少年って感じで一部の女子のハートを射止めるらしい。


「蒼、変な女の子に引っかかっちゃダメよ」


 蒼だって年頃なんだし、そのうち彼女だってできるはず。私のことを嫌わない人だったらいいけど……どんな子と付き合うのかしら。瞳みたいな子だったら嬉しいけど、雅様だったら地獄だわ。微笑みながら嫌味を言われそうだもの。精神的にもたない。



「急になに言ってるの?」

「だって、蒼にもいずれ彼女ができるでしょう!」

「俺は姉さんの世話で手一杯だから、今はそんな心配いらないって」


 蒼は「そんなこと考えてたの?」とでも言いたげにため息を吐いた。

こういう話を蒼にすると自分のことはいいんだと言うけれど、それはそれで嬉しいやら複雑やら……蒼の恋愛を邪魔してしまっているかもしれないし、結婚しなかったら逆にどうしましょう。それはそれで蒼の自由だけれど、私が邪魔だったからって理由だったら嫌だわ。しっかりした姉にならなくては! これからは週末もぐうたらせずにきちんと起きてみせる。……がんばる。



「そうだ。文学部の冊子、もう少し待ってて」

「ええ。大丈夫よ」


 文学部が二ヶ月に一度発行している『初恋想』。それがどうしても気になっていて、すべて借りられないか文学部である蒼に頼んでいたのだ。

 誰も知らないという文学部の部長。その人が蒼の書いた『月光の少女』をバッドエンドにしたほうがいいと言ったのだ。

 そのバッドエンドが漫画の中の〝雲類鷲真莉亜〟の死に方に似ていたことが、どうしても気になる。そして、その人が書いたという物語を読めば、なにかわかるかもしれない。



「前までは全冊見本として部室に置いてあったはずなんだけど、一冊だけ見当たらないんだ」

「一冊だけ? 人気があるの?」


 前に借りた『月光の少女』が掲載されていた号も人気でなかなか手に入らないと言われていた。借りられる分だけでいいから、借りてしまおうかな。


「人気があったから多めに刷ってまだ在庫もあったはずなんだけど、何故かそれだけがなくなったんだ」


 在庫も含めて消えてしまったなんて少し妙だ。しかも、同じ文学部の人に聞いても、在庫がごっそりなくなるほどは配っていないと言うらしい。


「それはどんな話が載っている号なの?」

「前に話したレケナウルティアっていうタイトルの物語が載ってる号」

「……それって、部長が書いた人気の話だったわよね」


 ますます気になる。これは偶然? それとも意図的に隠されたのかしら。


「それってもう手に入る可能性はない?」

「うーん、一応先輩に聞いてみるよ。多分全号持っている人いるだろうし」

「ありがとう」


 もしも誰かが隠したのなら、これは知られたくないことがそこに載っているということの可能性が高いわね。


 レケナウルティア。別名:ハツコイソウ。花言葉は秘密。

 いったい、どんな秘密がそこに隠されているのかしら。






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