お嬢様、尾行してみる
『忍法☆すっぱいでござる』という名前の駄菓子は一袋に三つガムが入っていて、その中の一つがすっぱいガムというロシアンルーレット庶民菓子だ。
前世で子どもの頃によく食べていたけど、どうしてあんなのがここにあるんだろう。お嬢様達が集うこの学院であんな駄菓子を持っていそうな人はいなさそうなのに。
「あら……ガムと書いてありますわ」
「ガムってなんですの?」
「ここに賞味期限が記載されていますわ。食べ物なのかしら」
速報:ここのお嬢様はガムを知らない。
そんなことってあるんですか。でもそもそも上流階級のお嬢様なら、食べる機会も巡り会う機会もないのかな。
「それは私から先生に提出しておくよ。だから、君たちは鐘が鳴る前に教室へ向かって」
興味津々といった様子で群がるお嬢様方を鎮めたのは、瞳様のよく通る声だった。
「瞳様、このような雑務は私たちが!」
「いいえ、私が!」
一度は落ち着いた女子生徒たちがここぞとばかりに瞳様に詰め寄る。どうやら憧れの瞳様の役に立ちたいようだ。目がキラキラと輝いていて、頬が紅潮している。……少し怖い。
「君たちの手を煩わせるわけにはいかないから、気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう」
瞳様が微笑むと顔を真っ赤にして頬を手で覆う女子生徒たち。これは学芸会かなにかなんだろうかってくらいのやり取りに見えてしまう。瞳様に従って女子生徒たちは教室へ向かい始める。振り向くと、瞳様とすぐ後ろにスミレ様が逆方向へと歩いているのが見えた。
何故かスミレ様はふらふらとした足取りに見えたけど、もしかしたら体調でも悪いのだろうか。
……でも、なんか妙だ。
そうだ! こんなときこそ名探偵 真莉亜の出番ですわ! 二人には妙な噂があるし、実は私もその真相が気になるしこの際探ってみよう。瞳様はみんなに教室へ向かうように促していたけれど、まだ授業が始まるまで時間はある。
こっそりと後をついていくと、人気のない柱の陰で瞳様とスミレ様が向かい合っているのを見つけた。
「スミレ」
「……はい」
「これは何」
「ええっと、お菓子のようですわ」
なにやら瞳様が怒っているようだった。歯ぎれ悪く返しているスミレ様はやはり具合でも悪いのだろうか。あれ? でも、瞳様が持っているのは先ほどの駄菓子だ。どうしてスミレ様に問い詰めるように聞いているんだろう。
「もう一度聞くよ。これは、何?」
「『忍法☆すっぱいでござる』です」
「スミレ」
「スミレの『忍法☆すっぱいでござる』です!! はい、すみません!」
え……う、嘘! 嘘だよね!? あの駄菓子ってスミレ様のだったの!? 「私、お菓子はサントノーレが好きですの〜」って前に言っていた気がするけど。駄菓子に興味あるお嬢様なんているの?
「うわぁああん! お許しを〜!」
あの可憐でお上品なスミレ様が、あろうことか子どものように喚きはじめた。
「なんで学校に持ってくるの」
「だってだって〜! 瞳とどっちがすっぱいの当たるか勝負したかったんだもん!」
「バカじゃないの」
しかも、意外と瞳様が辛辣。いつもはスミレ様に甘い表情で微笑みかけるその姿に女子生徒達はうっとりしているのに。けど、これもまた彼女達のツボをつきそうだ。
「あんなとこで落として、スミレの物だってバレたら大変な騒ぎになってたよ」
「ポケットからハンカチ出すときに、うっかあぎゃあ」
「もう何言ってるのかわからない」
あ、スミレ様と目が合ってしまった。やばい。私が盗み聞きしていたと知られたら、これってかなり厄介なことになるんじゃ……。あっさりバレてしまうなんて探偵としての訓練がまだ足りないみたいだ。
「ひひひひひひとまり、さままりあああああ」
「スミレ、いい加減にしないと……え」
振り返った瞳様が私の姿を見て、青ざめていく。スミレ様は涙目であわあわとしていて、普段の彼女からは想像がつかないくらい可笑しな動きをしている。
もしかして彼女達の秘密ってこれなのだろうか。いつも二人で密室でなにかしているという噂は実はスミレ様の持ってきた駄菓子を嗜んでいるとか?
「あ、あの真莉亜さん……これは、その」
「どどどどうしよう! 瞳、真莉亜様の記憶を消さないといけないわ!」
なに恐ろしいこと言い出してるんだ。スミレ様ってかなり変な人なんじゃないの!?
「落ち着いて、スミレ。まだ聞かれていたとは限らないし」
「あの、全て聞いてしまいましたわ。申し訳ございません」
私の言葉に頭を抱えて「駄菓子のスミレと呼ばれて笑いものになってしまうわ」とぶつぶつ言いだすスミレ様。私のことなんだと思っているんだ。まあ、今までの真莉亜だったら軽蔑とかするのかな。このような庶民の食べ物を嗜むなんてどうかしていますわ。とか言っちゃうのかな。
「このことは誰にも言いませんわ。ただ、一つ条件をだしてもよろしいかしら」
私は口角を上げて微笑むと、人差し指を立てて小首を傾げた。




