薔薇は毒と対峙する
「私のお友達です」
「……貴女、自分の立場を理解しているのかしら。こんな庶民の男と二人きりでいるだなんて、雲類鷲の人間として恥ずかしいことなのよ」
つまり伯母様は私と浅海さんが深い仲だと誤解しているようだった。「好奇心で違う世界に興味を持ったのかもしれないけれど」と勝手な憶測をさも事実のように私に話してくる。
私が特待生の浅海奏という〝男の子〟に興味を持ち、親しくなり、惹かれあっている。けれど、その興味は一時的なものですぐに住む世界が違うことを思い知るはずだ。そして、私が今していることは恥なのだ。そう話してきた。
「伯母様、誤解されています。私は彼とは本当にお友達ですわ」
「……たとえ、本当に友人だとしても、それも恥には変わりないわ」
どうしてこの人はこうなのだろう。人との関わり合いを身分で決める。利用価値がなければ意味がないのよと幼い頃に私に教えてきたことを思い出す。あの頃は、私の教材は伯母様の言葉だった。
「それは伯母様個人の常識であって私の常識ではありませんわ」
「随分と生意気な口をきくようになったのねぇ」
「私、伯母様のような人間にはなりたくありませんの」
思い返せば、過去の私は伯母様の生き写しのような歪んだ価値観を持っていた。漫画の中の真莉亜は特待生である浅海さんを見下して、自分の価値は家柄で決まると思っていたのだ。
もう言ってしまおうか。この際言ってしまったほうがすっきりする。
一瞬、久世と目があった。彼はすぐに視線を落としてしまって、なにを思ったのかはわからない。私たちの間に恋愛なんて存在しないのだから、婚約を破棄できれば彼はやっと解放されると安堵するかもしれない。
「あの余所者を雲類鷲家に入れてあげた恩を忘れたの!」
激昂した伯母様が一歩前に出て、鋭い目を私に向けてくる。昔なら怯んでいたけれど、大事な人を貶されて黙っていられるわけがない。
「……余所者、という表現は違います。蒼と私は血が繋がっていますもの」
「あんな子、雲類鷲の家の人間ではないわ」
伯母様は私のこと以上に蒼を嫌っている。蒼自身がなにかをしたわけではなく、養子として迎えられたということ自体が気にくわないのだ。昔も伯母様は蒼本人に向かって、ひどい言葉を浴びせていた。
幼い頃は、守り方を知らなかった。私が伯母様に貶されているときでさえ、耐えることしかできなかったのだ。自分のことすら守れない私は、蒼の守り方を見つけることができなかった。でも、今は違う。
「蒼は雲類鷲の人間です。私の弟です。伯母様はそうやって誰かを貶めることばかり言って心は痛まないのですか」
「生意気なことばかり言って逆らうのはやめなさい。貴女なんて所詮出来の悪い人形でしかないのよ。私の言う通りにしていなさい!」
「私は人形じゃないわ!」
『出来の悪い子』そう何度も幼い頃から伯母様に言われてきた。勉強もお稽古も何度もやらなければ頭に入らないので努力を重ねてきた。天才とは言えない子どもだった私のことを伯母様は不出来だと罵る。
そして、私よりも遥かに出来のいい蒼のことを見て『あんな子でも出来ることを何故雲類鷲の家の人間であるあなたができないのかしら』とわざとらしく言っていた。
前世でも今世でも私は誰かに自慢できるような特技なんてない。〝人並み〟程度にしかできない凡人だ。だけど、それでも……私は人のいいなりになるほど何もできない人間ではない。
伯母様の手が振り上げられ、なにをされるのか瞬時に悟った。
身を引いて、伯母様をズッコケさせる姿を想像していると、背後から誰かに肩を掴まれて身体を後ろに引っ張られる。
「えっ!?」
振り下ろされそうになっていた伯母様の手は、ある人物によって掴まれて阻止されていた。その光景に目を見張り、口が半開きになってしまう。
「っ、邪魔をしないでちょうだい!」
「すみません。彼女に手を挙げるおつもりかと思ったので」
まるで忠誠でも誓うように伯母様の手をとった男子生徒は甘ったるい微笑みを向ける。怒りを露わにしていた伯母様は毒気を抜かれたように目を丸くした。




