たっくんスマイル計画
実行日、家庭科室の鍵を借りて朝から私たちはお菓子の家づくりに勤しんでいた。
瞳が作ってきてくれたクッキーにカラフルなアイシングクリームを使って、絵を描いていく。本当なら私の役割だったけれど、瞳も手伝ってくれている。
「真莉亜……これは?」
「水玉模様よ」
「水玉……?」
ちょっと歪んでいるけれど、そこは味ということで許していただきたい。瞳の描いているクッキーを覗き込むと花束が描かれていた。
な、なにこれクオリティ高くない!? ごめんなさい水玉とか言ってごめんなさいちょっとこれ食べちゃってもいいですか。本当すみません。
「家は完成したわ!」
スミレが組み立てていた家は、屋根のクッキーにパステルカラーのマカロンが敷き詰められていて煙突は白のアイシングクリームでレンガのようになっている。庭にはアイスボックスクッキーが敷かれ、柵や木もクッキーでてきていた。スミレも案外こういった作業は得意らしい。
「では、私が作ってきたやつも飾るとするか」
うさぎのパペットがミトンのようにお皿をくわえて持ってきたのは流音様が作ったマジパンだった。
ひよこや、うさぎ、小鳥、猫。どれも愛らしい小動物たち。そして、みんなより目だった。
「家の中にはこれを入れてほしい!」
新たに登場したマジパンは、おそら桐生。口元が上がっていて笑顔だ。けど、これもより目だった。どうしてこうなるんだ。
「顔がこえーよ」
私がしたかったツッコミを入れたのは景人だった。けれど、流音様は頬を膨らまして「いいんだ! 手作りは味があるものだ!」と言ってマジパンたちを飾り出す。
まあいろいろ突っ込みどころはあるかもしれないけど、これは結構いいものができそうな予感がする。
「本当にアイツがこれで笑うのか?」
と景人は疑問に思っているようだけど、私もちょっとそれは不安。だってあの仏頂面の桐生だもん。ここは盛大におめでとうムードを出して、浮かれさせるしかない!
***
約束の一時半が迫り、私たちはそれぞれの衣装に着替えた。
流音様以外は黒子の衣装に身を包み、顔はバレないようになっている。流音様が桐生にきちんと想いを告げて笑わせるまで私たちは存在感ゼロの背景なのだ。お嬢様オーラは消さないといけない。
ちなみに桐生を連れてくる役割は雨宮に頼んだ。雨宮は「俺一人だと拓人が怪しみそうだから悠と浅海さんたちにも協力してもらうよ」なんて言っていたのでおそらくは四人でやってくるだろう。
「そろそろよ! 各自スタンバイ!」
私はドアの右側、スミレは左側にしゃがむ。景人と瞳はお菓子の家を見えないように布で隠している係りだ。
足音が聞こえてきて息を飲む。きっとこれは彼らのだ。
ドアが開いた瞬間————
効果音で表すなら、『カスッ』っという虚しい音がした。鳴らすはずだったクラッカーの引っ張る白い紐がちぎれてしまい不発に終わったのだった。
入り口には訝しげにこちらを見ている桐生拓人。その後ろにいる天花寺のきょとん顔が隙間から見えた。スミレはなにやっているのかと思いきや、ワンテンポ遅れてクラッカーが鳴った。
「うぎゃ!」
自分で鳴らしたクラッカーの音に驚くスミレが尻餅をついた。……黒子の役割を果たさず、目立ってしまっている。ここは私がどうにかしなくては!
クラッカーをこじ開けて、中のカラフルな紙をわさっと桐生に向かって投げる。
「パーン!」
裏声を使ってクラッカーになりきった。投げた紙の一部が桐生の前髪に引っかかり、青い長い紙がビローンとぶら下がる。横目でギロリと睨まれた。
ひぃいい! ごめんなさい! わざとじゃないんです!
「うわははは!」
スミレが指差して笑いだすと桐生の視線がスミレの方へと移る。
「……なにしてんだお前ら」
笑わせるどころか怒らせてしまった。ど、どうしましょう。
「た、たっくん! 誕生日おめでとう!」
不穏な空気を変えたのは流音様のお祝いの言葉だった。彼女がここにいることに驚いたのか、桐生の目が大きく見開かれる。
「なんで流音が……」
「ほら、中入ってー。今日の主役は拓人だよ」
困惑している桐生の背中を雨宮が押して、強引に中に入れる。黒子の景人と瞳が布を下ろして、手作りのお菓子の家を桐生に見せる。
「た、誕生日、プレゼント!」
「……俺に?」
「たっくん、笑っていいんだ……っ、もう無理して気を張らなくていいから、誰も責めたりしない」
うさぎのパペットではなく流音様自身の口で拙いながらに必死に想いを言葉にしながら伝えている。
「だから……っ笑ってたっくん」
少し泣きそうになりながらも流音様は桐生に笑いかける。彼女の精一杯の感情を桐生はどんな風に受け取ったのかはわからない。
「……笑えなんて言われたの初めてだよ。本当、相変わらずだな」
けれど、いつもよりも柔らかい声だった。桐生は笑わなかったけれど、仏頂面ではない。そのことが嬉しくなったのか目を輝かせた流音様が桐生の腕を引いて、お菓子の家の目の前まで連れて行った。
「こ、ここのドアを、開けて!」
「これ?」
「うん!」
流音様に言われた通り、桐生がお菓子の家のドアを開けると————家が崩壊した。
「え!?」
驚いたのはこの部屋にいる全員だろう。まさか欠陥住宅だったとは。
崩壊したお菓子の家から現れたのは流音様がマジパンで作ったより目の桐生拓人だった。
「サ、サプラーイズ!」
これも演出ってことにならないかな。強引にしちゃおうかな。と思って、言ってみたけれど、誰も何も言わない。そりゃそうですよね、すみません。
そんな沈黙を破ったのは、意外な人物だった。
「……はは、あははは! なんだよこれ!」
声をあげて無邪気に笑っているのは、あの桐生拓人だった。
「わ、笑った……たっくんが笑った!」
今度は流音様が声をあげて泣き出した。
呆気にとられていると、天花寺と雨宮が「おめでとう」と桐生に告げて、再びお祝いムードへと切り替わる。とりあえず、任務完了めでたしめでたし?なのかな。
瞳が取り皿を用意してくれて、浅海さんと雨宮がお茶の準備をしてくれている。スミレは「これ食べたいわ!」と崩壊したお菓子の家の一部を指差しては、桐生に「お前は一番最後に選べ」なんて告げられてキィキィ言ってる。そんな光景を天花寺と流音様が嬉しそうに眺めていて、平和だなぁなんて思っていると一人いないことに気づいた。
家庭科準備室の方へ行くと、ひとりぼっちの黒子が床に座り込んでいる。その横に座り、顔を覗き込んでみるけれど、黒子の衣装で顔を隠しているため表情が読み取れない。
「正体、明かさないのですか」
「……僕がいるって知らない方がいいだろ」
景人の言っていることが正しいのかはわからない。兄が実はこの場にいると知ったら、桐生は表情を強張らせるのだろうか。
でも、彼が向こう側へ行かない理由はそれだけではない気がする。
「泣いてもいいんですよ」
多分これが今の景人に必要な言葉な気がした。
「……そんなかっこ悪いことできるかよ」
「いいじゃないですか、かっこ悪くて。誰も責めません。私だけの秘密にしておいて差し上げます」
普段散々言われるお返しとして少し上から目線で言ってみるけれど、珍しく景人は何も言い返してこない。
「大事に思ってくれる幼なじみの女の子がいるのは、とても幸せなことですよ」
「別にアイツは僕のこと」
「自分のことなんて大事に思っていないって言いたいのですか? だとしたら、景人様は大馬鹿ですね。アホですよ。鈍すぎますよ」
ここぞとばかりに言ってみても、やっぱり今日の景人は言い返さないので調子狂うな。
「貴方がカウンセリングルームに登校していると誰かに知られたら、すぐに噂になる。とっても変なやり方ですけど、流音様は身体を張ってまでも貴方を守ろうとしていたのですよ。そんな彼女が貴方のことを大事に思っていないのですか? 子どもですね、景人様は」
「……そうだよ、僕は子どもだよ。流音が拓人のことばかりで気に食わなかった」
「でも、弟も大事なくせに厄介で面倒な子どもですね、景人様は」
本当子どもと同じだ。幼なじみの一番が弟だと思うと寂しくて、悔しかったのだろう。友情なのか恋なのか知らないけど、そういう独占欲のコントロールがうまくできていない子どもだ。学校を散々サボって街で遊んだりしていたくせにカウンセリングルーム登校を素直にしだしたのは、きっと流音様が来てくれるからだ。
「もう大事な幼なじみを悲しませたりしないでくださいね」
黒子の頭巾をかぶっている景人の頭にそっと手をのせる。振り払われるかと思ったけれど、彼は抵抗しなかった。
さて、そろそろ私も向こう側へ戻らないと、彼がここにいることが見つかってしまう。桐生拓人に見つかりたくないという景人の思いを尊重したい。きっと彼にもまだ消化しきれない思いがあるんだろうから。
「ありがとう。真莉亜」
立ち上がり背中を向けると、告げられた景人からのお礼の言葉。
こういうところは素直なのね。
「僕、アンタのこと令嬢らしくないし、食い意地張ってるし、アホだと思うけど、結構好きだよ」
褒められているのか貶されているのかわからないけれど、悪い気はしない。
「私も貴方のこと、性格は歪んでいるし弟や幼なじみのことになると天邪鬼で、面倒な人だと思いますけど、結構好きですよ」
振り返らずにそれだけ告げて家庭科準備室を出た。
時々カウンセリングルームにお邪魔しに行こう。また美味しい桐生家お弁当をいただきに。




