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それでは準備はよろしくて?



 放課後になると、蒼に先に帰っていてと連絡を入れて約束の場所へ向かった。

 そこは第二茶道室。茶道部は第一茶道部の方を使用しているので、ここは授業以外では使われていない。


「申し訳ございません。少し遅れてしまったわ」

「い、いえ……」


 部屋の中に入ると正座をしているスミレ様と瞳様がいた。その表情からして緊張している様子だった。もしかして真莉亜がなにか企んでいるとか疑っているのかな。


 二人と向かい合うように座ると、重たい沈黙が流れる。


「それで、その……真莉亜様、本気ですの?」

「ええ」

「あの真莉亜様が『忍法☆すっぱいでござる』を召し上がるの!?」

「ダメかしら」

「ダメではないけれど、真莉亜さんがこのような駄菓子を召し上がりたいなんて少し意外で」


 私が出した条件とは、三個入りの『忍法☆すっぱいでござる』を一つ私にわけるというものだった。だって懐かしいし、この駄菓子大好きだったから久しぶりに食べたい。その条件に目を丸くして驚いていた二人は未だに信じられないみたいだ。



「実は私もこういった駄菓子が大好きですの」


 秘密ですよと微笑むと、スミレ様が「まあ!」と声を上げて前のめりになって食いついてきた。だが、正座をしていて足が痺れたのか勢いよく畳に顔を打ち付けて「ぐえっ」と潰れたカエルのような悲惨な声を上げた。


 なんだかスミレ様の印象がかなり変わってきた。



「スミレ、落ち着いて」

「だ、だって〜! あの真莉亜様が駄菓子好きなんて! 夢みたいだわ!」


 畳と擦れて少し赤くなった鼻の頭をさすりながら、興奮気味に話し出すスミレ様。どうやら喜んでいるみたいだ。


「私も驚きましたわ。まさかお二人が駄菓子好きだなんて」


 他の女子生徒達はそんなこととは知らずに二人の関係を妄想して楽しんでいるんだろうな。


「私の場合は、スミレに付き合わされているだけだけどね。スミレが元々お菓子好きで最近は駄菓子にハマっているんだ」

「そうでしたの」


 高級なお菓子しか食べなさそうなスミレ様が駄菓子を好きだなんて意外だけど、今のスミレ様を見たらあまり驚かないかもしれない。そのくらい普段とのギャップが激しい。よく普段はこの姿を隠しきれているな。



「うわはははは! それでは早速第一回『忍法☆すっぱいでござる』勝負を開始するわ!」


 スミレ様の笑い方がおかしい。それに第一回ってなに? まさか何度も行われるの?


 『忍法☆すっぱいでござる』の袋を開けると、細長いプラスチック容器に並んでいる三つの丸いガム。二つは甘くて、一つは驚くくらいすっぱいのだ。



「ルールを説明します」

「え?」

「ちょっと、待って。スミレ、ルールなんて聞いてないけど」

「これは、ただ食べてすっぱいハズレ!というゲームではございません」


 おそらく彼女が勝手に作ったであろうルールを真面目な表情で説明される。


「すっぱいハズレガムに当たった人は……全力の変顔をしていただきます」


 へ、変顔って……お嬢様が変顔できるの? 頬膨らましたりする感じなんだろうか。


「生ぬるい変顔は許しません! ほっぺた膨らましてぷぅなんてしたら、鼻に割り箸突っ込みます」


 今、恐ろしい言葉が聞こえてきた気がする。



「全力で表情筋を使った変顔を披露してください。それでは準備はよろしくて?」


 こうして、私とスミレ様、瞳様による第一回『忍法☆すっぱいでござる』勝負が幕を開けた。


 まずはジャンケンで勝った瞳様が選び、次に私。最後にスミレ様。一斉に口の中にガムを放り込み、咀嚼する。


「!!」


 まずガムの甘みを感じたあと、噛み砕かれた中から口内を刺激する酸味に襲われた。顔の中心に一気に皺が寄るほどの衝撃。


 こ、これは酸っぱすぎる! こんなに酸っぱかったっけ!?



「うわはははははははは! 真莉亜様うわはははは! 変な顔! 早速変顔披露なんて……っうわはははは!」


 変顔してねーよ! 酸っぱくてこの顔になってんだよ!


「うわはははは! 真莉亜様面白すぎる! ひぃいいお腹痛い〜!」


 笑いすぎだ。しかも、瞳様も笑い堪えているでしょ。そこまで私変な顔してるの!?



 悔しい私は、まだスミレ様が『忍法☆すっぱいでござる』を持っているというので、第二回を開催したいと伝えた。二人が了承してくれたため、すぐに第二回を始める。


 今度は私から選び、次はスミレ様。最後に瞳様が選ぶ。

 また一斉にガムを口の中に入れて、咀嚼する。おっ、今度は甘い。あれでも他の二人も平然としている。おかしい。そんなはずない。この三つの中には、必ずすっぱいのが入っているはずだ。


 なるほど。すっぱくないフリをして乗り切るという方法もあるのか。


 私じゃないとすると二人のどちらかだ。さて、スミレ様と瞳様のどっちが嘘をついているのかな。



 二人を観察していると、瞳様は至って平然とガムを噛んでいる。先ほどと同じだ。スミレ様は、口を窄めている。……なにしてるんだ、この人。ぷるぷると震えながら、涙目になっていて、犯人はこの人しかいない。


「スミレ様、すっぱいの当たりましたね」

「顔で丸わかりだね。じゃあ、ほら変顔どうぞ」


 観念したスミレ様が披露した変顔は凄まじいものだった。鼻の穴が膨らみ、目が三日月型になり、尖らせた唇の隙間から前歯が見える。必殺技は顎出し。


 それを見た私と瞳様はほぼ同時に吹き出して、お腹を抱えて笑った。スミレ様は本当に変顔を全力でやっているみたいだ。



 この後、第三回も開催したけれどまた私が負けてしまった。瞳様は運がいいのか一度もすっぱいのに当たらずに済んでいた。私たちは笑い疲れるくらい笑って、放課後の茶道室を後にした。


 こうして私とスミレ様、瞳様の奇妙な関係が始まったのだった。




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