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怪盗マリアの大暴走(?)


 ごきげんよう。雲類鷲 真莉亜は、夏の予定がひとつできましたっ!てへっ!と浮かれていたのは一週間前のことだった。そして、今日私は正座をしていた。


 真夏でも涼しい快適な我が家のはずなのに私は正座をして冷や汗を垂らしている。


「真莉亜さん」

「……はい、お母様」


 目の前に立っているお母様の顔が見れない。けれど、床を見るのもちょっと複雑。床には一枚のプリントが置いてある。赤ペンで採点されてる補習のテストには、五十点の文字。ギリギリ合格したのだが、最低ラインだった。


「なんのための補習だったのかしら」

「……はい、お母様」

「しっかりと補習を受けていたのなら、この点数はありえませんよね。真莉亜さん」

「……はい、お母様」


 私はお母様に怯えて、『はい、お母様』人形になりつつある。私もテストを返却されてまあ!びっくり!英語の先生から、今回のテストのギリギリ合格ラインと言われた点数をとってしまうとは思わなかったのだ。


「残りの夏休みは家で勉強をしていなさい。遊びに行くのは許しませんよ」

「うええ!」

「うええ!じゃあありません! 当然でしょう」


 せっかく浅海さんたちと夏の予定があったのに! 楽しみにしていたのに!

 キャンセルなんてしたくない。ここはどうにか切り抜ける方法を考えなくてはいけないな。


「お、お母様お願いです!」

「貴方はお願いできる立場ではございません」

「せめて一日だけ自由を!」

「蒼にしっかりと教えてもらいなさい」


 うわお。しかも、教えてくれるのは蒼っていうのが厄介だ。勉強のことであれば、蒼は誰よりもスパルタ。いや、でもここは真面目な姿を見せつけるチャンス!そして、どうにか三十日の約束を許可してもらうしかない!


「わかりましたわ! お母様! 私、お勉強いたします!」

「……変なことは考えないように」


 完全に疑われている。お母様の私を見る目が冷たく突き刺さっている。けど、私は別に変なことはしない。ただ真面目に勉強をするだけだ。




***



 まずは形から。こういうのは大事だ。


「……姉さん、やる気ある?」

「あります。先生次の問題お願いします」


 おさげにして、伊達眼鏡をかけている私は見るからに秀才だ。これなら問題もスラスラと解ける気がする。今度から家で勉強するときはこうしよう。やる気が漲ってくる。うおっしゃ!


「そこ違う」

「うっ」

「それさっき教えたけど」

「うぅっ!」


 どうして私は興味が湧かないことに関してこんなにあんぽんたんになってしまうんだ!

 頭を抱えて英語の教科書を睨んでいると、伊達眼鏡がのっている鼻筋に違和感を覚え始める。この縁も視界が遮られている感じがしてイライラしてくる。やっぱり眼鏡却下だ! お前はクビだ!


 伊達眼鏡を外し、一息つくと今度は生え際に違和感を覚える。滅多に結ばないのにきつく三つ編みをしたせいかもしれない。引っ張られている感じがして痛い。頭皮がどうにかなってしまいそうだ。やっぱりおさげは却下だ! お前もクビだ!


 髪の毛を結んでいたヘアゴムを解くと、直毛の私の黒髪はあっという間に元通り。あとも付いていない。

 どうやら形は必要なかったらしい。大事なのはやる気でした。


「姉さんさ、なにか企んでるでしょ」

「私は清廉潔白です」

「目を逸らしながら言っても説得力ない」


 別に悪いことを企んでいるわけじゃない。真面目なところを見せて、一日くらい出かけることを許してもらおうと思っているだけだ。

 背筋を伸ばし、再び英語と向き合う。ここで負けるわけにはいかない。みんなで遊ぶため私は英語と戦うのだ。


「来い! 英語!」

「姉さん、ちゃんとして。ちゃんとできたら、俺が姉さんのお願い叶えてあげるから」

「蒼っ! なんていい子なの!」


 やっぱり私はいい弟をもったわ! 蒼先生にかかれば、きっと英語もちょちょいのちょいね!


「静かに。時間無駄にしないように早くやるよ」

「はい、先生!」


 蒼に叱られないようにお姉ちゃん必死に頑張ります。



***


 それから私は必死に勉強をした。補習でその集中力を発揮すればこんなことにはならなかったのに自分のアホさに嫌気がさす。


 蒼もやればできるのにどうしてもっと早くからちゃんとやらないの。と呆れ気味にだけど褒めてくれた。けれど、お母様に遊びに行くことをお願いしても却下されてしまう。このままじゃ遊びに行けない! 一夏の思い出が!!


 それに昨日は希乃愛から「真莉亜様、一緒にお出かけいたしましょう」って素敵な誘いが来たけれど、勉強があるので泣く泣く断った。うう……希乃愛とカフェ巡りとかしたかった。希乃愛って結構お洒落なカフェとか詳しいんだよね。ダリアの君の別荘で花ノ姫たちでバカンスする予定だって断ってしまった。スミレと瞳と流音様は行くって言ってたから、私も行きたかったな。



 勉強が終わり、眠る前に瞳から連絡が来たので少しだけ電話でお喋りをした。遊びにいけないので、こうして話すのも久々だ。


『そっか。真莉亜、行けるかわからないんだね』

「ギリギリまで足掻いてみるわ!」

『無理はしないでね。怪我とかには気をつけてね?』


 瞳は一体私がなにをすると想像しているんだろう。怪我なんてしそうな危険なことをするわけないのに。


『浅海くんの話だと、近所の児童館を借りれることになったから屋上で集まろうって言ってたよ』

「屋上! 楽しみだわ!」

『彼が休日に時々ボランティアでお手伝いしているらしくて、特別に許可をもらえたみたいだよ』


 先日の浅海さんの話は、みんなで打ち上げ花火を見ようっていう誘いだった。浅海さんの家の近所の花火大会が八月三十日に行われるらしく、花火がよく見える秘密の場所があると言っていた。おそらくは今瞳が言っていた児童館の屋上のことなのだろう。


『でもさ、なんか不思議だね。花ノ姫とか関係なく、私たちカシフレや浅海くん、あの三人組まで一緒に集まるなんて』

「まあ、浅海くんは天花寺様たちと仲がよろしいからね」

『それもそうだけど、あの人たち第二茶道室にもよく顔をだすしさ、なんだかんだ一緒にいること多くなってきたよね』


 雨宮がおもしろがって遊びに来たり、浅海さんがスミレたちと本の話をしに遊びに来るから、天花寺はきっと浅海さん目当てで一緒に来てるんじゃないかな。で、桐生は付き添いってところだろう。


 天花寺と浅海さんの恋はきっと私の知らないところで始まっている。原作通りに二人は紆余曲折を経て幸せを掴むんだ。とは言っても、私は二人がどんな結末を掴むのかまでは知らないけど、あの展開的に浅海さんと結ばれるのは天花寺だろう。



『ねえ、真莉亜はさ……好きな人いる?』

「……はい?」


 一瞬聞き間違いかと思ったけれど、多分間違いじゃない。


「ええっと、急にどうしたの?」


 瞳から恋愛の話をされるとは思わなかったので、かなり間抜けな反応になってしまった。深呼吸をして気持ちを落ち着かせよう。


『いや……あの三人ってかなり人気あるから、真莉亜も好きだったりするのかなって』


 そういえば瞳って私に婚約者がいること知らないんだっけ? 今までそういう話してなかったから言ってないかも。


「あのね、瞳。私、婚約者がいるのよ」

『え!? そうなの!?』


 瞳にしては珍しく大きな声を上げて驚いていた。

 原作の設定に沿って婚約者なんているけど、実際自分の意思ではなく決められた婚約者がいる人なんて少ないと思う。瞳やスミレもそういう相手がいなさそうだし。希乃愛だっていない。


「まあ、私としては婚約破棄できるならしたいけれどね」

『……ちなみにその人って誰?』

「久世光太郎ってわかる?」

『久世……え、久世ってあの久世!?』


 予想通り瞳は困惑している。案外身近な人すぎてびっくりだろうな。あ、そうだ。久世と瞳って同じクラスだったっけ。


『真莉亜があの人と話しているとこ見たことないから、正直かなり驚いた』

「ええ、私たちあまり仲が良くないのよ」


 原作よりかはマシだと思うけど、仲良く学院でお喋りするような仲ではないのだ。時々携帯電話にメッセージが送られてくることがあるけど、「土産はどちらがいいか選べ」って一言とお土産を映した写真だけだ。それで、どちらかを選ぶと選んだほうが送られてくる。

 この間お礼に食べている写真を送りつけてみたら、目が『〜』マークになっている顔文字が送られてきた。よくわからなかったので既読無視した。うん、やっぱり私たちは仲良くはない。



『無神経なこと聞いちゃってごめん』

「大丈夫よ。気にしないで」


 だいぶ前から決まっていたことだし、卒業したら婚約解消に向けて動き出したい。とはいっても、どうするかなぁ。伯母様も久世の両親も乗り気だし。久世に好きな子ができて、婚約解消してくれって言ってくれないかな。で、その子がどこかのご令嬢だと尚よし!

 そして、私の元にもハイスペックイケメンが現れて『俺と結婚を前提に付き合ってくれ』って言って、伯母様を説得してほしい。という私の理想を叶えるのはだいぶ難しそうだ。もっと現実的なことを考えないと。



『たぶん私たちが第二茶道室で過ごしていることは気付かれていないと思うけど、花ノ姫の人たちには気付かれないようにしたほうがいいかもしれない。流音様は大丈夫だろうけど』

「天花寺様たちのことをお慕いしている方もいるものね」

『まあ、そのくらいなら可愛いものだけど、中にはきっと危ない人もいるよ。浅海くんのことをよく思っていない人のほうが危ないかも』


 瞳が言いたいのはきっと雅様たちだ。もしかして私の好きな人を聞いてきたのは、私が浅海さんのことを気に入っているとか思ったのかな。瞳は浅海さんが女の子だってこと知らないから、怪しまれてもおかしくはない。


「瞳。私は友人として浅海くんが危険なことをされないようにできるだけ守りたいと思っているわ」


 原作では私がいじめていたけれど、他の誰かが浅海くんに何かするのなら未来がある程度わかる私が役に立てる可能性もある。なにかされるってわかっていて放っておくようなことはしたくない。

 まあでも、予定だと雅様たちが本格的に動き出すのってまだ先のはずだからまだ大丈夫だとは思うけど。でも原作とのズレがときどきあるから、そこが怖いな。


『真莉亜のそういうところ好きだよ』

「え」

『私もできるだけ気をつけて見ておくね』


 原作では嫌われ者立ち位置な私にとって瞳に好きって言ってもらえるのはかなり嬉しい。前世の記憶を取り戻したおかげで少しずつ変わってきているよね?


『じゃあ、当日連絡取り合おう』

「ええ。またね、瞳」


 瞳との電話を終えて、ベッドに寝転んで欠伸を漏らす。

 あの三人のうちの誰かに気があるんじゃないかって思われないように気をつけないといけない。今回は聞かれたのが瞳だったからよかったけど、他の女の子たちに怪しまれたらどうなってしまうことやら。相手が雅様たちだったらかなり厄介だし、私を犯人が彼らのことが好きって人だったら動機を作ってしまうかもしれない。第二茶道室以外ではあまり関わっていないから今のところ大丈夫だとは思うけど。



***



 とうとう八月三十日が来てしまった。

 けれど、お母様はなかなか外出を許可してくれない。こっそりと用意した浴衣がこのままでは無駄になってしまう。地獄の英語の勉強を朝から夕方までさせられてげっそりとしている私を見て、蒼は今日はゆっくり休めばと言われてしまった。もうしばらくの間は英語を見たくない。


 今日まで必死に頑張ったんだ。

 このまま素直にお家でおとなしくしていますなんて嫌だ。女は度胸!


 どうしても行きたい私は浴衣は泣く泣く諦めて、動きやすい格好でこっそりと窓から庭に出た。青い空が赤く焼けて、夜を迎えようとしている。急がないと時間が来てしまう。こうなったら華麗に抜け出して、ひっそり戻ってきてやるわ!


 地面から熱気が立ち昇り、室内でエアコンによって冷やされた身体の体温が上がっていく。人に見つからないように物陰に隠れながら、門扉のところまで辿り着くと最後の敵と向かい合った。まるで私、怪盗みたいカッコイイ。


 通常門を開けるにはセキュリティーの解除が必要で、普段は運転手さん達が解除をしてくれるけれど、内側から開ける場合はなにもしなくて大丈夫だったよね? いつもここら辺は車で通過していたからよく覚えていない。これも日頃の怠惰の報いだ。ちゃんと見ておけばよかった。


 おそるおそる門扉に手をかけると想像以上に重たくて驚いた。歯を食いしばり、必死に後ろへ引いて、人が通れるくらいの隙間を確保する。ヨーロピアン風なお洒落な門扉のデザインになっていて、一見重たくなさそうなのに案外力が必要らしい。……あれ、そういえばいつも運転手さんってなにかスイッチみたいのを持っていて打ち込んでいた気がする。


 こっそりと門扉から抜けたところで、あることに気がついた。瞳達と連絡を取り合うために必須な携帯電話を忘れてしまったのだ。大馬鹿者な自分に嫌気がさしながら、再び家に取りに戻らなければならなかった。


 仕方なく開いたままだった門扉の隙間から家に戻ると突然警報が鳴り出した。激しく打ち鳴らすような音に焦って、あたりを見回す。


「ま、まさか泥棒!?」


 これは紛れもなく侵入者を報せる音だ。大事な日に限って事件が起きてしまうなんて災難だわ。この雲類鷲家に泥棒に入るだなんていい度胸している。ああでも、ものすごく凶悪なやつでここでバッドエンドを迎えてしまったらどうしよう。それにお母様とお父様、蒼や使用人たちが危険な目に遭うのはいやだ。周りの誰かが危険に晒されるくらいなら、私がどうにかしないと。


 きょろきょろとあたりを見回していると、家の中から使用人たちがこちらへ向かって走ってくる。その中には蒼も紛れており、抜け出そうとした後ろめたさから隠れてしまいたいけれど明らかに私のことを見ていて逃げられそうにない。


「姉さん!」

「蒼、大変よ!」


 侵入者のことを蒼に伝えようと、駆け寄ると何故か両手首を掴まれた。


「うん、大変だね」

「……蒼?」

「現行犯、逮捕」

「へ?」


 蒼は目を細めて呆れたような表情をしており、嫌な予感がした。もしかして、警報鳴らしたのって私だったりする? やっぱり門を戻ったのがよくなかったのか!?


「抜け出すなんてすると思わなかったよ」

「……う」

「行きで何をしでかして警報鳴らしたのかわからないけど、帰りでどっちみち鳴ってたよ。姉さんも無謀なことするね」


 行きでやっぱり戻らなかったら鳴らなかったのかな。それとも長い時間開けすぎて、鳴っちゃったとか? よくわからないけれど、私が元凶のようなので今夜は諦める運命からは逃れられないらしい。



「あ……」

「え?」


 蒼と話している間に門の外側に警備会社の方が数名出動して、「ご無事ですか!?」「状況を教えてください!」と叫ばれた。……私はとんでもないことをしてしまったらしい。






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