堂々としていて
「あ、雨宮、様……」
声が上擦ってしまった。まさか彼がこの場に現れるとは思っていなかったので、動揺してしまう。
「雨宮? そう、貴方が雨宮家の……」
「口を挟んでしまって申し訳ないのですが、浅海奏と真莉亜さんの関係は友人です。貴女が疑っているような関係ではありません」
「お前はどういう関係なんだ」
何故か久世が雨宮に聞いた。どうしてここでそういう話になるのか全くついていけない。久世って実は天然なのかしら。
「君よりかは、仲がいいかな」
わざとらしく含んだような笑みを見せた雨宮に久世は苦いものでも食べたかのように顔を顰めた。どうやらこの二人はあまり仲がよくないみたいだ。
「……そう、まあ貴方であれば文句はないわ」
そして、何故伯母様は納得した様子なの。なにか大きな誤解をしていないかしら。
「雲類鷲さん、大丈夫?」
後ろから声が聞こえてきて振り返ると、天花寺が心配そうに顔を覗き込んでくる。私の肩を掴んで後ろへ引かせたのは彼のようだ。
「怪我はない?」
「ええ、ありがとうございます」
「よかった」
安堵した様子の天花寺は、ふわりと優しげな微笑みを浮かべてから、少し照れくさそうに私の肩から手を離した。
「ごめん、強く引いてしまって……」
「え?」
特に痛くはなかったので平気だけれど、助けてくれたのに申し訳なさそうにされてしまった。
首を横に振って微笑みかけると、天花寺は目を丸くした。そして、すぐに視線がそらされてしまい、耳まで真っ赤だ。
「そちらは?」
「天花寺悠と申します」
伯母様の鋭い視線に臆することなく優美な微笑みを向ける天花寺からは、普段のヘタレ具合がどこかへ消えてしまったように見える。
品定めをするような伯母様の目が〝天花寺〟と聞いた瞬間、キラリと光った。おそらく天花寺と雨宮なら親しくしていてもいいということなのだろう。一気に機嫌が直ったようだ。
「良いご友人を持ったわね、真莉亜」
吐き気がするほど欲に塗れた笑顔と発言に顰めそうになる顔を必死に抑える。これで伯母様が一旦引いてくれるのなら有難い。
「先ほどの写真には目をつぶってあげるわ。ただし、もう二度とあのようなことはないように」
はあ……やってくれたわね。まさか伯母様に送りつけるだなんて。こっちも早く動いて、やめさせないと。
伯母様と久世、希乃愛が去っていくのを見送って、緊張の糸が切れて安堵していると、どこからか奇声が聞こえて来た。
「ぎええぇえええええあああああ」
「いってぇえな!」
声で大体誰なのか予想はつくけれど、天花寺と雨宮がここにいるんだもの。彼らもいてもおかしくはないわよね。
どうやら隠れていたらしく、顔を真っ赤にして怒っているスミレと不安げな瞳、気にしているのか落ち込んでいる様子の浅海さん。そして、何故か手を押さえている桐生が出てきた。
「水谷川さんが怒り狂って間に入っていきそうだったから、拓人が止めていたんだ」
雨宮がそう説明すると、桐生は不満げに顔を顰める。
「これ俺じゃなくてもよかっただろ。こいつ叫びそうだったから口押さえたら、噛んできやがった。犬かよ」
「セクハラするからよ!」
「俺にお前に対しての下心はない」
喧嘩をしているスミレと桐生のおかげで、少し場の空気が和んだけれど、浅海さんはかたい表情のままだ。
なにかを言いたげに唇を噛み、握り締められた手。視線が下げられ、わずかに頭が床に向かって傾いた瞬間、私は声を上げた。
「謝らないで」
弾かれたように顔を上げた浅海さんは今にも泣き出しそうなほど悲しげな顔をしている。
「あなたはなにも悪くない。だから、謝る必要なんてないのよ」
「でも……」
「この学院にいたら、きっとあなたにとって理不尽なことがたくさん起こるわ。だけどね、自分に非がないことで頭を下げたりしてはダメよ。あなたは成績が良くて特別に受け入れられた生徒なの。だから堂々としていて」
浅海さんが謝ることではないし、悪いのはあんな風に酷いことを言った伯母様だ。これからもここで生徒として生活していくのなら、浅海さんは萎縮してしまうのではなく、特待生として堂々としているべきだ。
ここにいる生徒たちは親の力で入った人ばかりで、自分の学力で入学できた浅海さんはすごいことなのだからそれを誇るべきだと私は思う。
「ありがとう、雲類鷲さん」
最初は自分が死なないためにって思っていたけれど、いつのまにかこの場所は居心地が良くて友達って思える存在がたくさんできて、改めて死にたくないって思うようになった。
「私こそ、お友達になってくれてありがとうございます」
だからこそ、私を陥れようとしている黒幕を止めないと。私と浅海さんの写真を伯母様に送りつけたのは、どういう意図なのかしら。私が伯母様と仲が良くないのはおそらく知っているからなのでしょうけど、そこになにか深い意味はあるのかがわからない。
「天花寺様も、雨宮様もありがとうございます。おかげで叩かれずに済みましたわ」
さらりと避けて、伯母様をズッコケさせたかったけれど、私にそこまでの瞬発力があるのかというと微妙なところだし、二人が来なかったら叩かれていたかもしれない。
「それと、一つだけ。おそらく皆様は聞いていたと思いますが、蒼のことは他言無用でお願いいたします」
私と蒼が本当の姉弟ではないことは、あの会話から悟っただろう。雨宮は知っていたけれど、他の人は知らなかったはずだ。生徒で知っているのはここにいる人と、久世と希乃愛だけ。黒幕もおそらくは知っているだろうけど。
「わかった。約束する。勝手に来て聞いてしまってごめんね」
天花寺は申し訳なさそうに謝ってきた。おかげで助かったし、もう聞いてしまったことは仕方ない。
「ご、ごめんなさい! スミレも立ち聞きなんてデリカシーのないことをしてしまったわ」
スミレに続き、みんなが謝ってきたので「秘密にしておいてくれればいいから、大丈夫」と答える。私の様子もおかしかっただろうし、きっと心配かけてしまったのだろうな。
「つーか、お前は俺の手を噛んだことも謝れ」
「うがいしないといけないわね」
「こいつまじでムカつく。真栄城、きちんと躾けしろ」
「なっ! スミレは犬じゃないわ!」
うわあ……桐生の手には歯型が残っている。痛そう。スミレ、よっぽど嫌だったのか相当強く噛んだのね。
「躾けか……スミレは無邪気な方が可愛いけど、さすがに噛むのはダメだし。うーん」
「瞳まで! スミレは犬じゃないわ!」
「よしよし」
「頭なでないで! もうっ!」
スミレと瞳が戯れているのを眺めながら、私たちは第二茶道室へと戻っていく。少し後ろを歩いていると天花寺が「少しいい?」と声をかけてきた。




