閑話:水谷川家の日常
活動報告に時折載せていた水谷川家の話です。
次回から本編です。
***
長男:レオ(理系眼鏡)
次男:シオン(額のホクロをホークアイと呼ぶ中二病)
三男:ハルト(瞳タラシなパティシエ志望)
長女:スミレ(駄菓子大好き)
<水谷川家の日常 その1>
水谷川家には決まりがある。
「母様、おはようございます! 今日は久々に天気がいいですよ。最近雨ばかりでしたから参っていましたが、あ、でも俺にはこのホークアイがありますから雨なんてへっちゃらですが、スミレが雨に参ってしまわないかが心配です! けど、雨でへこんでいるスミレも見たいのが兄心!」
水谷川家の次男、シオンが写真の前で長々と挨拶をしていた。
ポスターサイズくらいに引きのばされた写真は金色の額縁に入れられて、壁に飾られている。そこに写っているのは金色の髪をした綺麗な女性。
「おはようございます。母様」
続いてやってきた長男のレオも写真に向かって挨拶をする。銀縁のメガネを中指で持ち上げて涼しげな表情で写真を見つめているレオの肩をシオンが背後から掴み、左右に揺らす。
「いつみても母様は美しい!! スミレにそっくりだな。そう思うだろう。レオ兄!」
「おい、揺らすな。メガネが……」
あまりに揺らすのでレオのメガネが床に転がっていく。メガネを失ったレオは壊れたロボットのように硬直している。新たに部屋に入ってきた人物がそれを拾い上げて、レオにメガネを戻した。
「スミレが似てきたんでしょ。おはよう、母さん」
最後にやってきた三男のハルトがふわりと微笑みを浮かべて写真の母親に向かって挨拶をした。
これが水谷川家の息子たちの朝の決まりだ。
自分たちを産み、育ててくれた母を大事にし、朝の挨拶を怠らない。亡くなった後も毎日挨拶を欠かさないようにしてきたのだ。
「母様! 実はスミレには瞳以外にも友人がいるらしい! なぜわかるのかだって?俺のホークアイは全てお見通しだからだ!」
「ただのホクロでしょ。それに教えてくれたのは瞳ちゃんだよね?」
「ホクロではない! 邪悪なものを跳ね返す、その名もホークアイだ!」
もはや次男のシオンの決め台詞のようになっている額のホクロ(ホークアイ)。長男のレオはその件に関しては無視をし、三男のハルトは一応突っ込みを入れてあげている。次男のシオンは残念なことに厨二病を患っていた。
「俺はその友人について考えては、そわそわしている!」
「よくわからないけど、どうしたのシオン兄さん」
「あれだ!『どうもぉ、うちの子がお世話になっておりますぅ』って母親っぽく挨拶をするべきか、『不束者ですが、宜しくお願い致します』ときちっと挨拶をするべきか悩んでいるのだ!」
呆れた様子でハルトは「どっちもやめたほうがいいんじゃないかな」と言うと、シオンは興奮気味にハルトの肩を掴む。
「嫌がるスミレの顔も見たい!」
「それはわかるけどさー」
「俺も見たいが、やりすぎはスミレに嫌われる。やるなら一番嫌われているシオンに任せよう」
スミレの兄たちは残念な兄だった。
妹が大事だというのに、妹の泣き顔や嫌がる顔も見たいという、いやどんな表情も目に焼き付けたいという考えをもつため、幼い頃からスミレを可愛がりつつ、からかうことも楽しんできてしまった兄たちは妹に嫌がられてしまっている。
「ちょっと待て! なぜ俺が一番嫌われてるんだ!?」
「え、うざいからかな」
「鬱陶しいからだろう」
三男と長男からの即答にシオンは大袈裟に頭を抱えて、母の写真の横によりかかる。
「今、胸がズキッとした」
「そういうところもじゃない?」
「そういうところもだな」
冷たい言葉を再び浴びせられ、ショックのあまり母の写真に「母様、兄と弟がひどい」と話しかけていると、扉が開かれた。
中に入ってきた彼らの愛しの妹は、その光景を目にして無表情のまま立ち尽くす。
「スミレ!いいところに来た!」
スミレの顔を見た瞬間に立ち直ったシオンは、両手を広げて駆け寄っていくが、スミレは横にずれてそれを回避した。
「お前に瞳以外の友人がいることを俺は知っている!」
「……なんで知っているの?」
「はっはー! 俺のホークアイを甘く見るな!」
「っ、真莉亜になにかしたら許さないからね!!」
シオンと距離をとりつつも、スミレは警戒しながら吠えている。その光景はまるで変質者と威嚇する子犬のようだった。
「真莉亜ちゃんというんだな!」
「ハッ! しまった!」
自ら友達の情報を渡してしまったことに気づいたスミレは大袈裟に頭を抱えながら、壁によりかかる。先ほどのシオンと同じ行動で、それを見ていたハルトは気付かれないように肩を震わせながら笑っている。
「スミレ! 我が妹スミレ!」
「いちいち五月蝿いわ! なによ」
「そのマリアちゃんをだな! 紹介しろ!」
「は……?」
シオンとしてはスミレの友人に挨拶をするという意味だったのだが、説明不足によりスミレの顔が青ざめていく。
「そ、そんなことするわけないでしょー!! 妹の友達に手を出そうなんて最低だわ!!」
怒ったスミレが大きな音を立てて扉を閉めて出て行ってしまった。
ぽかんと口を開いてわけがわからないといった様子のシオンの肩を長男と三男が叩く。
「そういうところだよ」
「そういうところだな」
<水谷川家の日常 その2>
その日、水谷川家の兄たちは会議を開いていた。
「俺の妹であり、かわいいスミレについてだが、ひとつ問題がある!」
次男のシオンが声高らかに言うと、テーブルを両手で叩いた。
「真莉亜ちゃんという友人をいつまで経っても連れてこない! なぜだ!」
「……シオン兄さんがいるからじゃない?」
ハルトは眠たそうに欠伸を漏らし、どうでもよさそうに頬杖をつく。
「ほう。俺の額のホークアイに心の中を見透かされるのを恐れているのだな!」
「いやだから、その友達にシオン兄さんのそういうところを見られるのを恐れているんじゃない」
「ならば、仕方ない。俺の額のホークアイを封印するしかないな!」
シオンは横に流していた前髪を額の中心に集めて、額にあるホクロを隠した。これで完璧だと言わんばかりの微笑みに、ハルトは「さすが」と呟き、肩を震わせて笑っている。
「前髪でただ隠しただけじゃないですか」
今回の会議でも無理やり参加させられたスミレの友人代表である瞳は相変わらずのシオンの言動に呆れていた。
ホワイトボードの方に視線を向けてみれば、『ようこそ真莉亜ちゃん会議』『おいでよ、真莉亜ちゃん会議』『かわいいスミレのお友達会議』というネーミングセンスのない議題を長男のレオがひたすら書いている。
ここの兄たちは全員どこかズレているのだ。
「俺のスイーツでおびき寄せればいいんじゃない? そこでスミレの友人とのティータイム姿を撮ろうよ」
「なるほど。ハルトの言う通り、スイーツでおびき寄せる方法はいいな! レオ兄! 真莉亜ちゃんスイーツほいほいでどうだ!」
「それでも構わないが、それならもっと楽しい要素を付け足すべぎだ」
水谷川家の男子たちが盛り上がる中、瞳はこの人たちは真莉亜のことなんだと思っているのだろうと頭を抱えていた。
結局はおびき寄せるのは瞳がやらされるのだ。
真莉亜をなるべくなら巻き込みたくはないけれど、彼らは止まらなさそうなので、どうするべきなのか瞳が悩んでいるとハルトがそっと声をかけてきた。
「十二月は雪花祭があるけど、パートナーは決まった?」
「まだですよ」
ダンスのパートナーなど瞳にとってはどうだってよかった。好きな相手はパートナーになることは不可能なのだ。それなら、ひっそりと眺めていた方がいい。
既に何人からか申し込みはあった。男子だけでなく女子までも瞳にダンスのパートナーを申し込んでくるのだから驚きだ。
「なんだ。てっきり相手でもできたから、最近一気に女性らしくなったのかと思ったよ」
「……髪伸ばし始めただけですよ」
不意打ちの褒め言葉に一瞬心が大きく揺れたが必死に押し隠して平然を装う。その気がないのに振り回されてきた瞳はハルトの言動には期待しないように心がけていた。
「短いのも似合っていたけど、瞳ちゃんのロングはきっと綺麗だ」
長男と次男が真莉亜を呼ぶための話し合いをしている中、ハルトはまるで口説いているかのように甘い言葉を瞳に落としていく。
「長くなったときには、いるかもしれませんよ」
どうせ意識なんてしてくれていないのだからと半ば投げやりになる。
褒めてくれてもそれは恋愛対象として見てくれているというわけではないのだ。今まで何度期待して撃沈してきたことかと、瞳は耐えるように手のひらを握りしめる。
「実を言うと最近男女両方から告白されることが増えました」
ハルトの澄んだ瞳をじっと見つめて、にっこりと作られた微笑みを浮かべた。
「長くなるまでに、早く誰か捕まえてくれるといいんですけど」
自分を恋に落としてほしい。ハルト以上に好きになれるくらいの恋がしたい。いつまでも報われない恋なんてもう手放してしまいたい。瞳は胸の痛みから逃れるようにハルトから視線を逸らした。
「だめだよ」
消えそうな声で漏らしたハルトの言葉は瞳に届くことはなく、兄たちの騒ぎ声にかき消されてしまった。
***
翌日、瞳はスミレの兄たちから渡された紙を渋々真莉亜に手渡した。
「ええっと、これはなにかしら? あみだくじ?」
「ごめん。なぜか最終的にこれを渡してほしいってスミレのお兄さんたちから言われたんだ」
スイーツホイホイはどこへ行ったのか、あみだくじを強引に渡すという謎の作戦に落ち着いたようだった。
「な、なにこれ! いつのまにこんなものを作ったの!? 真莉亜!気をつけて! なにか変なことしているはずだわ!」
スミレは妙なファイティングポーズをとって、あみだくじを警戒している。真莉亜はわけがわからないといった様子で、おそるおそるあみだくじをやってみた。
「えっと……『おめでとう水谷川家へご招待?』あら、ちょっと待って。『やったね!水谷川家においでよ』『続きは水谷川家へ』って、これどこを選んでも水谷川家へ連れて行かれるんじゃない!」
「さすがアホな兄たちだわ!」
「スミレ、口にあんこつけてるわよ」
真莉亜がハンカチでスミレの口についたあんこをとっていると、スミレは思い出したように声を上げた。
「そういえば、昨晩ハルトお兄様が変だったんだけど、瞳なにか知ってる?」
「え?」
「いつもぼけーとはしているけど、昨晩は壁やドアにぶつかったりしておかしかったわ」
「さあ……私にはわからないな」
特に気にしていない様子で答えたものの、心配になった瞳はすぐにハルトにメッセージを送った。
『スミレから聞きました。なにかありましたか』
すると、すぐに『心配?』と聞き返された。
『心配です』
『瞳ちゃん、今日うちに来る?』
行く予定はなかったものの、心配なので行きますと答えると少ししてハルトから返事が来た。
『待ってる』
たった一言。それだけで瞳の心は掴まれてしまう。
好きでいるのをやめたいと思っても、またすぐに好きになってしまう。
甘くみせた苦い恋。
————私のことなんて、なんとも思っていないくせに。
言葉にしたくてもできない想いを、瞳はそっと飲み込んだ。




