私必死なんかじゃないから!
ベッドに寝転がり、天井を見つめながら安堵のため息を漏らす。
今日は特に濃い一日だった。とりあえず、一木先生はいなくなるし、雅様はもう大きな動きはしないだろう。海老原くんの妹も雨宮がどうにかしてくれたみたいだし、あとはあの人がどう動き始めるかだ。
どうやら原作通りに進めたい人がいるようだから、必ずなにか仕掛けてくるわよね。例の浅海さんと私の画像をどう使う気なのかしら。
隣に置いていた携帯電話が振動しはじめた。画面を覗くと、表示された名前は希乃愛だった。
「もしもし」
『真莉亜様、突然お電話してしまってすみません。最近お話できていなかったので、声が聞きたくなってしまって』
そんなことを言われてしまうと顔がにやけてしまう。自分を慕ってくれる後輩って可愛いし、嬉しい。後輩でも慕ってくれている子たちはいるけれど、どこか距離があるし懐いてくれているっていうよりも、私が花ノ姫だから憧れの対象って感じなのよね。
最近あったお互いの他愛ないことを話して、しばらく癒しの時間に浸っていると希乃愛は少し声のトーンを落として、言いづらそうに話を切り出した。
『あの……真莉亜様、光太郎と最近連絡をとりました?』
至福のひとときに久世の名前が出てきてしまった。そういえば、最近会っていないわね。夏のお土産として送られてきた白桃ゼリーを美味しくいただいたけど。
「特にとっていないわよ。どうかしたの?」
『それが今日会ったときに、いつもと少し様子が違っていたのでなにかあったのかと思いましたの。私の思い違いの可能性もあるのですが……少し心配で』
「体調でも悪かったんじゃないかしら」
よくわからないけど。久世って掴みどころないのよね。なに考えているんだか雨宮の次くらいにわからないわ。
『気のせいかもしれませんよね』
希乃愛は無理して明るく振舞っているようでぎこちなさを感じる。久世のことが本当に大事なのね。幼い頃から一緒にいるわけだし、家族のような存在なのかしら。久世も希乃愛の前では優しく笑ったりするのかしらねぇ。想像もつかないけれど。
『あ、そういえば真莉亜様は雪花祭でのパートナーをお決めになりました?』
「え、ええっと、まだよ」
心臓が大きく跳ねて、顔を引きつらせた。
今一番聞きたくないワードだわ。十二月にある高等部のイベントの一つ、雪花祭。その年、最も優秀な生徒が雪のような白い服を着て、表彰される。選ばれるのは学年ごとに毎年ふたり。
そして、表彰式のあとにはダンスパーティーがあるのだ。そのダンスパーティーでは、パートナーを事前に決めて参加する生徒がほとんどで、必ずパートナーを決めないといけないルールはないけれど、会場でぼっちはかなり寂しくて憐れまれるらしい。原作では真莉亜は天花寺に断られてしまったから、仕方なく久世といた気がするな。けど、かなり険悪そうだった。
『真莉亜様でしたらきっとたくさんお申し込みがありそうですわ』
「そんなことないわよ。おほほほほほ」
まだゼロですが。只今一緒に参加してくれる紳士を募集中ですけど! 誰もいなかったらどうしよう。久世に申し込むのなんて嫌だ。婚約破棄したいのに申し込むとか変でしょう。……また悩み事が増えてしまった。
***
雪花祭のパートナーを蒼に頼みたいところだけど、さすがに姉となんて蒼も嫌よね。瞳やスミレは決めているのかしら。
平穏が戻り、放課後に第二茶道室でカシフレ活動をしているときにさり気なく聞いてみた。
「いらないわ」
スミレは男子とパートナーになりたくないようで、きっぱりと答えた。いまだに男子が苦手らしい。
「だって、考えてみて。美味しいローストビーフが出てきたらスミレはダンスよりもローストビーフを選ぶもの。そうなったら、パートナーなんて邪魔なのよ」
違う。食べ物のことしか考えていない。男子云々の前に、食べ物を優先したいようだ。スミレならパートナーに立候補してくる人たくさんいそうだけどな。
もしかして、瞳とパートナーでも組みつもりなのかしら。それはそれでお似合いだけど。
「私はちょっと迷ってる。スミレをひとりにするくらいなら、すべて断ろうかな」
ちょっと待って、この子今〝すべて〟って言いましたよ!
いったい何人に立候補されたの。私なんてまだゼロですけど。悲しいことに誰も立候補してくれないけど。
「スミレのことは気にしないで、瞳はパートナーを選んで」
「でも……」
ふたりは大事なことを忘れている。私にも聞いて。私もパートナーいないから、スミレと行動すればいいと思うの。
「大丈夫よ、瞳。スミレは私が傍にいればいいじゃない」
「真莉亜もパートナーを選んで。スミレは自由気ままにしているから平気よ!」
選ぶ相手がいない! お願いだから、私と一緒にいてちょうだいスミレ!
私たちの横で不思議そうにしている浅海さんはどうやら雪花祭のことを知らないらしい。
「それって学校行事、ですか?」
「浅海くんは聞いたことない? 高等部では毎年十二月に雪花祭っていうイベントがあるんだ」
瞳が浅海さんに説明をすると美味しい料理というところだけ反応を示していた。原作通りだと、その年の優秀な生徒に選ばれたのは天花寺と確か瞳だったかしら。浅海さんも候補だったはず。でもそれを知った一部の教師がさすがにあの天花寺よりも特待生である浅海奏を選ぶのは問題だと抗議したって展開だったわね。けれど、天花寺はティアラを浅海さんに贈るのよね。
『これを受け取るべきなのは君だよ』って甘い笑顔で渡すシーンは、そりゃもう胸キュンだったわ! ふたりっきりで庭園を散歩しながら月夜を眺めているのも素敵だった。
とはいえ、この世界ではどうなるのかはわからないわね。
「……雲類鷲さんは、その、もうパートナー決まった?」
「え、ええっと……」
天花寺から不意打ちで聞かれて、言葉に詰まる。決まっていませんけど。誰からも誘われていませんけど! 一応花ノ姫であり、憧れられる存在であるはずなのに!
「まあ、雲類鷲さんは普段からあまり男子と話していないし、近寄りがたいからまだ誘ってくる勇者はいないかもね〜」
「怖いからの間違いじゃないのか?」
珍しく雨宮がいいフォローを入れてきたと思いきや、桐生が余計なことを言ってきた。この野郎、あんただって怖いし、近寄りがたいから誘われてなんていないんだろう!
「そういう皆様は? お誘いは受けているのですか」
にっこりと微笑みを向けて聞いてみれば、雨宮と天花寺は予想通りかなりの数のお誘いが来ているらしい。けれど、あまり嬉しそうではなさそうだ。一人ひとり断りを入れるのが大変なんだとか。贅沢な悩みだわ。
「けど、まだパートナーは決めてないけどね〜」
「……俺も、自分から誘いたいから」
「そうなんですの」
それは私のことなのかよくわからないけど、私は天花寺とはパートナーになりたくない。なれば花ノ姫の天花寺ファンたちから視線で抹殺されそうだ。怖くて不登校になってしまう。
「俺は誰とも組む気はない。面倒なだけだ」
「あら、お誘いは来ているのですか」
「数えてないけど、毎日結構くる」
アンビリーバボー信じられない。この無愛想で腹の立つ桐生に可憐な花ノ宮学院の女子生徒がパートナーの申し込みを!? みんな正気なの!?
「拓人は結構人気高いからね、普段話し掛けにくくて遠巻きに見ている女子たちがこの機会にとばかりに話し掛けにくるんだよー」
「……それはそれは、」
羨ましいこった。私を遠巻きに見ている殿方はまだ勇気を出せないのかしら。試しに一人で廊下を歩いて、隙を作ってみるのはどうかしら。女は少し隙があるくらいがいいって聞いたことあるわ。そしたら、誰か申し込んでくるかもしれないわよね!
なんだか桐生が哀れんだような眼差しを向けてくるんだけど、やめて。別に私必死なんかじゃないから!




