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可愛いところもあるらしい



「真莉亜! 早くしないと食べちゃうわよ!」


 みんなの元へ行くと、スミレのお皿にはマジパンで作られた桐生拓人の腕が乗っていた。……こわい。

 どうやら私のお皿には屋根の部分と、これはなんだ? おそらくは何かの……ひい!マジパンで作られた桐生拓人の足だ! こっわ!!


「あら? あの人は?」

「あ、うん……」


 桐生に聞こえないようにこっそりとスミレと瞳に「用事あるみたいだから帰った」と告げた。事情を知っている流音様と雨宮なら、景人がいなくてもなんとなく察するだろう。


 ふと天花寺と目が合い、見透かしたように微笑まれた。

 天花寺はこの件に景人が関わっていることは知らないはずだけど、流音様がいる時点で察しが付いているかもしれない。


「やっぱりすごいね」

「へ?」


 なんのことかと首を傾げても、天花寺はそれ以上は何も言わなかった。桐生を久々に笑わせた件について言っているのかな。いやでも、スミレが笑わせたようなものだし、私じゃないよね?

 ということは、やっぱりなにか勘づいている? 彼もなかなか侮れないのかもしれない。原作と違ってちょっと頼りないけど、一応はメインヒーローだからなぁ。


 天花寺の隣にいる雨宮に視線を向けると、口パクで『ありがとう』と言われた。桐生の件を雨宮は友達として心配していたから、無事に笑わせることができて安心したかな。まあ、なんとかなってよかった。



 みんなで一つのテーブルを囲んで、取り分けられたお菓子の家を食べた。瞳がスミレのお兄さんに教わって作っただけあって、クッキーはすごく美味しかった。問題なのは、マジパンだ。桐生拓人マジパンの足を食べるのはちょっと抵抗がある。


 ん? スミレの様子がおかしい。マジパンの腕をフォークの上に乗せて、目の前にいる桐生をチラ見している。

 そして、ちょこっとかじって再び桐生を見る。


「……痛くないのね」

「何言ってんだ、お前」


 桐生が訝しげにスミレを見ていると、スミレはマジパンの腕を口の中に入れて容赦なく噛み砕いた。

 ああ、もしかしたら流音様が作ったから呪い的な何かがあるのかもと疑っていたのかもしれない。ちょっと気持ちはわかるけど。


「おや、菫の君。もしも、呪いのマジパンが作りたければ教えてやるぞ」


 流音様が物騒なことを言って笑っている! どうやら呪いのことには饒舌らしくパペットなしで喋っていた。


「スミレ、お願いだから教わらないでね」

「……え、えへへ大丈夫よ。瞳」

「今悩んでいたでしょ」


 たぶんお兄さんたちを呪うか一瞬考えたんだね。流音様の呪いって本当に効いちゃいそうだからやめてあげてね。


「このクッキーの美味しいです。模様も独特ですね」


 浅海さんが食べているのは、私の水玉クッキーだった。ごめんなさい。独特で。普通水玉に使われる言葉じゃないですよね。よっぽどおかしな模様に見えるってことですか。あ、瞳さーん、目を逸らさないで。


「こういう誕生日会も楽しいね、拓人」

「よかったねー、拓人」


 嬉しそうにしている天花寺とにやにやしている雨宮とは視線を合わせずに、桐生は小さい声で「ああ」と呟くように言った。そして、突然フォークを置いて頭を下げたので驚いて目を見張る。


「ありがとう」


 桐生がこんな風にお礼を言うとは思ってもみなかったけど、彼も少しずつ変わり始めたってことなのかな。


 このあとも、茶道室で過ごす時と変わらない様子でみんなで騒いでいた。桐生はさっきみたいには笑ったりしなかったけど、いつもよりは表情が柔らかかった気がする。


 片付けの時に、家庭科準備室を覗いてみると景人の姿はなかった。家庭科準備室にも廊下につながるドアがあるのでおそらくそこから出て行ったのだろう。



 こうして私は桐生景人からのお願いを無事に叶えることができたのだった。これから先は彼ら次第だ。



***




 景人の任務が終わり、八月中旬の補習をぼっちで受けていた。この日も午前中で終わり、冷房の効いた教室でまったりしつつ、スケジュール帳を開く。


「……真っ白だ」


 夏なのに、予定がナッシング。

 ごきげんよう。寂しい令嬢、雲類鷲 真莉亜です。補習のせいで家族旅行にも行けず(自業自得)、今のところお菓子の家づくりがこの夏いちばんのビックイベントだった。


 夏ってさ、もっとなにかあるものだよね?

 ひと夏のアバンチュールとかさ、お嬢様らしく優雅にバカンスとか、浴衣着て花火を見ながら手が触れ合ってキャッ!はい、相手がいないです。


 思ってたんだけど、私ってモテないんじゃないの!?


 スミレは私たちの前では、うわはははと阿呆なことたくさんしてるけど普段は可憐な容姿で男の子苦手なところが守ってあげたいなんて言われててファンクラブあるんだよ!? 

 瞳はキレイでかっこいいお姉さんって感じで憧れている男の子もいるらしいし。それに瞳は女子からかなり慕われているから、そっちでもモテモテだ。



「おい」


 私? 私は、高等部に上がってから天花寺たち以外の男の子に事務的なこと以外で話しかけられたことがありませんけど。しかも、話しかけてくる相手大抵どもってますけど。


「おい」


 わかってますって、私にはやるべきことがあるくらい。今は恋してる時間はないわ! なんて思うこともあるけどさ、ふとした瞬間に女子高生なんだし恋したいって欲がでてくるんだよね。前世でも女子高生の私は彼氏がいなかったからかもしれない。


「雲類鷲!」

「はい!?」


 名前を呼ばれて慌てて顔を上げると、いつもどおりの仏頂面の桐生拓人が立っていた。このあいだの笑顔は幻だったのか。目をこすってみたけど、やっぱり仏頂面だった。


「ど、どうしてここに」

「景人に補習だって聞いたから」

「……そう」


 あのあと二人は会話をしたってことね。どんなことを話したのかは知らないけど、会話をしたのならよかった。というか、桐生は私に会いにわざわざここに来たってことだよね。


「それで私になにかご用ですか?」

「ありがとう」

「へ」


 桐生の突然の発言に変な声が漏れてしまった。

 どうしてお礼言われているのかわけがわからず、眉根を寄せて首をかしげていると桐生は目の前の椅子に腰をかけた。

 彼の顔がこんなに近いことは珍しいかもしれない。こうして見るとやっぱり整ってるなぁ。それに景人と兄弟なだけあって顔のパーツは似てる。


「裏で色々頑張ってくれたのが雲類鷲だって聞いた」


 みんなの力を借りたし、私はそんなに頑張ってないけどな。


「流音とも景人とも久しぶりに話した。あいつらに心配かけてたなんて全く気づかなかった。やっぱり話してみないと相手の気持ちなんてわからないな」

「桐生様は案外不器用なのですね」

「……まあ、景人よりは器用じゃないだろうな」


 私から見たら景人も不器用な気がするけどな。弟のことが大事なくせにあんな回りくどいやり方で笑顔にさせようとして。あの場でも素直に誕生日おめでとうって姿を現せばよかったのにと思うよ。


「俺さ、小さい頃景人に桐生の家からのプレッシャーを全て背負わせてたんだ。景人が引きこもるまで、あんなに追い詰められていたことにも気づけなくて、母に笑うなって言われたときも今度は自分が桐生のプレッシャーを背負うことになったのも、全て今まで他人事のようにしてきた自分への罰だって思った」


 桐生の表情は当時のことを思い出しているのか、少し辛そうで弱々しい声音だった。いつも強気の彼らしくないけれど、普段は気を張っていただけなのかもしれない。


「それにあの頃は俺が笑うと嫌な思いをする人がいるんだと思うと怖かった。今でもあのときの母の俺を蔑んだ目を忘れられない」

「桐生様」


 彼が過去の悲しみに飲み込まれてしまわないように名前を呼んでこちらに視線を向けさせた。


「貴方に笑ってほしくないと思う方よりも、笑ってほしいと思う方のほうがたくさんいます。そのことにもう貴方ならお気づきでしょう?」


 流音様や景人だけじゃない。天花寺や雨宮だって桐生が自由に笑えることを望んでいるはずだ。


「……この間、本当に久しぶりにあんなに笑った」


 スミレが組み立てたスイーツ欠陥住宅の件ですよね。桐生を笑わせたのはスミレってことになるけど、本人は崩れたことがすごくショックだったみたいだった。私もまさかあんなことになるとは思いもしなかった。でも結果オーライってことで、スミレには感謝だ。


「雲類鷲といるとおかしなことばかり起きて、退屈しないな」

「それ褒めてます? 貶してます? 喧嘩売ってます?」

「褒めてる。お前も水谷川も、おかしなことばっかして真栄城は大変だよな」


 え、ちょっと待って。私と瞳がスミレの暴走を止めている感じでしょ? 桐生はかなり誤解をしている。いつもおかしな言動をしているのはスミレだけだ。


「とにかく雲類鷲のおかげで俺も前よりは少し背負ってるものが軽くなった気がする。ありがとな」

「……お礼は流音様と景人様にお伝えください。私は借りを返しただけですわ」

「借り? そんなのあったか」


 桐生はあれを借りだと思っていないのだろうか。全身びしょ濡れになって散々だったはずなのに。


「プールで助けてくださったので。あのときは本当にありがとうございました」

「あれは借りじゃないだろ。見捨てる方がどうかしてる」


 まあ、確かに見捨てたら人間性を疑うけどさ。それでも私にとっては借りだったんだよね。まさか桐生に助けてもらえるとは思いもしなかったし。



「あの時の桐生様はとっても……」

「なんだよ」


 言うか迷いつつ、ちらりと桐生の顔色をうかがう。

 どうしてこんなこと言おうとしているんだろう。なんかちょっと照れるな。でもまあ、きっとこの先言う機会なんてないだろうし言っておいてもいっか。



「かっこよかったですよ」


 桐生は無言で立ち上がると、背を向けて歩き出す。よっぽど気に障ってしまったのだろうか。


「あの、桐生様? えっとあの、冗談です。すみません怒らないでください」


 桐生が怒るとかなり厄介そうだ。怖そうだし。というか普段から仏頂面が怖いし。


「っ、冗談かよ」

「え」


 結局どんな顔をしているのかはわからないまま桐生は教室から出て行ってしまった。

 どうやら相当機嫌を損ねてしまったらしい。もしかしたら、かっこいいと言われて柄にもなく動揺したのだろうか。

 え、うそ。それならちょっとは可愛いところがあるのかもしれないな。たっくんめ。





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