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唯一の協力者

載せていたクリスマスSSは一旦活動報告へ移動しました。

(本編の季節が現在秋で、これから冬の話になるため)感想ありがとうございました!





 雅様との戦いを終えて、ぐったりと壁にもたれかかる。スミレの件は解決できて、雅様も今後は浅海さんに対して何もしないだろうけれど、結局誰が裏にいるのかわからない。その人物なら、私を殺す人を知っているのかしら。そして、原作通りに動かない私に苛立っているのだろうか。

 そもそも何故原作通りにことを進めたいのかしら。

 浅海さんをヒロインするため? それをして得になることがあるの? 私を陥れて得をするのは誰?


 制服のポケットに入れていた携帯電話が振動した。長い振動なので、おそらくは電話だろう。緩慢な動作で携帯電話を取り出して、浮かび上がる名前にほっと胸を撫で下ろす。今は元気に話せる気力がなかったので、相手がこの人でよかった。


「……もしもし」

『おつかれさま』

「……そっちもね」

『こっちは君より大変じゃないよ~』


 いつも通りの軽い口調。今はそれが有り難かった。緊張の糸が切れて、ため息が漏れる。自分が思っているよりも疲れているみたいだわ。今日は早めに寝よう。


『第二茶道室、来れる?』

「嫌って言っても待ってるんでしょう」

『いいもの持って待ってるよ』


 いいものってなによ。気になるじゃない。

 乗せられているとわかっていても、足が第二茶道室の方向へと向かってしまう。スミレたちには先に帰ってもらったけれど、メッセージが届いている。今は疲れて返事はできそうにない。家に着いたら返そう。


 窓から夕日が差し込む廊下を歩きながら、目的地へと足を進める。この時間だと東校舎には誰もいないみたいね。普段は私たちがいるけれど、今日は誰も残っていないはず。日中はカウンセリングルームにいる景人もさすがに放課後になれば帰っているだろう。


 第二茶道室のドアを開けると、にっこりと微笑んでいる雨宮が畳の上に座っていた。この人は相変わらず緩い雰囲気を身に纏っているけれど、なにを考えているのかわからないわね。でもまあ、すべて知られているから一緒にいるのは楽だけど。


「……終わったわよ」

「うん。おつかれさま」


 雨宮の隣に座り、無事に終えたことを告げる。今回私と雨宮は別々に動いていた。どうやら彼の方も終わったみたいだけど、上手くいったのかしら。


「本当疲れたわ。一木先生は自業自得とはいえ、退職に追い込んだり……あの雅様と正面切って話したり……もうくったくたよ」

「こっちも上手くいったよ。例の中等部の子、海老原の妹に接触して全て話してくれたよ」

「全て? あの子認めたの?」

「うん。ちょっと色々とね、お願いしたら教えてくれたよ」


 そのちょっと色々とっていうのがなにをしたのか怖いんだけど。まあでも、雨宮が甘い言葉をちょっと囁けば落ちる子も多いだろう。それにほぼ関わることができない中等部の子が雨宮から声をかけられたらかなり嬉しいことだろうし。……お願いの仕方に関して詳しくは聞かないでおこう。


「彼女たち中等部の子に命令していた人物は君を追い込んで花ノ姫から追放できれば、花ノ姫に推薦してあげるって言ってきたらしい」

「なるほどね」


 やはりそういうこと。浅海さんを狙ったのはフェイクで、あのプール事件は私が狙いだったのね。私が浅海さんを排除しようとしているという嘘の噂を流したのも、私が自分からそちらに行くように仕向けたということ。


「もしかしてその人って————」


 その人物の名前を聞いてみると、やっぱり予想通りの反応。問題なのはどう追い詰めて、自白させてやめさせるかよね。雅様と同じで利用されただけの存在だ。一番突き止めなくちゃいけないのは、利用している人物。


「海老原妹とのやりとりの証拠は写真に撮っておいたよ。彼女にももう協力しないようにお願いしたし、君と浅海奏の写真も消させた。問題なのはもう写真が送られてしまっていることだねー」


 写真は一木先生から雅様に渡り、雅様から情報を提供してくる人物〝X〟に渡った。そして、そこからあの人に渡されたってことだろう。中等部の子たちを動かしているあの人は雅様に情報を提供していた〝X〟と同一人物ではないはず。


「写真をなにに使う気なのかしら。学院のみんなの目につく場所に貼るとか?」

「その可能性もあるね。結局のところ君を陥れたいわけだからね。君がされて困ることをするんじゃないかな」


 相手が動く前にこっちが動かないといけないわね。まあでも、雨宮が撮ってきた証拠で十分だろう。それを使って明日にでも追い詰める。そして、目の前で写真を消させる。それしかないわね。

 浅海さんとの写真を貼られれば、噂は確実に立てられるだろう。原作の真莉亜ならそんなこと絶対に嫌がるはずだ。けれど、今の私は浅海さんを嫌っているわけでも、特待生を差別しているわけでも、天花寺たちの傍にいることを気に入らないわけでもない。

 だから、実際ツーショットを撮られたって焦ることはないけれど、噂を立てられて注目されるのはいい気持ちしないわ。防げるなら、とっとと防いで私を排除しようとしている人物を止めたほうがいい。


 あーもう、考えるの疲れてきたわ。

 ため息を吐いた私の横で、雨宮がなにかを差し出してきた。


「頑張った雲類鷲さんにプレゼント」

「……こんぺいとうだ」

「綺麗でしょ。甘いの食べて少しでも疲れとって」


 ころんと丸っこいガラスの小瓶に入った淡い桃色と薄紫のこんぺいとう。

 ……なにこれ可愛い。夏にもらった子猫のぬいぐるみと飴の入った袋を結んでいた金色の薔薇のチャームも可愛かったし。このこんぺいとうの小瓶も中身なくなっても使えそう。


「雲類鷲さん」

「え、ちょ、なに!」


 手が伸びてきたので驚いて身構えると、頭の上に手を乗せられた。優しく撫でられて更に緩みそうになる心をぐっと堪える。こんなことしてもらったのいつぶりかしら。


「疲れたでしょ」

「……こんなことされたら力抜けるわ」

「力抜いていいんじゃない? 俺は敵じゃないよ」


 雨宮にとって私は妹みたいな存在なのだろうか。私にもお兄ちゃんがいてくれたらこんな感じだったのかしら。ミルクティーブラウンの髪にいつも甘ったるい笑顔を浮かべている雨宮は今の自分をどう思っているのだろう。


「ねえ、浅海さんとはどう?」

「どうって? 普通に話す程度だよ」

「もしかして、俺と浅海奏の仲でも気になる?」

「……原作だと仲良くなるはずでしょう」


 浅海さんに惹かれていくキャラクターだった雨宮は前世の記憶を持っている今でも同じように浅海さんに惹かれているのだろうか。

 最終話まで読まなくたって、浅海さんが天花寺とくっつくことはわかっている。振られてしまう自分の恋の運命を知っても、浅海さんへ恋をするのかしら。


「原作通りに進んでいない大きな部分は、恋愛だと思うけどねー」

「え、恋愛?」

「だって、君は原作みたいに悠にぞっこんじゃないし、現時点で悠も俺も、拓人も浅海奏を恋愛対象として見てない。たぶん、浅海奏も悠を特に意識していない。それだけで、大分違いがあるよねぇ」


 確かに物語の軸である恋愛がなくなっている。恋愛漫画のはずだったのに。そもそも浅海さんが嫌がらせを受けて、それを彼らが助けていくから恋が育まれていくのよね。あら? もしかして、嫌がらせの主犯である私がそれをしないことによって、彼らの恋が育まれなかった!?


「な、なんてこった」

「別に恋愛を無理やりさせる必要なんてないんじゃない? だって、別の組み合わせで動いてるし」

「その手、なによ」

「ん?」


 私の手をなぜか雨宮が掴んでいる。意味がわからない。なんでこのタイミングで手を掴んでいるのよ。


「俺と君がそういう関係になっても、いいんじゃないかなって」

「貴方が言うと不誠実に聞こえるのはどうしてかしらね」

「他の子になんて言ったことないよ」

「……それが嘘くさいのよ」


 そろそろ胸焼けがしそうなので雨宮の手を引き剥がして、立ち上がる。この不誠実でなに考えているのかよくわからない男が唯一の協力者っていうのが複雑ね。


「なにかわかったら連絡して。たぶん、また近いうちになにか起こるはずよ」

「一緒に帰らないの?」


 雨宮に背中を向けて、「当然でしょ。先に帰るわよ」と告げて第二茶道室を出る。帰りは別々にしないと目撃されたら噂が瞬時に広がってしまう。おそろしい。雨宮ファンに魔女狩りをされてしまう。

 廊下の窓から差し込む西日に目眩がしそうなくらい眩しくて、季節は秋に移り変わってきているというのに照らされた頬が燃えるように熱かった。


 窓ガラスに反射した自分の顔を見て、雅様が言っていたことを思い出す。

 ……私のことを嫌っている人は何人いるのかしら。

 けれど、今回雅様を退場させたことは黒幕にとっては痛手だろう。花ノ姫であり、ある程度権限のある雅様は動かしやすかったはず。そして、もうひとりも。どうして私に恨みがあるのかは知らないけれど、やられっぱなしでなんかいないわよ。





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