最後に爆弾を投下して
「久世のやつがきた」
「へ?」
「おい、もっと丁寧な言い方をしろよ」
蒼と同じくしかめっ面の久世が現れて、顔が強張る。
ひえー、やだやだ睨むなっての。今日は約束の日でもなんでもないのに何故久世がここにいるんだ。
希乃愛を見やると彼女も驚いている様子なので、どうやら久世は希乃愛の迎えなどではなく単独で来たらしい。
「どうして貴方がここに?」
わざわざここまで来るくらいの用件が思いつかないけど、久世が絡むとあまりいいことな予感がしない。それに怖い顔してるし。
「希乃愛からプールに落ちたと聞いた」
「そうでしたの」
それで心配してくるなんて久世らしくない。この男は私の心配なんてしないはずだ。幼い頃からずっと私たちは険悪な仲なのだから。普通なら「へえ」だけで終わりそうな気がするんだけど、一体なにを言いに来たのだろう。
「お前、なにと関わってんだ」
威圧的な眼差しは私を苛つかせる。どうしてもっと柔らかい言い方ができないのかな。ダメだ、私絶対この男とは結婚したくない。血みどろサスペンスになりそう。
「落ちたのは私の不注意です」
「浅海奏を構うのは天花寺たちと親しいからか?」
「どういう意味です?」
聞いてみるものの、彼がなにを言いたいのかわかってきた。彼には私が人を純粋に助けるような人間には見えないということだろう。私の言動にはなにか裏があると思っているのね。
それをわざわざ家に来て言うなんて暇なんだろうか。というか、久世って親しい友人とかいるのかな。一人か希乃愛といるところしか見たことないけど。
「お前の目的はなんだよ」
疑わしいものでも見るように目を細めている久世に、わざとらしく作り笑いを浮かべてみせる。
前世の記憶が久世と出会う前に戻ってたら、もう少し関係はマシだったかもしれない。まあ、仲良くはなれないと思うけど。
「私が天花寺様たちに近づく口実で浅海くんを助けたと思っているの? だとしたら、本当貴方って私のことをこれっぽっちもわかっていないわ」
「自分で前に言ったんだろう。婚約者は俺なんかじゃなくて天花寺のような男がよかったと」
え、そうだったっけ。記憶が戻る前だろうけど、その頃はまだ彼らと関わっていないし、おそらく遠目で天花寺を見ながら「素敵だわ〜」と淡い憧れを抱いていたのだろう。で、喧嘩したときにでも嫌味ったらしく言ったかもしれない。
「とにかく私はたとえ婚約者が貴方だろうと天花寺様だろうと、断りたい気持ちは変わりません」
「ま、真莉亜様!?」
私と久世の結婚を望んでいる希乃愛はショックを受けた様子で青ざめて手で口元を覆っている。
希乃愛には悪いけれど私は久世と結婚をする気はないし、無事に死亡フラグをへし折れたら今度は婚約問題を解決する気だ。
「じゃあ、なんで浅海奏に構うんだよ。そんなにあいつを気に入ったのか」
「明らかに浅海くんが嫌がらせを受けるとわかっていて、放っておけというのですか」
「……あいつとお前じゃ、障害が多いと思うぞ」
この久世野郎は、なにか盛大な勘違いをされている。
久世は浅海さんを男だと思っているから、私が好きにでもなったのだと思っているようだ。だから、今回身体を張って助けたと。
「光太郎!」
希乃愛の普段よりも厳しめな声に久世は眉根を寄せてため息を漏らした。どうやら彼女には勝てないらしい。
「真莉亜、俺はお前とは性格は合わないが一応心配はしている。あんまり無理をするな」
心配、ねぇ。私には厄介ごとを起こさないでくれと言いたいように感じる。私が学院内で派手な行動を起こして伯母様の耳に妙な噂でも届いたら婚約者である久世にも迷惑がかかるかもしれないし。
「ご心配ありがとうございます。ですが、私は大丈夫ですわ」
語気を強めてはっきりと言い放つ。
久世との関係を悪化させる気はないけれど、親しくする気もない。それにさっき婚約破棄したいアピールはしておいたし、久世としては万万歳だろう。彼だって私と婚約破棄したいはずだ。
もしも久世が犯人だった場合、動機は婚約問題の可能性が高い。これでこっちも破棄する気ありますよってことを伝えておけば、久世もこんな女と将来を共にするなんて嫌だ!って自暴自棄にならないだろう。まあ、犯人だった場合の話だけど。
「希乃愛、帰るぞ」
久世の後を追うように部屋を出て行こうとした希乃愛が振り返り、そっと耳打ちをしてきた。
「ヤキモチですわ」
希乃愛は嬉しそうに言っていたけれど、私にはどうもそれを素直に信じることができなかった。だって、あの久世が私なんぞに妬く気持ちがあると思う? ないないない。
曖昧に微笑むと希乃愛はお上品に挨拶をして部屋から出て行った。
希乃愛はどうしたらそんな勘違いができるんだろう。久世はどう見たって嫉妬しているようには見えないのに。
けどまあ、ようやく嵐が去った。
「姉さん……それ、どうしたの」
「え?」
蒼の視線の先には先ほど希乃愛とも話をしていた初恋想。そういえば蒼は本を読むのが好きだから、もしかしたらこれも既に読んでいるかもしれない。
「スミレから借りたのよ。この号だと月光の少女が人気らしいわ」
「俺が書いたやつ」
さらりと蒼がなにか言った気がするけれど、わけがわからず頭を傾けて瞬きを繰り返す。脳内の情報処理がついていかない。「え、今なんて?」と聞き返してみると、蒼は眉根を寄せながら目を伏せる。
「だから、作者俺だよ。それじゃあ、部屋に戻るね」
「ええ! ちょ、蒼!? 蒼って文芸部だったの!?」
蒼は爆弾を投下して、そそくさと私の部屋から出て行ってしまった。




