スイーツな女子会議
カウンセリングルームで椅子に腰掛け、足と腕を組みながら床に正座する三人を見下ろす。
「えっとぉ……その、スミレは本当に幽霊がいると思っていたわけではなくて、みんなを怯えされている人を懲らしめようとしていたの」
「なるほどなるほど。思いっきり楽しみながら懲らしめようとしていたのね」
その結果虫とり網を振り回し、私の頭を捕獲したと。
うん、許さんスミレ。
「ごめん、私も止められなくて……」
そんなことを言う瞳の手には虫かごがあったけど、それ幽霊だろうと人だろうと入らないからね。いつもはスミレの暴走を止める瞳が一緒にボケてくることに驚きだ。疲れているのかもしれない。労ろう。
で、残るは一人。
「こんにちは、幽霊さん」
そもそも幽霊なんて噂を立てさせた彼女がこの騒ぎの元凶だ。
私の言葉になんとも言えぬ表情で視線を泳がせている彼女に、わざとらしい作り笑いを向ける。
「まさか噂の幽霊が貴方だったなんてね、東雲流音様」
「……紅薔薇の君」
幽霊の正体はパペットちゃんこと、東雲流音。彼女は桐生兄弟の幼なじみだ。
そして、彼女はカウンセリングルームにいる桐生景人の存在を隠すために幽霊の噂を立てて、人をあまり近づけないようにした。好奇心旺盛なスミレには逆効果だったけど。
「お主らは一体どういう関係なんだ?」
彼女の手にはまっているウサギのパペットが私と景人を交互に見てきた。その様子に景人があからさまに嫌そうに眉を顰める。
「……いい加減その人形やめろよ」
景人の漏らした言葉の意味は、彼女が自分の口で喋っているというよりも人形が喋っているようにしていることについてだろう。幼なじみの彼は彼女がパペットを持ち歩き出した理由を知っているのかな
パペットちゃんは景人の言葉が届いていないのか、それとも届かないフリをしているのか視線を合わせず、何も発しなかった。
「彼と私は偶然出会ったのよ」
「……偶然、な」
「それで一緒にお昼を食べていたの」
「一緒にお昼、な」
いちいち隣でうるさいんですけど。私は何も間違ったことは言っていません。文句がありそうな景人をひと睨みすると睨み返された。ひぃい。
「そうか。この部屋に近づけまいとしていたが、幽霊作戦は無駄だったのだな」
がっくりと肩を落とすパペットちゃんの横でスミレが「人騒がせだわ!」と言っているけれど、一番人騒がせなのはスミレだ。どんだけ私が振り回されていることか!
「あの、桐生景人さんですよね」
瞳が警戒しているような眼差しを向けると、景人は目を細めて口元を歪めた。一言で表すと悪い含笑い。
「へえ、僕のこと知ってるんだ?」
「以前、と言ってもかなり前ですけど、パーティーと街でお見かけしたことがあるので」
パーティーで見かけるのはまだわかる。景人は不登校になる前まではパーティーに出席することもあっただろうし。けど、〝街〟というのはちょっと不穏な響きだ。
そりゃ瞳も街へ行くことだってあるだろうけど、景人の場合は素行のよろしくないお友達といた時だったりするのかな。だからこそ、瞳が警戒している可能性が高い。
「桐生ってまさか……」
二人の会話を聞いていたスミレが顔を引きつらせる。そういえばスミレは桐生拓人と仲が悪いものね。
「君は初めましてだね。桐生拓人の兄だよ」
「ひっ!」
うわぁ。顔が引きつりすぎて口元がピクピクしてるし、少し白目剥いてる。景人もかなり引いてるし、いつもかぶってる猫落としてるって。しっかりスミレお嬢様。
でもまあ、最初目撃した時は災難だと思っていたけれど、私にとってはラッキーな状況だ。
「それはそうと、私のランチタイムを台無しにして虫取り網を頭にかぶせたスミレたちにお願いがあるの」
うふふと微笑みながら首を傾けると、何故かみんなが怯えたように息をのんだ気がした。そこまで怖くしていないはずなのにスミレなんて瞳の袖を掴みながらプルプルしているし。
せっかくだからみんなに〝協力〟をお願いしよう。だって私だけでどうにかできる気がしないもの。
***
「姉さん、これはどういう状況?」
我が家の状況を目にして蒼が呆れた面持ちで訊いてきた。
「女子会ですわ」
「女子、会?」
応接間には怪しげな本を読みながらうさぎのパペットで会話をしている東雲流音と、真剣に『小学生のおかし』という本を読んでいる瞳がいる。蒼はこれが女子会なのかと疑わしげにしているけれど、サバトまたは魔女会と呼ばれている花会よりは恐ろしさはないと思う。これは清らかな乙女の会です。
「ご、ごきげんよう!」
振り返ると少し緊張気味のスミレが私と蒼の後ろに立っていた。
「水谷川さん、こんにちは。いつも姉と仲良くしてくれてありがとう」
「い、いえ……ケーキを使用人の方にお渡ししましたので、よろしければ召し上がってください」
「ありがとう」
男の子が苦手なスミレは若干話し方がぎこちないけれど、蒼はスミレの真の姿を知らないからか特に不思議には思っていないみたいだ。
「蒼、スミレのお兄さんはパティシエ志望でお菓子づくりがお上手なのよ。私もよくいただくの」
ときどきランダムでおっそろしいイタズラクッキングしてくるけどね。粗末にはできないからきちんと食すけどね。
「へえ、すごいね。後でいただくよ」
猫かぶりのスミレは控えめな感じだから、まさか姉の頭に虫取り網をかぶせてきたとは蒼が知ったら女性不信になってしまうかもしれない。それはいけない。それだけは避けよう。
かわいい弟、蒼が女性不信になって結婚しないとか言いだしたら大変だもの。お姉ちゃんは弟の結婚式出たいもの。寂しいけど、お嫁さんに『蒼のことお願いね』とか涙ながらに言ってみたいもの!
それに、亡くなった蒼のご両親にも報告をしたいから、蒼には青春をエンジョイしてもらって恋愛結婚してもらいたいわ。でもまあ、花ノ姫はできればやめてほしいな。大分アクの強い人多いから。
「それじゃ、蒼。私たちはここで〝女子会議〟があるの」
「女子会議? 女子会じゃないの?」
「男が口を出すのは野暮ってもんよ!」
「そっか。……じゃあ、何かあれば呼んで。騒ぎになる前に呼んで」
完全におかしなことするんじゃないかって怪しんでいる目をしている。
だけどね、蒼。これはおかしな会議じゃない。お菓子の会議なのよ!女子のスイーツな話に男は不要!ここは私の中に眠る女子力を総動員させてやるべきことなの。
蒼が出て行ったのを確認すると、早速私はソファに腰をかけて本日の女子会議を開始した。
「静粛に!」
まずは咳払いをしてから、この場を鎮める一言。
これ、ちょっとやってみたかった。
「えー、よろしいですか。本日は桐生拓人の誕生日を祝うためにお菓子を作ろう会です。それぞれ意見がある場合は挙手して答えるようにお願い致します」
そう。これは桐生拓人のための会議だ。
兄の景人からのミッションである〝拓人を笑わせろ〟を彼女たちにも手伝ってもらおうと事情を話すと、幼なじみのパペットちゃんが『もうすぐ誕生日だからお祝いのお菓子を作りたい!』と言いだした。
いやいや、このミッションとお菓子って!と反論した私に、瞳が笑わせるのはおかしくて笑うんじゃなくて美味しいものを食べて笑顔になるっていうのでもアリなんじゃないかとナイスなことを言ってくれたのだ。
依頼主、景人も了承してくれたのでギャグで笑わせるんじゃなくて、美味しいものを食べて笑顔にさせるに変更になった。ちなみに横でスミレが『おかしくて笑わせるじゃなくて、お菓子食って笑わせる』とか言って一人で笑っていたけど、さらっとスルーさせてもらった。
「はい! はいはいはい!」
桐生のことだから乗り気ではなかったスミレが元気良く両手を挙げた。それは万歳だから、挙げるのは片手でいいからね。
「スミレ、どうぞ」
「その本に載ってるクリスマス二段ケーキがいいと思うわ!」
「真夏だし、誰が食べたいのか明白なので却下です」
なんで真夏にクリスマスケーキ作ってお祝いするんだ。桐生の誕生日のためのだって言ってるのに。スミレの魂胆がわかってきた。桐生のためじゃなくて自分が食べたいもの提案する気だな。
「はい」
続いて手を挙げたのは瞳だ。
「この誰でも簡単柑橘ゼリーはどうかな」
「瞳、その本に小学生と書いてあるけれど」
瞳なら無難な提案をしてくれるかと思って安心していたけれど、手に持っている本が明らかに小学生用。私たちのレベルに合わせるとそうなるってことなんですか。確かにこのメンバーだとちゃんとお菓子作り不安になってくるけどさ。
「児童用も結構おもしろいし為になるよ」
「けれど、柑橘ゼリーは誕生日のお祝いにしては弱いのではないかしら」
夏だし爽やかでいいんだけど、お祝いってなるとインパクトに欠ける。だったら無難にホールケーキのほうがいいかな。
「はい」
お次はうさぎのパペット……じゃなくて東雲流音が手を挙げた。
「このケーキがいいと思うぞ」
開かれたページを見て、うげっとはしたない声を漏らしてしまう。さすがのスミレも引いている。もしもスミレにもこっちの趣味があったら今頃私と瞳はとんでもない目に遭わされていただろうな。
「流音様、虫を使うケーキはやめましょう。絶対に怒られます」
「そうか? すごくいい案だと思ったのだが」
この子は桐生に恨みでもあるの!? 昆虫ケーキなんて喜ぶ人なかなかいないからね。嫌がらせかと思う人がほとんどだからね。
「流音様、彼の好きなものってないんですか?」
「好きなもの……和菓子よりも洋菓子派でケーキよりもクッキーが好きだと思うぞ」
ケーキよりもクッキーが好きって、誕生日に贈るものとしては困るなぁ。
「それとたっくんは庭の植物を気に入っていたな」
「た、たっくん?」
「なんだ?」
「い、いえ……」
たっくんって、あの桐生がたっくんって! 仏頂面のあの人がそんな可愛らしいあだ名で呼ばれているとは知らなくて、かなりの衝撃を受けた。スミレなんて「うぷぷ」と悪い顔して笑ってるけど、それからかったら桐生に倍返しされるよスミレ。
「あとは幼い頃、一緒に絵を描いて遊んでいたこともあったな。このうさぎのためのお家を一緒に絵に描いたり」
「それだわ!」
お家で閃いた。私はとっておきなものを閃いてしまった。
突然叫んだ私にパペットちゃんたちは驚いた様子で目を丸くしている。私はにやりと笑って、人差し指を立てる。
「家を作りましょう」
私の提案に驚いていた一同がはぁっとため息を漏らす。
「真莉亜、今は私たちが食べるお菓子の話をしているのよ」
いや、スミレ。確かにお菓子の話だけど、ただしくは桐生にあげるためのお菓子の話だからね。スミレが食べるんじゃないからね。
「だから、お菓子の家よ!」
それなら桐生が好きだというクッキーで作れる。なかなか誕生日にお菓子の家をプレゼントされるなんてことはないだろうし。
「お菓子の家!?」
「ええ、スミレのじゃなくて桐生様のね」
「きゃー! 素敵だわ!」
目をキラキラと輝かせているスミレに呆れつつも、パペットちゃんも瞳もオッケーをだしてくれたので、私の案が通った。
「でも……私たちに作れるのかな」
瞳の心配はごもっともでこのメンバーで上手く出来る気がしない。ばっきばきクッキー折れて、ぐっちゃぐちゃな家になってしまいそう。
「仕方ないわね」
スミレは立ち上がり、人差し指を顔の前に近づける。
「最終奥義、鬼畜スイーツの手を借りるしかないわ!うわははは!」
誰だそれは。
***
スミレの最終奥義とはパティシエ志望の兄につくり方を教わることだったらしい。けれど、なにやら危険を察知した瞳が作業を分担しようと言い出したのだ。
クッキー作り・瞳
マジパンで動物作り・パペットちゃん(本人が希望したため)
クッキーにアイシング・私
飾り付け・スミレ
という作業分担になったため、瞳とパペットちゃんがかなり大変そうだけど、瞳はスミレのお兄さんに手伝ってもらうらしい。マジパンで動物を作る方法もスミレのお兄さんの知恵を借りる気なんだとか。これだけ聞くとスミレのお兄さんすっごくいい人そうなんだけど、スミレは「あれは鬼畜よ!笑顔で鬼畜それが三番目の兄よ!」と言っていたので、なにか問題があるらしい。
早速スミレのお兄さんに頼みに行くという瞳とスミレが先に帰った後、私とパペットちゃんはスミレからもらったケーキをふたりで食べていた。
これもそのお兄さんが作ったんだよね。ショートケーキ美味しい。スポンジとスポンジの間には、甘酸っぱいジュレが挟まっていて、ホイップクリームの甘さもちょうどいい。シンプルで重たくないケーキだ。
「流音様は彼が笑わない理由をご存知なのですか?」
「笑わないんじゃない……っ、笑えないんだ」
私は雨宮から聞いたけど、景人からは聞いていないので知らないっていうことになっているので聞いてみたけど、この様子だとやっぱり彼女も知っているみたいだ。
「わ、笑うな……、なんて」
珍しくうさぎのパペットではなく、彼女が震える声で言葉を紡いだ。
「流音様、ゆっくりで大丈夫ですよ」
言葉を詰まらせる流音様は焦っているように見えて、落ち着かせるように微笑んだ。
「っ、笑うななんて大事な人に、母親に言われたら、うまく笑えなくなるに決まってる。それから……家族以外の前でもたっくんの笑顔はぎこちなくなって、笑い方が思い出せないって……苦しんでた」
ぽつりぽつりと、彼女自身もぎこちなく辛い過去を思い返すように話し出す。
「私は、なにもできなかった。……近づけば、もっと彼を傷つけてしまいそうで……今度こそ壊れてしまいそうで……遠くから見守ることしかできなかった」
パペットちゃんの、流音様の表情が変わる。眉根を寄せて下唇を噛み、膝の上に置かれた手はぎゅっと握り締められている。
「でも、アイツは……天花寺は彼に『無理して笑おうとしなくていい』って言ったんだ。私には言えなかったことがさらりと言える天花寺に腹が立った。こんなの八つ当たりだってわかってる。でも……っ悔しくて、あの時のたっくんを救ったアイツが羨ましかった」
立ち上がり、向かい側のソファに腰をかける。きつく握られた流音様の手にそっと触れる。
「桐生様にきっと気持ちは伝わりますよ」
彼女は桐生が大好きなんだな。大切で、救いたくて、必要とされたくて、それでも幼い彼を救ったのが他の人で歯がゆい思いを抱えていた。だから、前に天花寺と遭遇したときあんなに敵意丸出しだったんだ。
『僕は拓人がなにに喜ぶのかは知らない。知っているのは、〝アイツ〟が喜ぶことだけ』
景人が言っていたアイツは流音様だ。彼は流音様が桐生拓人のことをずっと気にかけていたことを知っていて、そして、景人は流音様を気にかけていた。それぞれに恋情があるのかは知らないけど、切ない関係だな。
「流音様、一つ約束をしてください」
「……約束?」
「桐生様のお誕生日を祝う日は必ず〝ご自身の口〟で伝えてください」
パペットを使わずに、彼女の口から伝えるべきだ。自分じゃない別の何かに気持ちを話させるのは、それは逃げなんじゃないかと思う。
動揺した様子で揺れ動く流音様の目は隣に置かれたうさぎのパペットへと移される。
「これは……たっくんがくれたんだ」
「桐生様が?」
うさぎの人形と桐生ってミスマッチすぎる。ちょっと笑いそうになったけど、今はそんな空気じゃないので顔を引き締める。
流音様の話によると、小さい頃から人と話すのが苦手で人見知りだった流音様は周囲から疎まれ、陰口を言われていたらしい。
東雲の姉妹は優秀だが、長女は次女に比べて暗くて不気味だと言われ、向けられる冷ややかな視線に更に萎縮してしまっていた。
そんな流音様に声をかけたのが、桐生拓人だった。
偶然にも同じパーティーに招待され、庭で一人で遊んでいた桐生が近寄ってきたらしい。最初は怖がっていた流音様に桐生はポケットから、小さなうさぎの人形を取り出して『こんにちは!』なんてうさぎのフリをして話しかけてきたんだとか。
緊張が解けた流音様は桐生とは話せるようになり、時折一緒に遊ぶ中になった。
そして、六歳の誕生日のときに誕生日プレゼントにくれたのがうさぎのパペット人形。それ以来流音様は大事にしてきたらしい。
「ちなみに本物は部屋に置いてある。……使用するための人形は同じタイプのものを大量にもっているんだ」
「そ、そうですか……」
「観賞用、重運び用、一緒に眠る用がある」
どおりでずいぶんと綺麗だなと思いました。
というか、同じ人形を大量に用意って流音様も結構ぶっ飛んでるな。
「二人は……また話すようになるだろうか」
「桐生兄弟のことですか?」
「ああ……けーくんは、不器用だから。でも……優しいから、心配で」
なんだ、そっか。桐生拓人のことを特別視しているのはわかりきっていたけれど、兄の景人のことだって大事に思っていたんだ。あの様子だと、流音様は拓人の方を大事にしていると思っているみたいだし、本人は気づいていないのかもしれないな。
「景人様も今のままではいけないと思うから、笑わせてなんてお願いしたのだと思いますよ。ですから、きっとずっとこのままなんてことはないです」
これが変わるきっかけになればいいけど。さすがに私の原作にはない先のことはわからない。けれど、これは流音様自身も変わるチャンスなのだと思う。
「紅薔薇の君、ありがとう。……がんばる」
「ええ。流音様、女は度胸ですわ」
「……愛嬌じゃないのか?」
そうでした?おほほ。




