お嬢様の落し物
翌日、筋肉痛による痛みが少し和らいできた。とはいってもまだ痛いけど。
前世の記憶が戻って初めての登校で緊張してきた。うっかりとヘマしないだろうか。言葉遣いにも気をつけないと。
クローゼットから制服を取り出して、丸襟のシャツの上にワンピース状のグレーのスカートを着る。その上からウエストよりも丈が短いボレロを着て、桃色のリボンを結んで準備万端。
すごく可愛い制服で着ているだけで先ほどの不安が払拭されて、テンションが上がってくる。
朝食の席に行くと、既に制服に着替えている蒼とお母様とお父様が揃っていた。挨拶を交わして、席に着くと用意してもらったクロワッサンにバターをつけて食べる。お、美味しい。焼きたてなのか温かくてふわふわだ。昨日は黒酢をたくさん飲まされたことで気分が悪くなって朝は食べられなかったんだよね。
お皿にのったトマトやブロッコリー、スープとスクランブルエッグ等ぺろりと平らげるとお母様が驚いた様子で目を丸くしている。
「あら、真莉亜さん。今日はよく食べるのね」
「え」
「いつもはこんなに食べれないと言って残しているでしょう」
そうだった。真莉亜は朝はいつもあまり機嫌が良くなくて、朝食はほとんど口をつけないんだよね。もちろん今の私も真莉亜なんだけど、前世の記憶を思い出してからは趣好や考え方が大分変化してきている。
微笑んで誤魔化しつつも、食後の紅茶を飲みほす。残したらもったいない。朝はしっかり食べたほうが元気が出るしね。
蒼と一緒に雲類鷲家の車で登校をした。ここの生徒は基本的に登下校は車だ。
校門の前で立ち止まり、息を飲む。漫画でも雲類鷲真莉亜としても見てきた花ノ宮学院。重厚感のある門を進んでいくと石段が左右に道を造り、その中心部には噴水がある。何故学校に噴水があるのだろう。水がもったいない。
その先に進むと、建物の中心部が丸く開かれていて通り道になっており何故か女神のような銅像と、ここにもまた噴水がある。しかもその頭上にはステンドグラス。この建物は職員室などがある場所で、中等部は左側に曲がった先にある建物だ。
某テーマパーク以上の広さはあるであろうこの学院は初等部、中等部、高等部、大学部がある。元庶民にとっては学校とは思えないほどの広大で豪華な造りだ。まあでも、私は二つの記憶があるのでちゃんと今まで行ったことのある学院内の場所や会ったことのある人の顔や名前はしっかり覚えているので、態度や言葉遣いなどでヘマをしなければ大丈夫なはず。
「じゃあ、姉さん。僕はこっちだから」
「ええ、道中お気をつけて」
「え?」
「……え?」
あれれ、間違えた? こういうときっていつもなんて言っていたっけ。二つの記憶が存在しているはずなのに、前世の記憶の影響なのだろうか。言葉遣いが時々妙な感じになってしまう。
蒼は訝しげにしながらも、片手を振って男子校舎へと消えていった。
中等部では男女はクラスが違い、校舎も分かれているのだ。女子校舎に足を踏み入れる。何故初等部と中等部が男女分かれているのかというと先代が紳士淑女としての振る舞いを覚えるまでは、男女は触れあるべきでないと拘っていたんだとか。高校生くらいになるとパーティーに参加することも増えてくるし、それまでに紳士淑女としてのマナーを学ばせるために男女分ける授業カリキュラムにしているらしい。果たしてそれが正解なのかは微妙なところだけど。
記憶通りの自分のロッカーまで行くと同じクラスの子に「ごきげんよう、真莉亜様」と挨拶をされたので同じようにごきげんようと返す。記憶を取り戻してからは、この挨拶が少しくすぐったかったりする。
「瞳様、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
顔を真っ赤に染め上げた女の子たちが挨拶をすると、黒色のショートカットで長身の女の子が微笑んで挨拶を返した。すると黄色い歓声が聞こえてきた。
挨拶を返した彼女は女の子の憧れの存在である真栄城瞳。見た目からしてかっこいい女の子で彼女に本気で恋をしてしまっている女の子も多数いて、男女分けたことによって別の道に進んでしまう女の子もいるのである。
おまけに彼女は『花ノ姫』の一員で、『白百合の君』や『白百合の瞳様』あとは何故か姫のはずなのに『白百合の騎士』とか色々な呼び方をされている。そうそう、『花ノ姫』と呼ばれている女子生徒達にはそれぞれ花名がつけられているのだ。私の場合は『紅薔薇』だ。
「真莉亜さん、ごきげんよう」
「瞳様、ごきげんよう」
特別親しいわけではないけれど、瞳様はさっぱりとしている性格なので付き合いやすい。話し方もお嬢様口調というよりも少し砕けているし。けど、ひとつだけ気になることがあるとしたらあの噂なんだよね。
「真莉亜様、瞳、ごぎげんよう」
鈴の音のような可愛らしくて綺麗な声が聞こえてきて振り返ると、そこには小柄でふわふわとした金色の髪の女の子が立っていた。
彼女の名前は、水谷川スミレ。クウォーターらしく、髪の毛は地毛なんだとか。その名の通り、『花ノ姫』での名前は『菫の君』。
「ごきげんよう、スミレ様」
この瞳様とスミレ様といえば、常に行動を共にしていて時折どこかの部屋に二人っきりで消えていくんだとか。そんな怪し〜い噂がある。ファンの子達はそんな二人の仲を妄想して、きゃっきゃ騒いでいるみたいだ。
「あら、なにかしらコレ。……忍法すっぱいでござる?」
近くにいた女子生徒が細長い何かを拾って不思議そうに首を傾げた。それは『忍法☆すっぱいでござる』という名前の駄菓子だった。
……何故、庶民の駄菓子がここに落ちているのだろう。




