花ノ姫としての自覚をお忘れなく
私、雲類鷲 真莉亜。
雲類鷲家の令嬢で花ノ宮学院の理事長は私の伯父様なの。そんな私はスカウトされたお嬢様しか入れない花ノ姫っていうメンバーの一員で、花名は紅薔薇。周囲からは『紅薔薇の君』とか『紅薔薇の真莉亜様』って呼ばれているわ。
そんな私には最近悩みがあるの。素敵なお友達に囲まれて幸せな日常を過ごしていた私に突如訪れたソレは、私の心をぶーらぶらと翻弄している。
————そう、それはモテ期!
真面目で警戒心の強い弟は私には懐いてくれていて、お姉ちゃんお姉ちゃんって離れないの。学院のトップスリーの一人、天花寺様からは「婚約者がいたって俺は君の虜だよ」なんて想いをストレートにぶつけられてしまったわ。
学院のトップスリーのうちの一人、雨宮様は甘ったるい笑顔で女心を弄ぶことで有名なのに、私にだけは裏の顔を見せてくれて、お互いの弱みを握り合う中になってしまったの。それに天花寺様には渡せない。だなんて大胆発言までされちゃった!
学院のトップスリーの最後の一人は、無愛想で少し怖い桐生様。私のことがお嫌いだったはずなのに、何故か私に近づいてきて「お前のような綺麗な女には浴衣が似合う」だなんて熱っぽい眼差しで言われてしまって胸の高鳴りが収まらない!
それに桐生様の実兄である景人様には、「あんたのこと好きだよ」なんて言われて、誕生日におめでとうと電話までかけてくれて積極的にアピールされちゃってるの。
そんな私には婚約者がいる。
ずっと仲が悪くて、お互い会うことを極力避けていたはずなのに、最近ではどこかに行くたびにお土産をくれて、メッセージまで送ってきて、極め付けは顔文字! 彼ってば前まで使わなかったのに、どうしてしまったの!?
「真莉亜、選んで」
ダメよ、一人なんて選べない。
これは恋に翻弄される私、雲類鷲 真莉亜のときめき恋愛物語。
ごめんなさい。嘘です。かなり捏造しました。たしかに告白っぽいのはされたけど、誰も私を取り合っていません。
前世で読んでいた漫画と似た世界に転生してしまった私が、漫画のシナリオ通りだと自分が殺されてしまうことを思い出して、必死に死亡フラグを回避したい話だけど、回避しきれていない気がするゆっるーい物語です。
「姉さん、どうかしたの?」
朝食が終わり、ぼんやりと庭を眺めていると準備が終わったらしい蒼が不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。
「今日から学校だから、楽しみなのよ」
「……そう?」
夏休みが終わり、今日から二学期が始まる。一昨日はみんなに誕生日を祝ってもらい、昨日は家族に華やかな薔薇が咲き誇るガーデンレストランでお祝いをしてもらった。けれど、幸せな日常に毒が一滴垂らされた。
海老原くんから届いたメッセージには不穏なことが書かれていたのだ。彼からの情報は確かだろうから警戒しなければいけない。もしかしたら蒼に迷惑をかけてしまうのかもしれない。そのことが一番不安だった。
学院に行くと、拍子抜けするくらいいつも通りの日常だった。
「ごきげんよう、真莉亜様」
「ごきげんよう」
微笑んで挨拶を返せば女子生徒たちは頬を紅潮させる。一応私のことを慕ってくれている人もちらほらいるのよね。瞳やスミレほど熱狂的な人はいないと思うけど。
「真莉亜様、ごきげんよう」
うげげ! 新学期早々会ってしまいましたよ、面倒な方々に。
「ごきげんよう。雅様と英美李様」
自分たちの登場で道を開けた生徒達に見下すような強気な視線を向ける英美李様と、作られたような微笑みをたたえた雅様。
「真莉亜様は相変わらず肌が白くて羨ましいですわ」
「まあ、雅様ったら。私、日に焼けると赤くなってしまうので日焼けには気をつけていますの」
けっ! 夏休みは補習と英語の勉強で家からほとんど出れていないからね!
「でしたら、海は真莉亜様にとって危険な場所ですわね」
あー、なにを言いたいのかわかってきましたよ。ダリアの君の別荘に欠席したことがおもしろくないんでしょうね。会長からのせっかくのお誘いなのに断るなんてどういう神経しているのかしらってことですよね。
「雲類鷲さんは色白で可愛いよね」
「え!?」
振り返れば、普段なら会話に割り込んでくることなんてありえない天花寺の登場に顔が引きつりそうになるのを必死に耐える。
ひえぇぇえ!なんで入ってくるんだ!しかも、なに言ってくれちゃってるの!これで嫉妬ゲージが溜まっていって、私がこの二人のどちらかにぐさりとされたらどうしてくれるんだ!
「て、天花寺様! ごきげんよう」
「おはよう、片桐さん。割り込んでしまってごめんね」
「そ、そんな! こうして話しかけていただけるのは嬉しいですわ」
頬をほんのりと染めた英美李様は鋭い視線から上目遣いになっている。すごい変わりようだ。声もちょっと高くなっている。これが乙女の恋の力。
「迷惑だったかな」
「……いえ」
どうして私の方を見て聞いてくるんだ天花寺。というか、あんたの登場で左側から凍りそうなほど冷たいオーラが漂っていて怖いんですけど。
おそるおそる視線を流すと雅様はにっこりと笑顔のまま無言で立っている。突然天花寺が現れて、私のことを褒めたことが相当おもしろくないのだろう。それに英美李様と天花寺は話しているけれど、自分には話を振られていないこともおもしろくないのかも。
恐ろしいほどの彼女の沈黙から英美李様は状況を察したのか、雅様に「そろそろ教室へ向かいましょう」と声をかけた。
「ごめんね、綾小路さん。引き止めてしまって」
「いえ。また今度ゆっくりお話しさせてくださいな。天花寺様」
天花寺に声をかけられて一気に気持ちが浮上したのか、雅様の表情が緩む。明らかに雅様からは天花寺への好意が見てとれた。
まあ、ここは原作通り天花寺のことが好きな二人ってことね。変わったのはこの二人の間に私がいないことくらいか。
「真莉亜様」
雅様は去り際に私の耳元でいつも通りの優しくて落ち着いた声音で囁くように言った。
「花ノ姫としての自覚をお忘れなく」
天花寺には聞こえていないようで、きょとんとしている。女の醜い言葉の棘なんて聞こえない方がいいだろう。
それにしても、花ノ姫としての自覚ねぇ。
雅様の後ろ姿を眺めながら、心の中で毒づく。
綺麗な笑顔の裏側に毒を隠した鈴蘭の君は、その自覚とやらを本当にお持ちなのかしらねぇ。
流れで天花寺と同じクラスのため一緒に教室へと向かうことになってしまったけど、ここで先に行くのもなんだか感じが悪いわよね。……一緒に行くしかないか。
この人と歩くと注目を浴びるので刺すような視線に落ち着かない。学院の人気者はいつもこうなのかな。だとしたら大変だ。
「ごめん、さっき邪魔だったかな」
「いえ、お気になさらず」
「ちょっと彼女に言い方が棘を含んでいる気がして割り込んじゃったんだ。返って火に油を注いでいないといいんだけど」
嫌味に気づいて、あえて割り込んできたことに驚きだった。のほほんとしている天花寺はそういうのには疎いのかと思った。まあでも、確かに一瞬火に油注ぎかけていたけどね。天花寺が雅様に声をかけたことによって、機嫌は直ったみたいだし。
最後の一言は、おそらくそれが言いたくて話しかけてきたのだろう。
一体なんのことについてなんだか。思い当たりすぎてわからないわ。




