ガラス越しの無彩色
無事にプールサイドへと引き上げられると、水を吸った服の重量が身体にぐっとかかり力なくその場に座り込む。いますぐ服を脱ぎ捨てたいくらい重いし、肌に纏わりついた濡れた服が気持ち悪い。
桐生は「タオル持ってきてもらってるから少し待ってろ」と言い、中等部の三人組の元へと行ってしまった。
「雲類鷲さん!?」
どうやら天花寺も到着したらしく、私を見るなり酷く慌てた様子でポケットからハンカチを取り出した。
「こんなのしかないけど、一先ずこれ使って」
「ありがとうございます」
天花寺から差し出されたハンカチを受けとり、とりあえず顔の水を拭き取る。また替えの制服を借りに行くしかないなぁ。
髪が長くて胸元を隠してくれているとはいえ、このまま歩くのはちょっと気がひける。せめてブレザーがあれば羽織れるけれど、悲しいことに今は夏服なので羽織るものがない。タオルが到着するまでおとなしくここで待っているしかないかな。
「真莉亜! 大丈夫!? く、唇が真っ青だわ!」
スミレこそ鼻につけてる絆創膏絶対に取った方がいい。某ゲームの短パン小僧みたいになってる。きっとさっき転んだ時に擦りむいたんだろうな。
「無茶しないで……お願い」
いつになく弱々しい声のスミレから心配してくれていたことが伝わってくる。瞳も酷く動揺した様子で、私の元に駆け寄ってきてくれた。
「どうしてこんなことに……真莉亜、怪我は?」
「怪我はないわ。平気よ」
微笑みかけると、二人とも安堵したようで顔を見合わせている。けれど、それが原因でスミレの鼻につけられた絆創膏に瞳が気づいたようで目が細められた。
「ちょっと、スミレ。鼻に貼っちゃダメって言ったよね。取るよ」
「アイタッ!」
ピリッとスミレの鼻についていた絆創膏が瞳によって剥がされ、痛かったのかスミレは涙目になっている。マイペースな二人は置いておいて、正座させられている中等部女子三人組に視線を向ける。
桐生がものすっごく機嫌の悪そうに三人組を睨みつけていて、その横で天花寺が「事情はちゃんと聞かせてもらうからね」といつになく厳しい声で言っていた。まさか天花寺たちが出てくるとは思わなかったのか三人組は完全に怯えきっている。
彼女たちにはいろいろと聞きたいことがあるし、事情を聞くなら私も同席したいな。でも先に着替えたい。
目があった浅海さんが私の目の前にしゃがんで今にも泣きそうな表情で頭を下げた。
「本当にごめんなさい!」
「貴方が落ちなくてよかったわ」
「雲類鷲さん……助けてくれてありがとう」
浅海さんがここまで弱っているのは珍しいかもしれない。いつも彼女はあまり動じずに平然としていることが多かったから。
ヒロインの浅海さんを悪役の私が助けるなんて変な話だけど、できるならいじめなんてない楽しい学校生活をお互い過ごしていきたい。そのためには私が浅海さんを退学に追い込もうとしているなんていうデマをなんとかしなくっちゃ。
「あと、その……うまく言えないんですけど、雲類鷲さん気をつけてください」
「え? 浅海くん、それって」
言葉の真意がわからず、詳しく聞こうとしたときだった。
「雲類鷲さん」
名前を呼ばれて顔をあげると、真っ白なバスタオルを持った雨宮が歩み寄ってきた。
「大丈夫? 風邪引く前に着替えた方がいい」
姿が見えないと思っていたけれど、タオルを借りてきてくれてたんだ。少し息が上がっている気がする。もしかしたら話を聞いて急いで来てくれたのかもしれない。
ふかふかのタオルを私の頭からかけると、雨宮は「後は任せて」と耳打ちしてきた。
「雨宮、様?」
「俺はちょっと探ってくるから、今は傍にいられないけど。あとで連絡する。……それと守れなくてごめん」
私にしか聞き取れないくらいの声で言うと、雨宮は桐生たちの元へ行ってしまった。その後ろ姿をぼんやりと眺めていると、スミレと瞳に替えの制服を借りに行こうと言われてタオルに包まれたまま立ち上がる。幸い今なら生徒たちは終業式でいないだろう。
頬に纏わりつく髪を耳にかけて、視線を上げるとガラス張りの二階のルームが見えた。そこから誰かがこちらを見下ろしている気がして目を凝らす。けれど、反射していて顔が見えず、かろうじて女子生徒だということだけはわかった。
「真莉亜? どうしたの」
「なんでもないわ」
瞳に呼ばれ、一瞬視線を逸らすと二階にいた人物はいなくなっていた。
私の知らないところで一体何が起こっているんだろう。




