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棘を使った守り方


「さてと、あれで話は終わりだとは思わないでちょうだいね。一木先生」


 床に蹲っている先生の襟元をつかみ、強引に顔を上げさせる。こういうことをしていると、私って本当に悪役令嬢っぽさが染み付いてるって実感するわ。

 もっと賢い人かと思ったけれど、単純ですぐに作戦に引っかかってくれてよかったわ。スミレから会いたいってメッセージが届いてよほど嬉しかったのね。スミレには心に決めた人がいるなんて嘘をついちゃったから後でスミレに謝らないと。


「もうしない」

「当然のことです。けれど、それだけで終わるとでも?」

「だから、もうしないと言っているだろう。君は一体なにを望んでいるんだ」

「貴方の口約束を信用できるとでも思っているのかしら」


 たとえ本当にもう盗撮をしないといっても、教師がして許されることではない。スミレがあんなに怯えていたのに、この男は彼女の心を傷つけたと理解していないのだ。


「……第一、俺がやった証拠なんてない」


 ここまで来て、まだそんなことを言うのね。でもまあ、あなたが退場することはもう決まっているわ。


「あらやだ、やけに素直に自白したと思ったら証拠がないって言って逃げ切れると思っていたの? 腐った根性をお持ちのようね」


 可愛らしく微笑んでみると、睨みつけられてしまった。ここで怯むわけにはいかない。こちらが優勢だもの。余裕たっぷりの様子を見せておかないと簡単になめられてしまう。


「……君がこんなに恐ろしい子だとは思わなかったよ」

「私も一木先生が女子生徒の写真を隠し撮りする変態だなんて思いませんでしたわ。人の裏の顔って恐ろしいですわね」


 原作を知っていた私はこの人が変態教師だとは知っていたけれど、もっと後に出てくるキャラのはずだった。でも、ズレがでてきている。それは私が原作を変えてしまっているせいなのかもしれないけれど。

 どうやら証拠なんてとっくにこっちの手の中にあることに気づいていないみたいだわ。スミレの手前、一応は制御しつつ話していたけれど、もう遠慮はいらないわよね。


「これ、なんだと思います?」


 薔薇のブローチを一木先生の前に見せると、わけのわからないといった様子で眉を寄せた。


「録音しているんですよ。ずーっとね」

「なっ」

「それに私が先ほど撮影した画像も、よく撮れていますよ。一木先生が怯えるスミレの腕を掴んでいるところ。この画像と音声だけで、十分問題だと思いますけど」


 私のことを嫌悪する眼差しを向けてくる一木先生。これで私のことを恨んだとしても、原作では彼と絡んでいないので真莉亜の死とは関係はないだろう。だからこそ、思う存分できるのだ。……でも実際やってみると、緊張で手汗すごいけど。


「伯父様に報告したら、貴方はもう働けなくなってしまうわね」

「なっ」


 この学院にいる生徒たちの家を敵に回すということは、おそらくは相当なことだろう。実際働けなくなるのかは知らないけど、私の脅しは効いたらしく青ざめている。


「ねえ、先生。伯父様に報告して全生徒と親に知られるのと、自主的にお辞めになるのどちらがいいかしら」

「……それはどっちにしろ辞めるということじゃないか」

「この後に及んでなにをおっしゃっているの? 生徒の写真を盗撮して、メッセージや写真をしつこく送り続けて精神的に追い込んだストーカー変態教師に私は一応かなり優しい対応をしてあげているのよ。ご自身の状況をおわかりですか」


 まるで自分の非を理解していない様子のこの男に苛立ちを覚える。まあでも、この男を唆した人物がいるんでしょうけど。だからこそ、ここまで拗れているんだ。原作にはない、裏にいる人物。そいつを突き止めることも、今回の目的だ。



「ところで、一つ聞きたいことがあるのだけれど、この画像は誰が貴方に送ってあげたのかしら」


 携帯電話を取り出して、あらかじめ送ってもらっておいた画像を一木先生に見せる。


「だ、誰って……」

「これは貴方が撮るのは不可能なはずです」

「……っ」

「言えるわよね。言わなければ、貴方のしたことを伯父様や教師、生徒、保護者に全てを伝えるわ」


 スミレに送った画像の中で、確実にこの人では撮影できないものがあった。それを撮ることができた人物は限られている。

 さて、誰の名前が挙がるのかしら。





***




「真莉亜!」

「わっ!?」


 カウンセリングルームから出るとスミレが体当たりする勢いで駆け寄ってきた。ふらついた私の腕を瞳が掴んでくれたので転ばずに済み、ほっと胸を撫で下ろす。

 潤んだ目で私を見上げてくるスミレは相当心配していたことがうかがえる。まあ、友達を盗撮魔と二人っきりにするのは怖いわよね。どうやら景人と流音様も私のことを待っていてくれたみたいだ。


「大丈夫? なにもされてない?」

「ええ。平気よ。今後のことに関しての話をしていただけだから」


 どちらかといえば、したのは私ね。相当追い込んで名前を吐かせたから、精神力めちゃくちゃ削られたんじゃないかしら。それに職を失った彼は途方に暮れているでしょうね。私も結構疲れたわ。でもまだやることがあるから、気をしっかり張っておかないと。


「今後のこと?」

「一木先生は辞めるそうよ」

「……そう」


 スミレは複雑そうな表情で目を伏せる。盗撮していた一木先生がいなくなる安堵ももちろんあるだろうけれど、自分が原因で辞めるというのは後味が悪いものなのだろう。

 一木先生は人気があるから、きっと生徒たちの間で辞めたことは話題になるはず。スミレも話題に上がっている間は複雑な感情が消えないかもしれない。それでも事件を起こしたという話題よりかは、ただ辞めたってだけの方が話題に上がってもすぐに消えていくだろう。一木先生は人気者の先生のままで立ち去れるなんて、彼に対しては甘すぎる罰かもしれないわね。


「スミレ、そんな顔しないで。もう怯えなくて済むんだから、ね?」


 瞳もスミレの心情を悟ってか、優しい口調で微笑みかける。


「ええ。本当によかったわ。ありがとう」


 スミレがほんの少しだけ表情を緩めた。これでスミレの日常が戻ってくるのだ。誰かに見張られているというストレスもなくなるはず。私の選択をどうか本人には気づかないままでいてもらいたい。


 一木先生と鉢合わせしないように私たちはカウンセリングルームから離れる。今日はカシフレの活動は休み。こんな日にする気分にならないわよね。けれど、明日からはきっといつも通りのはず。


 瞳とスミレの後ろを歩いていると、景人と流音様に左右を挟まれた。

 な、何事!? ちょっと怖いんですが!


「一木になにかしただろ」

「紅薔薇なら、一木を睨み一つで倒せそうだがな」

「あらやだ、私なにもしていませんよ。ただ〝お話〟をしていただけですわ」


 話をしただけなのは本当だもの。それに睨んだってあの男は倒せないわよ。私をどんだけ恐ろしいやつって思っているのかしら。

 自分なりに可愛らしさをイメージして微笑んでみると、景人と流音様の顔がわずかに歪む。あら? なにか間違えたかしら。ここはか弱く「本当は怖かったのよ」って言っておくべき? 実際ものすっごく緊張したもの。


「一木に辞めるように言ったのはアンタだろ? あの男が自ら言うようには思えない」

「え」

「紅薔薇だけあの部屋に残った理由はそれしか考えられぬからな。おそらく菫の君には少々刺激が強いから追い出したのではないのか?」


 たしかに私だけ残るのは妙だものね。辞めさせるためっていうのもあるけれど、裏で動かしていた人物を吐かせることが目的だった。それは二人には言う必要ないけれど、辞めさせることに関しては誤魔化しても無駄だろうし認めるしかないわね。


「辞めるように追い込んだなんて、怖いことする人だと思う?」

「いや、辞めさせて当然だね。女子高生を盗撮する男なんて教師をする資格ない。でも、アンタのしたことは怖いというよりも、むしろ甘いとは思うよ。どうせ理事長や他の教員、保護者たちに真実を伝える気はないんだろ」

「あら、それもバレてしまっているのね」

「日頃のアンタを見ていればわかるよ。盗撮相手が水谷川だって広まったら、嫌な思いをするのは彼女だ。広まらないように教師に口止めをしても、水谷川の保護者には報告がいく。それを本人は望まないのをわかっていて、防ぐためにした最善ってことでしょ」


 景人は「それでも報告はすべきことだと思うけど」と続けた。彼の言う通り、こういうことが二度と起きないように伯父や教師に伝えるべきなのかもしれない。あの男は平然と別の場所で教師をして、また別の誰かで同じことをする可能性だってある。公にはしないと言って一木先生に裏で繋がっている人物を吐かせたけれど、私は報告するつもりは最初からなかった。

 広まってしまえば、必ず探り出す人が出る。生徒たちに一木先生が盗撮で辞めさせられたことを伝えないようにしても、教師はスミレに事情を詳しく聞いてくるだろうし、スミレの家族には教師が報告を必ずしてしまうだろう。そうなれば、スミレがまた息苦しい思いをして生活しなければならなくなる。


 綺麗に事が終わったように思えるけれど、私は一木先生が自ら辞めるということで事件を揉み消したのだ。


「真実を隠すなんて良いことではないのはわかっているわ」


 事件をなかったことにして、真実を隠した私を軽蔑する人もいるかもしれない。それでも、私は少しでもスミレの日常が守れる方を選らんだ。


「別に間違ってるとは思わないがな。紅薔薇は真実を公にせずに友人を守ったというだけだ」

「それぞれ考え方なんて違うしね。僕らも口外はしないよ」

「いっ!?」


 突然背中に走った衝撃に驚きにのけ反り、二人より数歩前へと進む。それが景人と流音様に背中を叩かれたのだとわかり、理由がわからず振り返ると二人とも笑っていた。


「おつかれ、真莉亜」

「ご苦労様だったな、紅薔薇」


 どうやら二人に真実を知られても軽蔑はされなかったようで、きょとんとしていると両側からほっぺをつねられる。しかも片方、うさぎのパペットが私のほっぺ食べてるし。

 変な顔してんなと更に笑われて、なんだかちょっと肩の力が抜けてしまう。けれど、気を緩めてはいられない。スミレと一木先生の件は片付いたけれど、もう一つ私にはやるべきことが残っていた。




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