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読めない人



「どうかしましたか」

「譲を連れて医務室へ行ってあげて」

「へ?」

「さっき止めたとき、あの人の爪が刺さったみたいなんだ。本人は隠しているみたいだけど、少し血が出ているのが見えたから」


 伯母様の爪結構長いし、ジェルネイルをしてキラキラしたストーンなどがついているから刺さったら痛そうだ。

 本当雨宮ってわかりにくい。今だってなんともなさそうに笑っていて、さりげなく手も隠している。



「俺が手当てしてもいいんだけど、きっと譲は雲類鷲さんのほうがいいだろうから」

「……そうでしょうか。きっと誰にもバレたくないのでは?」

「まあ、そうかも。譲は昔から自分が我慢すればいいって言っていたから、隠すのが癖になっているのかもね」


 原作の雨宮譲はどんな人だっただろうか。

 いつもにこにことしていて、本心を見せない。だけど、天花寺と桐生のことを大事に思っていて、傷つける人を許さなかった。

 ああ……それと家の問題だ。優秀な兄たちと比べられ、可愛がられている弟にいつも欲しいものを奪われていた。だから、感情を表に出さずに〝我慢〟を覚えたのだ。そして、出来が悪くて『欠陥品』と罵られていた描写があった。そこは真莉亜と少し似ているかもしれない。



「それにね、拓人に水谷川さんたちを止めておくように頼んだのは譲なんだ」


 スミレや浅海さんたちがでていけば、伯母様はすぐには引かなかっただろう。むしろ浅海さんだったら怒りが爆発してしまいそうだ。間に入ってきたのが雨宮と天花寺だったから、あんなにもあっさりと伯母様が引いたのだ。



「雨宮様は読めない方ですね」

「そうかな? 俺は結構わかりやすい性格だなって思うけど、付き合いが長いからかな。譲のことも大事なんだ。だから、今回は邪魔しない」

「邪魔?」

「うん。だから、行ってあげて」


 よくわからないまま会話は終了してしまい、天花寺は私から離れていった。普段通り微笑みを浮かべながら話している雨宮のブレザーの裾を掴み、控えめに引っ張ってみる。

 少し驚いた様子で振り返った雨宮と視線が合うと、柔らかな笑みを向けてきた。


「ん?」


 ちょっとだけ違う笑み。女子生徒と会話をしているときの作られた笑みとも、第二茶道室のみんなと話しているときの見守っているような笑みとも、意地悪なことを言う腹黒い笑みとも違う。たぶんこれは、私たちが協力者だから見せる少し隙のある笑みだ。



「どうかした?」


 この人って本当はどんな人なのだろう。雨宮譲であり、前世の記憶を持つこの人は原作と同じように悩みを抱えているのだろうか。


「ちょっとついてきて」

「今? あとでの方が……」

「さあ、早く!」


 きっとこっそり消えても天花寺がフォローしておいてくれるだろう。少し強引に雨宮を連れ出し、別の棟にある医務室へと向かった。

 さすがに医務室のある棟へ入ったところで目的地に気づいたようで、雨宮は困ったように苦笑した。


「気づいていたんだ」

「天花寺様が教えてくれました」

「……なんで悠も雲類鷲さんに教えるんだろうねー。雲類鷲さんと俺を二人きりにするの不安なくせにね。本当いいやつすぎるよね、悠って」

「私のせいで怪我をしたのだから、手当ては私がして当然よ」


 雨宮の言う通り、私が逆の立場だったら不安だわ。それに気持ちを伝えられたのに私は返事を返していない。返事がほしいとは言われていないけれど、有耶無耶にしておくのはよくないわよね。


 恋愛、か。久世との婚約破棄のこととか、私を陥れようとしている人のことで頭がいっぱいで恋愛からは遠ざかっている。天花寺への返答もきちんと考えないと。

 そういえば、雪花祭でくっつく人も多いらしいけれど、私にもなにか聖夜マジックは起こるのかしら。その前にお誘いは来るの……?





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